魔法少女は父さんに任せなさい!第3話 【創作大賞2024 漫画原作部門】
第3話 父さん達は望んでるぞ
今日は打ち合わせの日。
僕は父さんと共にカンパニーに向かっていた。
「……地味に社長さんと会うのは初めてなんだよな」
ドアの前で肩を震わせる僕に父さんはぽん、と優しく手を乗せる。
「とりあえず父さんも話を聞くし、気になったことはちゃんと言うつもりだから。肩の力を抜いていこう」
にっ、と微笑まれ少し緊張の糸が解ける。
ドアノブを握った時、父さんは小声で付け足した。
「……お前も気になることや言いたいことはちゃんと言うんだぞ、あくまでお前の仕事なんだからな」
いつもより低いその言葉に僕は小さく頷く。
そして、ドアノブを回し、社内に入っていった。
「改めまして、契約成立おめでとうございます!
ようこそ愛支紅流カンパニーへ!」
会議室ではいつものサングラスの彼が拍手をしながら真っ先に出迎えた。
目の奥は相変わらず見えないが、口角の上がり具合から心底歓迎している様子なのは分かる。
彼がすすめるままに椅子に座れば、少し落ち着いて周りを見渡せる。
打ち合わせというのもあって、全員では無いものの他のメンバーとも顔を合わせることになった。
隣の席には小柄な若い女性が座っている。
ふわふわとした髪を緩く結んで可憐な容姿をしている。
彼女は無我夢中に街の地図を広げ、ひたすらペンでチェックを付けている。
向かいの席にはツナギ姿の若い男性が座っている。
筋肉質でガタイが良い。いかにも体育会系、といった容姿をしている。
光る剣の玩具を分解しては首を傾げている。
奥の椅子にはお年を召した女性が座っている。
ゆったりとした穏やかな雰囲気だが、どこか上品で威厳がある。恐らく彼女が社長だろう。
……何となく予想はしていたが個性が強い。
「リモートで作業してる人もいるから全員では無い」と聞いてはいたが、全員集まったらそれはそれで僕の頭がショートしてしまうかもしれない。
やがていつもの彼が手を叩き、一同の注目を集める。
「今回は海田満帆さん、大夢さんの本契約に関するお話の為の打ち合わせとなります。
進行は私、受付・雑務担当の有田英治がやらせて頂きます。」
有田さんが片手をひらりと振ると、ピンク色でハートがあしらわれた可愛らしいタブレット端末がその手に現れる。
……だからどうやって出してるんだそれ。
誰もそのことに触れることなく、彼が操作して表示させたスクリーンの方を見やる。そこには配属表らしき名簿が表示されていた。
「我が社では地球外生命体の脅威に備え、様々な対策をしていました。
総合指揮は社長、夢園叶絵さんに。
現地調査による避難経路のシュミレートを彼女、蒼葉千鶴さんに。
緊急時用の携帯可能な簡易武器の開発を彼、鳳山満さんに。
リモートの方達にはインターネットの緊急ジャックや情報伝達をお願いしています」
有田さんは僕の隣と向かいの方を指す。
蒼葉さんは少し恥ずかしそうに目を逸らし、鳳山さんは反対にニカッとこちらに笑みを向けた。
……よく分からないけど、大事な業務を担えるほどのスキルがあるんだろうな、すごいや。
「あまり緊張しなくて大丈夫だよ〜オレらは普通の人間だし〜同僚として仲良くやってきましょうや〜」
ゆるゆると手を振る鳳山さん。
それに合わせるように蒼葉さんもニコッと笑みを作る。
……オレら「は」?
「そうですね、そろそろ説明致しましょう。
魔法少女システムのメカニズムに関して……社長、お願いします」
有田さんが軽く頭を下げれば社長らしき彼女はゆっくりと立ち上がり、僕達の前へ歩み寄る。
「大丈夫、そんなに難しい話では無いわ。
貴方達が思ってる以上に魔法はとても身近だから……支給した端末を出してご覧」
言われるままに携帯端末を差し出せば、彼女は暫く何も言わずに操作する。主に魔法少女のイメージデータを見ているようだ。
そして、「ありがとう見せてくれて」と柔らかく微笑んで僕に返した。
「久しぶりに純粋なソウゾウを見たわ、やっぱり魔法少女はこう、ワクワクするものじゃないとね。
貴方をスカウトしたのは正解だったみたい」
悪戯っ子のように軽くステップを踏んで微笑む。社長に対してこんな表現をするのは変かもしれないが、可憐で無邪気な少女を思わせた。
「私って、魔女なのよ、童話とかに出てくる」
彼女はこれまた悪戯っぽく微笑み、口元に人差し指を当てた。
そして軽く振ると、その指からは光が現れ、集まったかと思えば青いバラが握られていた。
「別に怖い話でも特別な話でも無いわ。
やり方を知っていただけ、本当にそれだけなのよ」
「魔法の存在って、あまり知られてないだけで、昔からあるのよ。
そもそも魔法を使うための力自体はどんな人間にも備わっているわ、ただそれを出力する方法が現代ではほぼ知られてない。だから使えないって皆思ってる」
「私はたまたまそれを知っていたからね、せっかくだから役に立ちたかったの。
沢山勉強して色々な場所に行ったわ、それで地球外生命体の脅威を知ったの。この脅威を知らせたかったから魔法の資料や予想される被害を書き出して、色んな所を巡って対策をお願いしようとしたわ。
……でもあまり真面目に取り持って貰えなかった」
「まあ根拠も人員も足りないから仕方ないわね。
それに、科学に比べたら非効率かもしれない。
だから私達は自分達でどうにかするべく、会社を立ち上げたのよ。比較的現代に寄り添う形の対策が出来るように」
「魔法でもどうにか出来ないことが多いのよ、現代って」
彼女は溜息をつく。
非現実的でありながら現実的でもあるその話は、表情からも本当に彼女が苦労してきたことを伝える。
「でも流石にしんどくなってきたわ!
そろそろ社会にも認知して欲しいし協力して欲しい……だから人命救助、としてもそうだけど広告塔として華やかな存在・魔法少女とそれを生み出せる存在をスカウトしましょうって話になったのよ。
私は軽い魔法しか使えないし、華やかさに欠けるし……無邪気なソウゾウをする力が足りないのよ」
続きをお願い、と言わんばかりに社長は有田さんの方を見て席につく。
彼は軽く頷くとタブレット端末を操作しスクリーンに
『魔法少女の仕組み!』と愛らしいフォントで書かれ、魔法少女の細かい図解が載せられたスライドを表示させる。
「魔法少女システムの開発をしたのは私ですからね、私から話しましょう」
「魔法少女の変身アイテムや攻撃手段は支給した端末で発現できますが、あれはあくまでエネルギーの出力を補佐するものに過ぎません。
炊飯器がご飯を炊くことは出来ても無から米は生まれないし水を入れてスイッチを押さないと炊けないのと同じです。
よって、誰でも使えるものではないのです」
「魔法少女に変身し、戦う為のエネルギーを使いこなすためには前向きな感情と想像力が必須になります。
それは変身する当人もですし、変身させるサポーターも必要です。
この前向きな感情は未来や人に、も勿論ですが、《魔法少女》そのものにも前向きな希望が必要です」
ここまで一息で話したかと思えば、今度は深い溜息をつく。
「……なのですが、ここ十年くらいの流行りはなんですか?暗い魔法少女とかヒーローものなんか多くないですか!?」
急にオタクみたいな発言を真顔でされ、思わず肩を震わせてしまう。しかし言いたいことは分かる、正義の味方の味方は誰がやるの?という議題、最近多すぎるな……。その疑問自体はわかるのだが、そればかりだとなんか……今まで信じてきたヒーロー像を許されていないようで肩身が狭いのだ。
ゴホン、と咳払いし彼は続ける。
「それ自体は否定しないんですけど、そのせいでクリエイターが抱く魔法少女像があまり前向きにならなくて……。
魔法少女本人を少女推奨にしたのはそのイメージに濁りにくいと判断したからなのですが、アイテムを生み出せるサポーターは具体的なイメージを書き出せた方がいいので、自立しているかつクリエイターが良くて……」
「魔法少女本人が全てをやってしまうのは考えてみたんですけどね、負荷が大きすぎます。体力的にも責任的にも。
……これでもあまり分業出来てないのは申し訳無いです、人員は増やす予定ですがすぐには難しいので当分はこの体制だと思います。
だから断ってくれて良いんですけど」
そう言って、有田さんは僕と父さんに書類を渡す。
労働条件や給料に関して細かく書かれている、以前渡された契約書にも書かれていたがそれよりも分かりやすくなっている。
……改めて見て思った、給料の額とんでもないな。
様々な観点の問題で魔法少女の分と僕の分を纏めているから、と記載はされているがそれにしてもかなりの額だ。
緊急的な出動が中心なため、日常的な会社通勤はかなり少ない。さらに、出動命令に関しては絶対的ではなく、調子が悪い時や用事がある時は強制せずに会社側で出来るだけどうにかするとのこと。集中力散漫による事故を防ぐためという名目らしいが、正直とても助かる。
「……随分しっかりしてるな、やりがい搾取だったら殴ってでも連れて帰るつもりだったよ」
父さんはそう笑って言うが目は本気だ、想像以上に僕に気を使っていたらしい。
「そりゃあ、正義の味方の味方でありたいからね」
社長はこちらを見てニッと笑う。
「誰でも出来ることじゃない、正義と夢は当たり前の事じゃない。
安い給料で沢山雇っても誠意が無ければ正義も無い、だから少なくても確実に支えたいよ私達はね」
「……どう?未来有望な若者とその父。
私達と共にやるかい?」
澄んだ目で僕達に問いかける。
……答えは決まっていたが、それを口に出していいか分からなかった。
これは僕だけの話じゃないから、その踏ん切りがまだつかなかった。
そんな僕を察したのか、父さんは僕の肩を叩いた。
「やりたいことをやりなさい、お前がやりたいことをやらせるのが父さんの仕事だから」
その言葉を聞いて、覚悟が決まった。
軽く頷いて答えを口にする。
「……僕、やりたいです!やらせて下さい!!」