本を読む
子供のころは本が好きで、特に高校生の頃はあらゆるジャンルを読みました。一日一冊(漫画含む)。社会人になっても読まない日はないくらい活字中毒だったのですが、ここ最近の私の愛読書は図鑑や写真集。活字を見るのを極力避けている、そんな(老眼気味の)私に、お客さんが本を一冊持ってきてくれました。
芥川賞を受賞した「バリ山行」です。サクッと読めて、内容もわかりやすい(しかも活字がデカかった)。特に六甲山界隈をご存じのお客さんにお勧めしました。作者は比較的若い人なのですが、文章がとても美しく、情景描写にすぐれている。つまり芥川賞は純文学であることが基準なので、まさにそういう部分が評価されたのもうなずけます。
読み終えてすぐは面白かった~と思っていたのですが、しばらくするとなんだか悶々としてきました。何だろう、この気持ちは??
会社の中でいろいろと悩む主人公と、もう一人の登場人物。
主人公は山をする会社の先輩に誘われて、健全に、かつルールに従って整備された登山道を歩く。やはり会社でも、求められることを行い、品行方正、規律正しく、周りと調和するように足並みをそろえ、日々を過ごす。
登山初心者の彼は、装備は上から下までブランドで固め、スマホアプリで他人の山行をチェックする。寿庵にもそういうお客さんはたくさんいます。まさに今の登山を象徴するような主人公。
その対比として、もうひとりの登場人物がいるのですが、登山道を回避し、バリエーションに入り込む。安物のヤッケを羽織り汗止めのバンダナを額に巻く。なぜかザックにはチェーンアイゼン。その様子が、目に浮かぶから思わず、それそれ!と私もうなずく。会社でも自分のやり方を貫き、ちょっぴりつま弾きにあっている。必ずいるちょっと変わった人。
私も主人公と同じように、社会人の時に職場の人に声を掛けられ、山の会に入会。一回りも二回りも上の先輩に導かれ、登山道を楽しんでいました。‥が、やはり一周回ると、登山道を外れ、いわゆる藪漕ぎに興味が出てくる。そのうち悪い仲間とあちこちこそこそ徘徊。もちろん、本に出てくるような危険なことはしませんが、そういうところに惹かれる気持ちもよくわかります。冒険とか探検とか、やっぱワクワクする。みんなの知らない世界を見る優越感。友達に話をすることも、写真を見せることも一切ない、当時はSNSもないので、究極の自己満足の世界。
山をやっている人なら、あるあるな話。でも、やってない人なら、どういうところに面白さを見出し、読むのだろうか?もちろん、テンポよく進むストーリーにすーっと入り込めるので、きっと山をやってなくても読み物として面白いはず。もしかしたら山をしてない人の方が、純粋に理解できる可能性もある。実に淡々と物語が進み、最後に大どんでん返しみたいなこともなかったけど、読み手に、その後のストーリーをゆだねる‥そんな終わり方だと感じました。
一般道を歩く登山者は、人生の敷かれたレールの上を歩く人。対してバリエーションは、そうではない人間として描いていたように感じます。もちろんもともと山には登山道はなく、すべてがバリエーションで藪漕ぎ。そのうちレジャーとして愛好者も増え、整備されるように。なので登山とは『人が作った道を歩かされている』と作中で表現してるのですが、それはまさに正しいこと。
ただ、山に携わっている今、自己責任、自己満足の山遊びとはいえ、山は結局は誰かの所有物であることを理解。人の敷地に土足で入り込み、植物を傷つける行為が、自分の求めるものではないと感じ、私はいわゆる歩くために整備された登山道に戻りました。登山のルール(マナー)を逸脱し、それが最初は面白かったけど、なんだか後ろめたい気持ちになってくる。そして、何かあったときに一人の自己満足の領域を超え、多大なる影響を与えることも知っている。だからこそ、作品中とはいえバリエーションに入り恍惚とする様をみると、植物保全はどうなんだ!とか、その敷地は誰の物なんだ!とかついついいらんことを思っちゃうもんで、もやもやした気持ちを抱いたのかもしれませんね。
連日、山の話になる「大山ゲストハウス寿庵」。みなさん趣味として山を楽しんでいる。でも実際はこの主人公のように会社ではいろいろ大変なのかもしれない。もしかしたらバリエーションを歩いてすごい人~!と山の仲間同士で思われてる人も、会社ではつま弾き者で一風変わった人かもしれない。
一気に読み進めることができ、登場人物の立場もリアルに想像できる。久しぶりに読んだ純文学。これはこれでとても面白かった‥悶々とした気持ちにさせたのは、リアルだからこそ、読み終わった後でもなんだか現実のことみたいに感じ、いろいろと考えてしまったせいかもしれません。
あ、主人公は会社の中にできた登山部に所属。余暇の時間まで仕事の話になるとぼやいてるのですが、それはリアル世界でも一緒。ときどき、会社の仲間と来るお客さんがいるけれど、酒が入ると誰かしら仕事の話に‥(笑)。出来れば、仕事のことは忘れ、山を満喫してほしいって思います。
今回芥川賞は2作品選ばれたのですが、もう一作は朝比奈 秋さんの『サンショウウオの四十九日』です。これもちょっと読んでみたい‥そう思った寿庵オーナーでした。
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