なぜ今、ファンダムなのか?
「ファンダム(Fandom)」について書いてみたくなりました。
なぜ今、ファンダムが重要なのか?
考えるきっかけになったのは、日本のエンタメが最近、すごいことになっていることです。
日本のエンタメがすごいことになっている
たとえるなら、米メジャーリーグで大活躍する、唯一無二「二刀流」という武器で、世界の舞台で勝負する大谷翔平選手。
映画では、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の世界興行収入が12億8800万ドル(約1790億円)に達し、アニメ作品で歴代2位となりました。「ゴジラ-1.0」邦画の全米興収で歴代1位を記録。新海誠監督の「すずめの戸締まり」は中国で興行収入が日本を上回り、日本のアニメ映画としては歴代1位を記録しました。
アニメの市場規模はすさまじい勢いで伸びています。さらに、アニメだけではなく『ONE PIECE』や『幽遊白書』など実写化もまた、大ヒットするという状況です。
ゲームでは、Nintendo Switch用ソフト「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」が発売から3日間で世界累計販売本数1000万本を達成。直近ではほぼ無名だったゲーム開発会社であるポケットペアの「Palworld(パルワールド)」がプレーヤー数は2500万人を突破し、世界を席巻しています。
音楽では、YOASOBIの楽曲「アイドル」が日本語史上初の米ビルボードのグローバルで首位(米国除く)という快挙を成し遂げたことが記憶に新しいかと思います。同楽曲は、2023年の年間Billboard JAPAN UGCソングチャート“Top User Generated Songs”でも首位を獲得しました。
日本が「いよいよ世界に見つかる」理由
以上、わざわざ事例を並べてみましたが、とにかく日本のエンタメがすごいことになっている。
藤井風の「死ぬのがいいわ」がTikTokをきっかけにヒットしたときに「藤井風、いよいよ世界に見つかる」と表現していた記事を思い出しましたが、まさに日本のエンタメが世界に見つかり始めている。これまで埋もれていた素晴らしいクリエイターや作品が発掘されてきているのです。
最近になって、ようやく日本のエンタメが「世界に見つかる」ようになった背景には、きっと何かしらの変化があるはず。私は「ファンダム」の存在感が増していることが理由の1つではないか、と思い至りました。そのことを備忘録的に書いておこうと思います。
ファンダムといえば、K-POPの人気アーティスト「BTS(防弾少年団)」の「ARMY(アーミー)」が有名です。
そのBTSやAdoなど人気アーティストが多く所属するユニバーサルミュージックで、日本のトップを務める藤倉尚社長兼CEOが「日本のアーティストが海外でヒットするためのポイント」を4つ挙げていました(太字は筆者)。
このうち、2つ目はアニメのファンダム、3つ目はアーティストのファンダムと言い換えることができそうです。その影響力の大きさをうかがい知ることができるインタビューでした。
ここからが重要な話です。では、なぜ「ファンダムの存在感が増している」と考えることができるのでしょうか?
「SNSやプラットフォームが世界に普及したから」という理由では足りません。Facebookの誕生は2004年、YouTubeは2005年、X(旧Twitter)は2006年、Instagramは2010年、TikTokは2016年です。それなりに時間が経っているので、それだけが理由になりそうもない。
世界ではこうしてファンダムの存在感が増した
私は次の3つの段階に分けることができるのではないか、と考えました。
フェイズ①:一般ユーザーとクリエイターがSNSやプラットフォームに参加フェイズ②:作品のグローバルへの同時配信
フェイズ③:TikTok的なアルゴリズムの普及
順番に解説します。
フェイズ①:一般ユーザーとクリエイターがSNSやプラットフォームに参加
SNSが世界に普及したことで、あらゆるユーザー・クリエイターがつながることができるようになりました。誰でも動画・音声・文章などのコンテンツを発信できるようになったことで、個人クリエイターが「クリエイターエコノミー」と呼ばれる経済圏をつくるようになりました。
クリエイターエコノミーの市場規模は、国内で1兆3574億円、海外で13兆1000億円にのぼると推計されています。YouTuberやインスタグラマーが職業になったように、これは誰しもが実感しているところなので説明は不要ですね。
フェイズ②:作品のグローバルへの同時配信
これは「作品」を「グローバル」に、ほぼ「同時」に届けられるようになったことが重要だということです。一見するとフェイズ①でも実現しているように思えますが、まったく別の話です。
動画配信の世界最大手であるNetflix(ネットフリックス)の2023年12月末の会員数は、広告付きの安いプランを広げるなどの効果もあり、2億6028万人に達しています。その内訳は、最初に「米国/カナダ」で広がり、有料会員の規模としては「欧州/中東/アフリカ」「中南米」「アジア/太平洋」の順番に大きくなっています。
音楽配信の世界最大手であるSpotify(スポティファイ)は2023年6月に、月間アクティブユーザー数が5億5100万人、有料会員数は2億2千万人に達しています。
グラフの推移を見れば一目瞭然ですが、これらの配信プラットフォームは年々、少しずつユーザー数を増やしてきました。SNSがグローバルに普及したからといって、いきなり「作品」の配信プラットフォームが普及したわけではないということです。
グラフの推移を見れば一目瞭然ですが、これらの配信プラットフォームは年々、少しずつユーザー数を増やしてきました。SNSがグローバルに普及したからといって、いきなり「作品」の配信プラットフォームが普及したわけではないということです。
わざわざ「作品」と書いたのは、NetflixやSpotifyで流通する映像や楽曲は、YouTuberやインスタグラマーのコンテンツ(UGCに近い)とは異なり、プロがつくったコンテンツ(PGC)だからです。クリエイターだけではなく、映画会社やレコード会社などの企業が関わるため規模も大きい。クリエイターエコノミーの経済圏は、UGCだけではなくPGCへと広がったのです。
これら配信プラットフォームが「グローバル」に普及することによって、SNSとエンタメの関係性が変わりました。X(旧Twitter)で話題の映像作品が登場すればすぐNetflixで見れますし、TikTokのダンスである楽曲が流行ればすぐにSpotifyなどの音楽のサブスクで聴けます。ユーザーの体験そのものが変化しました。
特に影響が大きいのがアニメかもしれません。そもそも、アニメは海賊版サイトによる被害が深刻であり、推計で約2兆円にのぼります。
海賊版の存在は、アニメを制作する企業にとって直接に損害があるだけではありません。アニメファンも海賊版を見てSNSで「すごい作品だった」「おもしろい」などと表立って、はしゃぐわけにはいきません。どこか後ろめたい気持ちが残ってしまい、ファンダムの盛り上がりに欠けてきたのです。
そこで登場したのが、ソニーグループの”正規版”のアニメ配信サービスであるCrunchyroll(クランチロール)。有料会員数の伸びは大きく、2024年1月までに1300万人に拡大しました。
アニメファンの人たちが好きなアニメをいつでも楽しむことができるようになっただけではなく、さらにはSNSで世界中につながるファンダムのなかで「これがおもしろかった!」とグルーヴ感をもって盛り上がることができる。こうした盛り上がりが、アニメ市場規模の拡大に大きな意味を持っているのです。
フェイズ③:TikTok的なアルゴリズムの普及
ファンダムが勢いを増した最後の決め手になったのは、「TikTok」と「TikTok的なアルゴリズム」です。TikTokのユーザー数は15億6000万人で、後発ながら、Facebookの21億9000万人、Instagramの16億5000万人に次ぐ世界第3位のSNSに急成長しています。
エンタメから見たときのTikTokの大きな特徴は、なんといっても非言語のコンテンツが多いので国境を越えやすいことでしょう。流行りの「猫ミーム」をはじめ、さまざまな新しい遊びやトレンドがグローバルで生まれています。
最近では、Creepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」がアニメタイアップ曲(『マッシュル-MASHLE-』オープニング楽曲)でありながら、非言語のダンス動画と合わさってヒットするような例も登場しています。
TikTokの浸透によってコンテンツに言語の壁がなくなりつつあることが影響しているのかはわかりませんが、米国や英国では英語よりも非英語の楽曲が多く聴かれるようになっているという統計があるそうです。すでに日本でもK-POPがハングルのまま聴かれることが多くなっていますし、アニメ楽曲を海外の方々が歌っている動画などもたくさんありますので、世界的な傾向なのかもしれません。
『イカゲーム』が2021年にNetflixの非英語作品で初めて視聴数トップになったことは印象に残っている方も多いと思いますが、Netflixによると世界全体の全視聴時間のうち、すでに約30%を非英語作品が占めているそうです。けっこう驚きのデータですよね。
さらに、TikTokだけではなく、「TikTok的なアルゴリズム」がFacebookやX(旧Twitter)など別のSNSに広がっていることも影響が大きいと思います。
TikTokの特徴は、ほとんどのユーザーがTikTokがアルゴリズム的にユーザーに合った動画をレコメンドする「おすすめ」に流れてくる動画を視聴しているところにあります。逆にフォロワー数が多いからといって再生回数は伸びず、1人のインフルエンサーよりも複数のユーザーによるUGCで連鎖的に同じテーマの動画が投稿され、トレンドが生まれるSNSです。
たとえば、X(旧Twitter)を長く使っている方なら、同じように「おすすめ」にフォローしている人以外のポストが多く流れてくるようになったことに気づいているのではないでしょうか。フォロワー数が多いからといって、たくさん投稿を見られるわけではないとなると、インフルエンサー(個)にとっては困った事態ですね。
一方で、ファンダム(群)にとっては、フォローでお互いにつながっていなくても、好きなものを見ているだけで勝手にラクにつながれて同じコンテンツを見られるので、同じテーマでいっしょに盛り上がる機会が増え、ファンであることの楽しさが増しています。さらに「作品」もグローバルに同時配信されるようになってきているので、国境を越えて好きな音楽やアニメで盛り上がれるというわけです。
インフルエンサーから、オーガナイザーへ
一般ユーザーとクリエイターがSNSやプラットフォームに参加し(①)、作品のグローバルへの同時配信が広がり(②)、TikTokやTikTok的なアルゴリズムが普及した(③)。世界では、こうした流れでファンダムの存在感が増したのではないでしょうか。
最後に、私自身の経験から、これからのエンタメとファンダムを考えるにあたって重要ではないかと思ったことを書き留めておきたいと思います。
私は、マンガDXのスタートアップ「コミチ」でCEOを務めています。アニメのファンダムがグローバル化していることは前述の通りですが、じつは最近になり「マンガ」のファンダムもグローバル化している事例が登場しました。前回のnoteでも紹介した週刊少年ジャンプで連載中のマンガ『カグラバチ』です(太字は筆者)。
今回のテーマでいえば、集英社の「MANGA Plus by SHUEISHA」(英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語・タイ語・インドネシア語・ロシア語・ベトナム語の8言語に対応)をはじめ、大手出版社がマンガのグローバルへの同時配信(②)に力を入れ始めている状況なのです。
コミチでは「ビッコミ」(小学館)「ヤンチャンWeb」(秋田書店)「ヤングアニマルWeb」(白泉社)などのWebマンガの運営をしていますが、国内のユーザー数が順調に伸びている今、次の目標はグローバルへの対応だと考えています。これは多言語展開すればいいというだけではなく、グローバルのファンダムとどう向き合えばいいのか、という話でもあります。
このヒントになるような出来事がありました。昨年、浅野いにお先生の『おやすみプンプン』を7月7日の七夕に「ビッコミ」で無料公開するお手伝いをさせていただきました。
これがファンのみなさんから天地がひっくり返るぐらいの大きな反響をいただきました。そこで気づかされたことがあります。実際のWebマンガの販売データを見ると、マンガはSNSで発信しているマンガ家さんのほうが売れ行きが良いことが多いのです。もちろん、すべてのクリエーターがSNSで発信しているわけではありませんが、SNSではすでにクリエーターとファンが直接につながっている(D2F:Direct to FAN)ことが販売に大きな影響力を持っているを実感しました。
ファンダム時代、SNSではクリエーター自身がファンへの影響力(インフルエンス)を持っている。だとするならば、これまでのインフルエンサーだけではなく、より重要になってくるのはクリエーターをエンパワーメントし、ファンとのつながりを有機的につなげて盛り上げる「オーガナイザー(まとめ役)」のような存在になってくるのではないでしょうか。
世界的に人気のアーティストであるテイラー・スウィフトは、個人事務所で広報・経理や弁護士などの少人数でチームを組み、ツアーや映像販売・配信を行う制作会社を持っているそうです。つまり、オーガナイザーを自分で雇っているようなものです。これが次世代のクリエイターエコノミーにおける、プロフェッショナルの1つのモデルかもしれません。
マンガならば、マンガ家にとって編集者であり出版社がオーガナイザーです。マンガ家をエンパワーメントする役割が、ますます重要になってくると思います。
あとがき
長文になりましたが、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
最後の最後に、少しだけPRさせてください。マンガDXのスタートアップ「コミチ」は、オーガナイザーである編集者さんや出版社をさらにエンパワーメントする存在です。Webマンガの配信プラットフォームを運営していることから、たくさんのデータが集まってきます。
K-POPのグローバルに広がるファンダムで、ライブ配信プラットフォームとなっている韓国のWEVERSE COMPANY(ウィバースカンパニー)は、ライブストリーミング配信の視聴データの分析から、ライブ・コンサートとデジタルアルバムの販売の動線をつなげる仕組みまで、アーティストサイドに提案と助言を行うコンサルティング事業を展開しているそうです。
コミチもさまざまなデータを分析し、作品をどうヒット作にできるかをいっしょに考え、ヒットの兆しがあれば出版社といっしょに販促を仕掛けています。私がエンジニア出身であることもあり、徹底して数字に基づく「エンジニアリング思考」のスタートアップです。出版社の編集者さんはマンガ家さんといっしょに作品を創ることでとても忙しく、なかなか読者分析やプロモーションまで手がまわらないところを全力でサポートしています。
ミッションは「マンガを世界に知らしめる」。
福利厚生に月に2万円までマンガを購入できる「マンガ手当て」があり、コミチのチームも”マンガ愛”にあふれるメンバーばかりです笑(ちなみにエンジニアは技術書を月10万円まで補助しています)。昨年3月に小学館と秋田書店から資金調達をし、上場に向けて事業拡大をスピードアップをしているところです。
チームに加わってくれる仲間を大募集しています。ぜひコミチのWebサイトもご覧ください!
それでは、また次回のnoteで。
✅ 参考:前回のnoteはこちらです↓
サポート頂けたら、意味のあるnoteだったのだと励みになります。 サポート頂いたお金は、コミチの漫画家のサポートに利用させて頂きます。