月刊こしら Vol.89 (2022年10月号) 「はんこ屋と水屋」
「はんこ屋と水屋」 文・立川こしら
水屋の富という悲しい落語があります。宝くじが当たって大金持ちになったのに、それまでの日常に執着してしまう男の話です。仕事を辞められず、富を失ってもまだ「これまで」に縛られて「これから」を考えられなかったのです。
話はまだ水道が完備されていない昔が舞台。
生活するための水を運ぶという仕事があるのは理解できます。
水屋というサービスを使う人々も、生きる為に欠かせないので丁寧に扱うでしょう。皆の命を握っているのが水屋さんなのです。
しかし、物語に描かれている水屋さんは裕福とは言えません。命に関わる仕事にも関わらず、平均を下回る年収だと思われる描かれ方なのです。
現代にもそういった仕事は、いくらでもあるでしょう。
水屋さんを、もっと割のいい商売に就くことが出来ない男と仮定します。
彼のモチベーションはお金ではなく「やりがい」。みんなに感謝される事が報酬になります。
大金を手にしても「俺が水を運ばないと皆が困る」という正義感によって仕事を辞めることができませんでした。
「一生困らない大金を手にして自由に暮らす」
「毎日重い水を運んで金銭的にギリギリの生活」
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