再生の選択: 妄想ショートショート033
再生の選択: ユウトとケンジとCovid-19
世界は未知のウイルスに恐れを感じていた。このウイルスは一時、感染力の強さとその猛威で「殺人ウイルス」とまで名付けられた。ニュースやSNSでの情報は日々更新され、感染者数や死亡者数が増えるたびに、人々の不安は頂点に達していった。街は静寂に包まれ、マスクをしない人の姿は皆無に等しかった。世界中が一種のパニックに陥っていた。
これがCovid-19の始まりだった。国々は国境を封鎖し、外出禁止令を発令。人々は外の世界との接触を極力避け、自宅での生活を余儀なくされた。食料や生活必需品の買いだめが始まり、スーパーマーケットの棚はがらんとしていった。
この騒動の中、二人の男、ユウトとケンジがいた。
二人は全くの他人だったが、ある日の朝からの体験はほぼ同じだった。
体温計の数字は確かに38.5°Cを指していた。ユウトとケンジは、この未知のウイルスの恐ろしい症状を身をもって知ることになる。
発熱の後、二人は呼吸困難や持続的な疲れを感じ始めた。夜も安眠できず、何度も目を覚ました。症状が酷くなる中、医者の診断を受けることに決意する。しかし、混雑する病院の前で、行列を作る人々を見てためらった。席が空くまで数時間待ち、ようやく診察を受けることができた。そして、待っていた結果は陽性。
陽性の判定を受けた瞬間、彼らの周りの雰囲気は一変した。友人や知人からも連絡が途絶え、家族からも迷惑がられた。そしてすぐに隔離施設での生活が始まった。
隔離施設は、彼らにとっては異様な世界だった。他の患者との接触も無く、食事も部屋の前に置かれるだけ。都心の雑居ビルの窓からは外の景色すら見えなかった。
薄暗い部屋は、時が止まったような静寂が広がっていた。
「これで人生終わりかもな…」ユウトはつぶやいた。ケンジも同じ気持ちだった。彼らの心は暗く、絶望的な感情に包まれていった。何も無い天井を見上げながら、二人はこれまでの日々を思い返していた。
この状況は彼らにとって未知なる試練のようなものだったが、回復後もその試練は続くことになる。
ユウトの体は隔離から二週間で回復したが、すぐには元の生活に戻れなかった。陽性と判定された際の他者からの冷たい視線や差別が彼の心に深く刻まれていた。家に帰っても、友人や近所の人々は彼を避け、彼の周りには壁のようなものができてしまった。心の傷は深かった。友人や近所の人々から受けた冷たい視線が彼の心を苛み続けた。カウンセリングを受け始めるも、そのモヤモヤとした感情は晴れることなく、彼は常に不安定な心の状態にあった。
彼は持続的な疲労感を感じるようになった。再び医者の診断を受けると、彼はLong COVIDと診断された。Long COVIDは、COVID-19の急性症状が治った後も3週間以上続く幅広い症状を指す用語で、持続的な疲労感、呼吸困難、関節痛、認知障害などの多岐にわたる症状が報告されている。ユウトは不運な状況から逃れることができず、彼の日常はこの難病との闘いとなった。
一方のケンジは隔離後、味覚異常になり回復後も暫く続いた。それは辛さ、甘さ、苦さなどそれぞれの味覚が強調され独立して感じるような症状だった。インスタント食品が異常に塩辛く、苦く、辛さが攻撃してくる感じるなどだった。しかし、甘いものが異常においしく感じるようになり、隔離から戻った後もついつい食べ過ぎてしまう日々が続いた。
数ヶ月後、ケンジは体重が増加してしまい、日々の動きも鈍くなっていた。体のだるさや息切れが増え、体力の低下を実感するようになった。しかし、彼はその困難な状況に終始することを拒んだ。Covidによる行動制限に疲れ果てていた彼は、新しい日常を築くための行動を開始した。
最初のステップとして、早朝に家の犬と散歩することを始めた。町がまだ静寂としている時間、彼は新鮮な空気を吸いながら歩くことの心地よさを再確認した。その結果、彼の生活リズムは自然と正常化し、日常の活力を取り戻す手助けとなった。
また、彼は人生の新たな挑戦として二輪免許を取得することを決意した。50歳を過ぎての新しい趣味の発見は、彼にとっても驚きだった。バイクに乗ることの喜びを知った彼は、その後、体幹トレーニングを始めることにした。初めは簡単な運動から始めていたが、徐々にその内容を増やし、日常のルーチンとして取り入れるようになった。1日たったの20分ほどの運動でも毎日継続した甲斐あり、彼の体型は見違えるほどに変わり、お腹は引き締まり、腹筋がくっきりと浮き出てきた。
Covidの制限が解除されたとき、ユウトは未だに体調が完全に回復せず、在宅ワークを続けていた。それに対し、ケンジは日々のトレーニングが彼の生活を大きく変え、健康的な体を取り戻しただけでなく、姿勢も良く、見た目も若返ったように見えた。彼の体質は明らかに改善され、かつて服用していた高血圧の薬も必要がなくなっていた。
Covidのパニックは過ぎ去り、再び日常は戻ってきたものの、未だLong Covidなど後遺症に関してはその原因が解明されず、多くの人々が苦しんでいる。
このストーリーの中のユウトとケンジは、同じ環境の中で同じようにウィルスに罹患したが、結果的には全く違う道を歩んだ。
この二人の差は、身体を積極的に動かすかどうかの選択によるものだけであった。
人間の持つ身体の可能性を感じ取り、それをどう使うかの選択が、私たちの未来を大きく左右するのだ。