佐野さんち
小学校くらいまで住んでいた町内に、「佐野さんち」があった。
放課後とか、休みの時とか、友達をよく誘って佐野さんちに行った。佐野さんちは交差点の角にあり、高くはない白い門があって、白い柵で囲まれていた。その柵からは、広い庭を覗くことができた。その庭では野菜を育ていた気がする。佐野さんはお婆さんで、僕よりも少し年齢がうえの息子だか孫だかがいた。名前も忘れてしまったその兄さんが持っていたストリートファイターⅡを友達とするのがとても楽しかった。小学校にその兄さんがいなかったことを考えると、かなり歳は離れていたんだろう。
佐野さんに会うことよりも、佐野さんちの兄さんに会うことよりも、「佐野さんちに行くこと」がなぜだかとても楽しみにしていたし、僕にとっての大きなイベントだった。はじめは何をきっかけに佐野さんちに行くことになったのか全く覚えていないけど、「今日、佐野さんち行く?」という話なるとわくわくしたし、そんな日に佐野さんちの音符が描いてあるチャイムを押して誰も出てこないと、寂しい気持ちになったことを覚えている。
「近所」というだけで、全然関係ない子どもたちを迎え入れて、家の中で遊ばせる。縁側の部屋で、好き勝手に居させてあげる。今振り返ると、すごいなあと他人事のように驚く。
佐野さんの、声も、顔も、何もかも忘れてしまったけれど、夏の日差しにジリジリと照らされた「佐野さんち」の佇まいと、輝く庭を眺めながらストリートファイターⅡを友達と夢中でやった記憶だけは、夏になるとなんどもなんども思い出す。
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