任天堂とIPビジネス
IPビジネスに注目が集まっており、マンガSaaS事業を展開するコミチCEOとしても「IP(知的財産)」について考える機会が増えています。今回のnoteは、その原点をグローバル企業の「任天堂」に学びたいと思い、いろいろと調べました。
IPビジネスにとって大きなきっかけになりそうなのが、先日に政府が発表した「新たなクールジャパン(CJ)戦略」です。(太字は筆者、以下引用内は同)
「50兆円以上の経済効果を生み出す」というのは、かなりインパクトのある数字です。
すぐに想起されるのが「クールジャパン(CJ)ファンド」(経済産業省が所管する官民ファンド「海外需要開拓支援機構」)の失敗です。今回の新CJにも、予想どおり多くのネガティブな反応がSNSで見られました。
たしかに過去のCJがどうだったのかを精査すべきところもあるかと思います。しかし、だからといって新CJに対して最初からネガティブである必要はなく、むしろ「今こそIPビジネスなのでは?」と良いタイミングにあると個人的に思いました。
なぜ良いタイミングなのか? それを説明するのに、日本を代表するグローバル企業「NINTENDO(任天堂)」のIPビジネスは、とても学びのある題材です。以下、詳しく解説します。
任天堂の「IPビジネス」へのシフトはいつ始まった?
スーパーマリオ“生みの親”でもある宮本茂さんによれば、2014年ごろからIPを活用する戦略を掲げ始めたそうです。任天堂におけるIPビジネスの10年間をまとめると、(1) モバイル、(2) テーマパーク、(3) 映画、(4) グッズ、という柱があることがわかります。順番に解説します。
(1) 【モバイル】DeNAとの提携(2015年3月発表)
2015年3月、任天堂はディー・エヌ・エー(DeNA)と業務・資本提携し、共同でスマートデバイス向けゲーム開発などに乗り出すことを発表しました。同じゲームをつくる会社としてはライバルと思われていたところでの提携です。
当時、任天堂のカリスマ経営者として知られた故・岩田聡社長(当時)は、30年かけて積み上げてきた「IPの価値を毀損せず、かつ、お客様と折り合いがつく形で、ようやく我々のよい面を受け入れていただける時が来た、と思っている」とインタビューで述べています。
任天堂のIPビジネスへのシフトは、2000年代半ばに爆発的に普及した家庭用ゲーム機「Wii」の販売が落ち込むなど、ゲーム機器の性能向上を競うことでの市場拡大に限界を感じていた故・岩田社長から始まりました。
2015年9月に、バトンを受け継いだ君島達己前社長がIP活用をメインとする「ビジネス開発本部」を立ち上げます。
DeNAとの共同開発・運営のゲームアプリである「スーパーマリオラン」は2016年12月にリリースされ、配信開始より4日間で全世界4,000万ダウンロードを突破し、マリオというIPの強さを見せつけました。
任天堂が出資する株式会社ポケモンと、位置情報ゲーム開発の米ナイアンティックが共同開発した「ポケモンGO」が2016年7月にリリースされると、街中にプレイする人があふれ、社会現象になったことを覚えている方も多いと思います。
同アプリの世界の累計ダウンロード数はわずか1年で7億5000万回となり、2017年3月期の任天堂のスマホゲームからの課金収入やライセンス収入を含むセグメント「スマートデバイス・IP関連収入等」の売上高は242億円(全体の約5%)となり、前年の4.2倍と急拡大しました。任天堂のIPビジネスへのシフトを決定づけたのは、「ポケモン」の存在であることに疑いようがありません。
世界でいちばん稼ぐといわれる「ポケモン」の経済圏の拡大は、今や誰もが知るところです。
その後、任天堂はナイアンティックと共同で、人気キャラクター「ピクミン」を題材としたアプリ「ピクミンブルーム」を2021年10月にリリースしています。
こうした任天堂IPのモバイルゲーム・アプリへの進出は、Switchなど自社のコンソール機だけではないユーザーとの接点を広げました。
(2) 【テーマパーク】ユニーバーサル・スタジオへの進出(2016年11月発表)
2016年11月、任天堂はテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」内に任天堂のゲームの世界観を再現したエリアをつくると発表しました。
その後、600億円を投じたUSJの新エリア「スーパー・ニンテンドー・ワールド」は2021年3月にオープン。人気アトラクションの「マリオカート」は敵キャラクターに「こうら」を当てると得点になり、他プレイヤーと競う内容で、ゲーム会社らしい「やりこみ要素」があります。たとえば、特別なスタンプが手に入る隠しブロック、クッパに10回こうらを当てる隠れミッションなどがあります。
米テーマエンターテインメント協会(TEA)などの2022年の調査で、USJの来園者数は1235万人となり、10年連続1位の米フロリダ州にあるウォルト・ディズニーのマジックキングダム(1713万人)、2位のカリフォルニア州にあるディズニーランド(1688万人)に次ぐ第3位です。東京ディズニーランドと東京ディズニーシー(TDS)を超えています。
その理由として、任天堂やハリー・ポッターなど世界中に映画や原作のファンを持つ人気コンテンツの導入が挙げられれています。
2025年には、米国の「ユニバーサル・オーランド・リゾート」にも「スーパー・ニンテンドー・ワールド」がオープンする予定です。「スーパー・ニンテンドー・ワールド」の狙いは、以下のように説明されています。
テーマパークは、コアなファンだけではなく、家族連れなどライトなユーザーにとっての入口となることが期待されています。
(3) 【映画】「マリオ」の映画製作(2018年2月発表)
2018年2月、任天堂は「ミニオン」シリーズなどを手がける米イルミネーションと協業、資金を米ユニバーサル・ピクチャーズと分担することで、「マリオ」を使ったアニメ映画を製作すると発表しました。
2022年7月、映像制作会社のダイナモピクチャーズを子会社化し、ニンテンドーピクチャーズと名前を変えています。映像にチカラを入れていることがよくわかる買収です。
2023年4月、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が公開。世界興行収入は13億6000万ドル(約2000億円)を超える大ヒットとなりました。国内でも同じく大ヒットとなりましたので、映画館で観た人も多いのではないでしょうか。
すでに同じ座組で「スーパーマリオ」の新作映画を2026年4月に公開する予定だと発表しています。
2023年11月、米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントと共同出資し、任天堂が過半を出資する「ゼルダの伝説」を実写映画化も発表。2023年5月発売の最新作「ティアーズ オブ ザ キングダム」は2000万本を売り上げており、映画の大ヒットも期待されています。
映画はIPとしての認知を広げるだけではなく、「マリオ映画の公開後、マリオ関連のゲーム販売(4〜9月)が前年同期比3割増えた」との発表もあり、ヒットすればきちんと投資に見合う価値があるようです。
(4) 【グッズ】国内初の公式グッズ店(2019年11月公開)
2019年11月、任天堂は国内初の公式グッズ店「ニンテンドートウキョウ」をオープンしました。
ちなみに、もともと海外では米ニューヨークに2001年に「ポケモンセンター」としてオープンし、その後の2005年に「ニンテンドーワールド」、2016年に「ニンテンドーニューヨーク」へと改装したショップがあります。
2022年10月に「ニンテンドーオオサカ」、2023年10月に「ニンテンドーキョウト」がオープンしています。
任天堂の地元、京都には2024年秋に「ニンテンドーミュージアム」が開館する予定です(発表は2021年6月)。
こちらの記事では、任天堂IPのコラボ製品が増加傾向にあることが紹介されています。
その目的は、消費者との接点を増やし、ゲームの世界観に触れる人口を拡大することにあるそうです。
IPビジネスへの転換はベストタイミング
任天堂の「2024年3月期 決算説明資料」(2024年5月7日)によれば、「モバイル・IP関連収入等」は前年比+81.6%と大きく伸びており、新たな柱として急成長しています。
先日、スクウェア・エニックス・ホールディングスが発表した約221億円の特別損失が大きく話題になりました。ゲームは今、厳しい競争環境にあるようです。この記事では、ゲーム事業の減益が伝えられています。
それでも増益となったカプコンとコナミグループについては、次のように紹介されています。
ゲームは当たり外れが激しいものですが、ある程度成長したIPは安定した売り上げを会社にもたらすということなのだと思います。
日本のIPは今、グローバルから高く評価され始めています。現在の市場動向を見るに、任天堂がIPビジネスにシフトしていることはベストタイミングなのではないでしょうか。
「新たなクールジャパン戦略」とIPビジネス
「新たなクールジャパン戦略」(知的財産戦略本部、2024年6月4日)の総論では、「IP」について次のように書かれています。
任天堂のIPビジネスでいえば、ゲームを提供する(コンテンツ)だけではなく、消費者との接点を増やし、ゲームの世界観に触れる人口を拡大する(体験価値)ことで、利益を上げていこうという考え方になります。
その戦略は、次のような図で表現されていました。
日本政府が考えるIP(知的財産)はゲームやアニメに限らず、日本食、観光までを含んでいるので幅広いですが、基本的なビジネスの構造はそれほど違いがないように見えます。よく比較されるのが韓国です。
韓国のK-POPや韓国ドラマのブームにより、「食」「化粧品」などの文化に関連する産業が大きく伸びたことはよく知られており、その日本版をつくろうということです。
一方で、外食大手の海外店舗比率は2023年度に初めて4割を超えており、ゲームやアニメだけではなく、「食」の海外展開は始まっていると言えるのかもしれません。
いろいろ調べてみると、日本政府の「新たなクールジャパン戦略」もまた、ベストタイミングで始動したプロジェクトのように私には思えます。
今こそ、任天堂のようにさまざまな企業がIPビジネスを展開する好機なのではないでしょうか。
最後に
マンガDXのスタートアップ「コミチ」のCEOとしても、グローバルにマンガを届けること、出版社やアニメ制作会社などのIPビジネスを支援することはテーマの1つだと考えています。
今回のnoteは書きながらIPビジネスについて調べ、深く考える機会となりました。こうした考察を自社のビジネスにつなげていきたいと思います。最後まで読んでいただき、大変にありがとうございました!
最後にPRです。マンガDXのスタートアップ「コミチ」は、いっしょにIPOを目指す仲間を募集中です。特にマンガメディアのプロデューサーやディレクターを急募しています!
直近(2024年4月)では、一般社団法人電子出版制作・流通協議会の「電流協アワード2024」特別賞を受賞しました。売上YoY200%成長、2期連続黒字化を達成し、急拡大中です。カジュアル面談からでも、ぜひお声がけください!(詳細は下記HPをご覧ください)
それでは、また次回のnoteで。
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