新千夜一夜物語 第37話:座間9人殺害事件と魂の属性
青年は思議していた。
2017年に起きた、座間9人殺害事件の犯人に対し、第一審で死刑判決が下されたことについてである。
この事件は、犯人がTwitterを用いて自殺願望がある女性にメッセージを送り、性的暴行と金品の強奪を目的に自宅に誘い、犯行に及んだものである。だが、実際のところ、加害者も被害者も自殺するつもりはなく、被害者の意思を無視した一方的な殺人だったようである。
また、わずか二ヶ月という短期間で起きた事件という点からも、日本中を震撼させた事件と言えよう。
加害者の魂の属性や、彼にかかっている霊障については想像に難くないが、9人の被害者には何らかの共通点があったのだろうか?
一人で考えても埒があかないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。
『先生、こんばんは。今日は座間9人殺害事件について教えていただけませんか?』
「ふむ。事件名から推測するに、大量殺人事件のようじゃな?」
陰陽師の問いに対し、青年は小さくうなずいてから、事件の概要を説明した。
「なるほど。それはまた、物議を醸す事件のようじゃの。して、加害者の鑑定をするにあたり、まずそなたなりの見立てを聞かせてもらえるかな?」
陰陽師の問いに青年はあごに手を当ててしばし黙考し、やがて口を開く。
『魂の種類が4−2であることと、霊障に“5:事件”の相があること、この二つが原因ではないかと』
青年の見解に黙って耳を傾けていた陰陽師は、やがて指を小刻みに動かし、鑑定を行う。
「そなたの言う通りのようじゃな」
真剣な表情で結果を待つ青年を横目に、陰陽師は口を開く。
「ところで、ちょうど魂の種類の話が出てきたことじゃし、確認も兼ねて、魂の種類と転生回数期について、もう一度そなたなりに理解していることを説明してもらおうとするかの」
陰陽師の言葉に対し、青年は小さくうなずいてから、説明を始める。
『まず、永遠の世からの要請によってあの世で新たな魂が生まれます。この魂たちには各々の職責があり、大きく4つの種類に分けることができますが、生まれたばかりの魂は、永遠の世での即戦力とはならないため、まず、魂磨きの修行のためにこの世にやってきます。そして、この世とあの世の往来、つまり、転生を400回繰り返すことで魂磨きの修行を終えた魂は、永遠の命を得、永遠の世でそれぞれの職責を果たすことになります』
青年の回答に一つ頷いた後で、陰陽師が口を開いた。
「ところで転生回数と魂の別によって、この世での役割もある程度決まっていることについては、どう理解しておる?」
『この世での魂の種類ごとの役割についてですが、たとえば、今回の事件の加害者は魂の種類が4−2、すなわち、転生回数期が第四期の魂2になり、大量殺人といった凶悪犯罪者を起こす人物の多くが、この属性に該当するとお聞きしました(※第4話参照)』
そう言った後、青年は紙に魂の種類と転生回数について書き始めた。
《魂の種類》
魂1:僧侶/王侯
魂2:貴族(軍人・福祉系)
魂3:武士・武将
魂4:一般庶民
<各期と輪廻転生回数>
第一期/老年期……301~400回(61~80歳)
第二期/円熟期……201~300回(41~60歳)
第三期/青年期……101~200回(21~40歳)
第四期/幼年期……1~100回(0~20歳)
※人生を80年と仮定した場合。
青年が紙に書いた内容を読んだ陰陽師は、いつもの笑みをたたえてうなずいた後、口を開く。
「そなたの説明につけ加えるとすれば、この世に転生してきたばかりの第四期の魂は、各魂1〜4に共通する傾向として、人生経験が少なく、魂が未熟であることから、喜怒哀楽の論理構成がきわめて単純であり、いわゆる哲学的/形而上学的な思考回路が未熟である傾向が強い。それ故、どうしても物事の判断が極めて即物/短絡的という傾向が強くなる」
『魂2は観音と不動明王という、一見相反するように思える真逆の二つの側面を持っているとのお話でしたが、今回のケースも、第四期の不動明王的な側面のなせる業だと思います』
青年の言葉に対し、陰陽師が黙ってうなずくのを視認し、青年は続ける。
『加害者は、死にたいとツイートした女性にDMを送り、お金を長期的に引っ張れ、ヒモのような生活が送れること、彼に好意を持ってくれること、という二点を満たす女性を探していたようです』
「なるほどのう」
『一人目の被害者は、犯行に使われていた犯人の自宅の初期費用を負担するという、金銭面の条件を満たしていましたが、彼女には交際相手がいると察したことから、もう一つの条件を満たしていなかったため、性欲を抑えきれずに性的暴行を加えてしまった結果、殺害にまで至ったようです』
「性的暴行を加えたことは理解できるが、その後に殺害までする理由がいまいちわからぬが、そのあたりは?」
『実は、加害者は2017年2月に“職業安定法違反の疑い”で逮捕されていまして、懲役1年2ヶ月、執行猶予3年の判決が出ていたようです。それで、性的暴行を加えたことが発覚したら実刑になってしまうことを恐れ、証拠隠滅という意味合いも含めて、殺害に及んだと思われます』
「つまり、加害者は、殺人よりも実刑の方を恐れていたわけじゃな」
『そのようです。しかも、ヒモ願望があった彼は、働く意欲にも欠けていたようで、一回目の犯行後も、家賃を支払ってくれる次の女性を探していました。また、最初の一人がうまくいったから、次もうまくいくと自信を持ったようで、二人目以降は殺害を円滑に行うため、様々な道具まで準備していたとのことです』
「加害者が求める、二つの条件を満たす女性はなかなか見つからないと思うが、見つかるまでTwitterを用いては女性を誘い込み、条件を満たさないとみれば、性的暴行を加えて殺害し、再び次の女性を探す、ということを繰り返しておったのじゃな?」
陰陽師の問いに対し、青年は眉間にしわをよせてスマートフォンを眺めながら、口を開く。
『ところがですね、8人目の被害者は金払いがよかったらしいのですが、結局、性欲を抑えきれずに強姦し、殺害したとのことから、犯行に及んでいる最中は、それらの条件を無視してしまっているように見受けられます』
「結局のところ、性欲を満たすことが目的になってしまったわけじゃな」
『どうもそのようです。しかも、二人目までは殺害に対して罪悪感を覚えていたようですが、それ以降は罪の意識が軽くなってしまったようで、昏睡状態の女性との性行為による快感を覚えたこともあり、犯行をやめるつもりはなかったとも陳述しています』
「して、それ以外に、加害者について気になるところはあるのかの?」
陰陽師にそう問われた青年は、再びスマートフォンを操作し、やがて口を開く。
『遺体の切断方法をインターネットで検索したり、発覚を恐れて遺体や解体道具を捨てられずに室内に残していたようですが、犯行を繰り返せば置き場がなくなったり、犯行を重ねるにつれて増えていく遺体から生じる腐乱臭が原因で近隣住民に通報される恐れがあることなどに思いが及ばなかったのかなど、思慮が足りないと思うことがあります』
「なるほど。たしかに、当該の人物は短絡的な思考の持ち主だったようじゃな」
陰陽師のあいづちに応えるように、青年は再び口を開く。
『情報によれば、逮捕される当日まで交際していた女性がまた別にいたことから考えても、彼は逮捕されるまで延々と同じ手口で犯行を繰り返していたのだと思います』
そう言い、ため息を吐く青年を横目に、陰陽師は口を開く。
「話を聞くかぎり、頭2の4−2らしい振る舞いと言えば言えるのじゃろうな」
そう言い、陰陽師は紙にペンを走らせ、鑑定結果を書き記していく。
鑑定結果に目を通した青年は、表情を曇らせ、口を開く。
『やはり、加害者の魂の種類は4−2でしたか。そして、霊障と天命運に“5:事件・加害者・死”の相がありましたか…』
「加害者が今回の事件を起こした理由として、頭が“2”であることと、枝番の数字が“9”であることが挙げられるが、そのあたり、そなたはどう考える?」
『頭が2ということは、狩猟民族の末裔、すなわち“我”が強く、物事を自分の利害関係で判断する傾向を持っていると認識していますが、同じ大量殺人犯であっても、頭が“1”である植松聖死刑囚(※第26、27話参照)のように、それが正しいか否かはともかくとして、障碍者や介護の現状を世の中に訴えるような信念みたいなものはなく、己の都合のためだけに事件を起こしたと判断できます』
「その通りじゃな」
『ところで、一つ質問があるのですが、加害者が持つ“9”と枝番の数字には、どのような意味を持っているのでしょうか?』
自力で答えにたどり着けなかったからか、青年は申し訳なさそうに問う。陰陽師は、青年を励ますような笑みと声音で答える。
「枝番には二つの種類があり、下段の数字と欄外の数字に分けられる。欄外の数字、加害者の結果では“9”に該当する箇所じゃが、この枝番は魂の性質の1・2・3と4・7・9との組み合わせによって意味合いが変わってくるものの、おおむね1から9に向かうにつれて、各々の特徴に“粗さ/雑味”が出てくる」
『とおっしゃいますと?』
「この世の印象でいえば、枝番の数字が1〜3の人物は“性善説”、4〜6は“性善説と性悪説”、7〜9は“性悪説”論的な性格を有している」
『つまり、加害者は枝番が“9”で完全な“性悪説”論的な性格を持っていることから、この世の善悪の基準では悪事と見なされる行動が、彼にとってはそれほど罪悪感を喚起するものではなかったということでしょうか?』
「人間は、頭の1/2を初めとする、魂の種類、魂の属性、魂の性質、魂の特徴、そして枝番といった様々な数字の組み合わせでできた多面体のようなものであることから、一概にこうとは言えぬとしても、今回の事件に関しては、そうと言うことになるじゃろうな」
『なるほど…』
陰陽師の説明を聞いた後、再び鑑定結果に目を通した青年は、再び口を開く。
『加害者の魂の特徴は、3番目と4番目の上段の数字が“2”ですから、彼は“攻撃性”と“人に受けた恨み/つらみを次々と自らの中に貯め込み、忘れることなく執念深く覚えている”という特徴を持っていることになり、さらに欄外の枝番の数字が“9”ですから、霊障の“5:事件”の相との相乗効果によって、この事件を起こしたことは容易に想像できると思います』
「その通りじゃな。それと、もう一つ言及すべき点は、彼の魂の特徴の5番目の上段の数字が“1”であることじゃ」
青年は再び加害者の鑑定結果を覗き込み、口を開く。
『そこは“自己顕示欲”の項だったと思いますが、そこの上段の数字が“1”であるということは、自己顕示欲があまりない、あまり目立った行動を取らない性格のため、学校や介護施設といった公共の場を襲うといったタイプの大量殺人事件ではなく、他人の目が届かない自室で犯行を繰り返したというわけですね』
「もちろん、杓子定規に考えれば、そのような理解もできなくはないが、魂の特徴の上段の5つの数字の中で、“2”が二つ以上あり、5番目の上段の数字が“1”である以上、そのような人物は、いわゆる“外面がいい”というタイプ、つまり、腹で思っていることとその言動には、それなり以上の乖離がある人物と考えるべきじゃろうな」
『なるほど。上段の5つの数字は“1”が多ければいいというわけではなく、今回のような数字の組み合わせを持つ人物は、言動に大きな乖離があると理解すべきなのですね』
「その通りじゃ」
青年の言葉に一つ頷いた後で、陰陽師が続ける。
「して、周囲から見た加害者の人物像は、実際どのような印象だったのかな?」
陰陽師に問われた青年は、手早くスマートフォンを操作し、やがて、画面を見ながら口を開く。
『同級生や以前の職場といった人物からは、素直、真面目、普通、広く浅く仲良くするタイプ、どちらかというと礼儀正しい、好青年など、鑑定結果の通り、外面はよかったようです』
「なるほど。であるとするならば、今度は、被害者たちを鑑定していくとするかの」
『彼が今回の事件を起こした背景に納得できましたが、9人の被害者の方々にはどんな共通点があったのか、とても気になります。ぜひ、よろしくお願いします』
そう言い、青年はスマートフォンの画面を見ながら、被害者たちの名前を挙げていく。
陰陽師は指を小刻みに動かした後、手元の紙に鑑定結果を書き出していく。
1人目
2人目
3人目
4人目
5人目
6人目
7人目
8人目
9人目
被害者9人の鑑定結果を食い入るように見た後、青年は口を開く。
『やはり、全員に“5:事件・被害者・死”の相がありましたか…』
陰陽師は小さくうなずいた後、口を開く。
「霊障以外にも、人運、欄外の枝番、頭の1/2、精神疾患にも共通点があるが、そなたはどう考える?」
陰陽師に問われた青年は、再び鑑定結果を眺め、しばらくしてから答える。
『全員の人運が3以下と極端に低いですね。3人目の被害者の男性は人運が7と高くはないものの、彼は1人目の被害者の交際相手で、加害者が彼に対面した際に、彼を通じて殺人事件が発覚するのを恐れ、口封じ目的で殺害したとのことですが、結局は1人目の交際相手との縁と“5:事故/事件”の相によって巻き込まれてしまったのだと考えられます』
「たしかに、そのようじゃのう」
『あと、欄外の枝番ですが、ほぼ全員が“1〜3”すなわち、“性善説”論的な性格を持っていることと、頭が“1”という点から、被害者たちは犯人の外面の良さに惑わされ、自分が殺害されるとは露ほども思わなかったのかもしれませんね』
「そなたの説明に一言つけ加えるとすれば、2人目の被害者の枝番の数字は“5”、すなわち“性善説と性悪説”論的な性格を有していることから、彼の怪しい点に気づけた可能性もあったのじゃろう。しかし、そこを見て見ぬふりをしたのか、見抜けずに殺害されたかはともかくとして、2人目の被害者も、結局は、霊障に引っ張られてしまったと考えるべきじゃろうな」
『今の問題に関連してお聞きしたいのですが、今世の使命とその右側の二つの枝番の数字が乱れている人物が多いようですが、こうした数字の乱れを持つ人物は、数字が乱れていない人物に比べて数奇な人生に向かう傾向があると考えて差しつかえないのでしょうか?』
「もちろんじゃとも。加えて、全員の乱れている数字が、他の数字に比べて1から9の方へと増えている、つまり、“性悪説”論的な性格に近づいていることも、“5:事件”の相へ引っ張られてしまった一因なのじゃろう」
青年は、なるほど、と小さくつぶやいた後、続ける。
『他者の“念”、雑霊/魑魅魍魎を拾った際に顕在化する精神疾患の共通点としては、多くの人は“13:邪神1(なんとなく相手の心がわかる)or暴力、諸事に支障をきたす”、“14:邪神2(第七感=近い未来がわかる。しかし邪神をふくめ霊障である以上、どうでもいいことはわかったとしても、人生の大事な分岐点では常に嘘の情報をあたえられ、結果人生を転落していく)or口撃、人的な問題で諸事が前に進まず”、の二つがあるのに対し、被害者たちは全員13のみですが、こちらなども、加害者の“念”を拾ってしまい、自殺という暴力的な方向に引き寄せられてしまったと考えるのでしょうか?』
青年の問いに対し、陰陽師は首を左右に降ってから、口を開く。
「こちらは、チャクラの異常が1~7のすべてに出ているために40点中39点分が塞がれているというよりも、たとえば第7チャクラだけで39点分塞がれている方が、その一点のみが重篤であるのと同様、14番がなく13番だけということは、それだけ13番が重篤なことを示しているわけじゃな」
『なるほど。そのあたりも、被害者たちが犯人に引き寄せられた要因ともなっているわけですね』
「そういうことじゃ」
『さらに、今回の事件は、魂の属性が3:“霊媒体質”の人物が、雑霊/魑魅魍魎の周波数が似ているインターネット上のTwitterを介したことで、被害がより拡大したと』
「その点も、そなたの言う通りじゃろうな」
青年の言葉に対し、陰陽師はうなずいてから、続ける。
「我々のような“霊媒体質”の人間からすれば、今回の一件に“霊障”が一定以上の影響をあたえておることを理解できるじゃろうが、魂の属性7:唯物論者にすれば、インターネットを通じた縁でこんなに多くの人物が殺人事件の被害に遭うこと自体が、理解の埒外なのだと思う」
『精神鑑定の結果、加害者には刑事責任能力が認められると判断されましたが、加害者は、“警察に、性犯罪は麻薬をしているような状態と言われ、まさしくそうでした”と供述していたようで、なぜあのような凄惨な事件を起こしてしまったのか、本人もよくわかっていないようですね』
青年が苦々しくそう言うのに対し、陰陽師は口を開く。
「そのような顔をするでない。“あの世”や“永遠の世”は言うに及ばず、“この世”でさえ、唯我々が考えているほど、単純なものではない。どう単純ではないかと問われ、一言でその答えを提示することは難しいが、少なくとも、このような事件の加害者/被害者の今世の宿題、そして各々にかかる様々な霊障をじっくり吟味することによって、初めてその解を導くことができるのじゃ」
『なるほど。現行の法律で杓子定規に裁けるほど、物事は単純ではないと』
「まあ、そう言うことじゃ」
『それに関連して一つ質問があるのですが、もしも今回の事件の加害者と被害者が全員、ご神事を受けて霊的な重荷を取り除いていたら、今回の事件は起きなかったのでしょうか?』
「仮定の話であるゆえ断言することはできぬが、被害者の立場で今回の一件を考えるかぎり、この事件の主な原因が“5:事件・死亡”の霊障であることから、事件を回避できた可能性もなくはないじゃろう」
『それならなおさら、一人でも多くの方にご神事を受けていただき、今回のような事件で命を落とす人物が少なくなってくれたら、と願うばかりです』
そう言い、視線を落とす青年を横目に陰陽師は続ける。
「ところが、問題は単純な話ではない」
『とおっしゃいますと?』
「今も話した、今世の宿題の問題じゃ。いつも話しておるようにワシが執り行う神事とは、霊的な重荷を外して、素の状態に戻すためのものでしかない。つまり、神事によって善人にすることが目的ではないわけじゃから、仮にこの事件の関係者全員が神事を受けて霊障が解消され、パフォーマンスが100%になっていたとしても、加害者は同様の犯罪を犯していたじゃろうことは属性表を見るかぎり、明らかじゃ」
『そうなのですか? ご神事を受けたクライアントの中には、別人のように性格や立ち居振る舞いが変わった人物もいたとお聞きしましたが』
「もう一度、加害者の数字をよく見てみるとよい。そもそも、加害者の魂の種類が4−2で枝番の数字が“9”であることをはじめとし、属性表を総合的にみると、素の状態の彼がこの世の基準でいう悪事を働くことが当然と考える人物であることがよくわかるはずじゃ」
そう言われ、青年はあらためて属性表に視線を落としながら、口を開く。
『たしかに。この属性表をよく見るかぎり、犯人は、“7人目以降はお金よりも性的暴行目的になった”と言っていたことも合わせて考えると、今回のような大量殺人事件でなかったとしても、性欲を抑えられずに婦女暴行を行なっていた可能性は極めて高そうですね』
「そのとおりじゃ」
『そう言えば、加害者が逮捕される日まで交際していた女性がいたようですが、その人物の鑑定もお願いできますか?』
そう言い、青年は10人目の被害者になる可能性があった女性の情報を告げる。
陰陽師は小さく頷いてから、紙に鑑定結果を書き足していく。
加害者の交際相手
しばらく鑑定結果を眺めていた青年が、ふたたび口を開く。
『助かった人物と被害者たちとの相違点は、霊障と天命運の“5:事件”の相の一部が“死亡”ではなく“怪我”であることと、そして、枝番の乱れがないことですね。ただ、精神疾患が13のみであることと、人運の数字が“7”、枝番の数字が“3”であることから、やはりこの女性も霊障によって加害者と引き寄せられていたのでしょうか』
「おそらく」
青年の言葉に一つ頷いた後で、言葉を続ける。
「そうした微妙な属性の違いのせいで、この女性は、紙一重の所で、事件の被害者にならずに済んだようじゃな」
『加害者が逮捕されたために、今回は事件では決定的な被害に遭わなかったものの、霊障と天命運に“5:事件”の相があることに変わりはありませんから、今後が心配ではあります…』
「たしかに。この女性の場合、今回の一件含め、命を落とすまでの被害には遭わないとは思うが、それでも行く末はちと心配じゃの」
陰陽師の言葉に大きく頷く青年を横目に、陰陽師は続ける。
「ところで、話は変わるが、加害者の家族構成はわかるかの?」
陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを見ながら口を開く。
『両親と妹がいる、四人家族です。ただ、現在、両親は離婚し、妹さんは母親について行ったようですが』
青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから、紙に鑑定結果を書き足していく。
白石一家の鑑定結果に目を通した青年が、大きな声を出す。
『なんと。犯人の父親も、魂の種類が4−2なのですね! そして、両親共に恋愛運が“7”で、霊障と天命運に“8:異性”の相があることから、組み違いの家庭を築き、離婚に至ったと』
「どうやら、そのようじゃな。じゃが、霊障や諸々の数字が犯人と異なるし、枝番も“3”と“性善説”論的な性格であることなども踏まえると、凶悪犯罪者ではないと思われるが、具体的にどのような人物なのかの?」
陰陽師に問われた青年は、再びスマートフォンを操作し、答える。
『加害者の父親は、大手自動車メーカーに勤務しており、近所の方による彼の人物像は、“すれ違えば、車の窓まで開けて丁寧に挨拶する人物”とあり、社会に適応して暮らしている印象を受けます』
「やはりのう。いつもワシが、人間は多面体であり、頭の1/2、基本的気質、具体的性格、今世の使命、魂の属性、魂の性質、魂の特徴、枝番や育った環境などで人格は異なるという話をするのは、この親子のように、頭が2であり、魂の種類が4−2だからといっても、みんなが皆、凶悪犯罪者になるとは限らぬということも、その理由の一つとなっているわけじゃ」
陰陽師の言葉に対し、青年は真剣な表情でうなずいてから、口を開く。
『たしかに、魂の属性が親から子、あるいは祖父母から孫へ受け継がれるケースがあることを鑑みるに、仮に“魂4−2は全員、凶悪犯罪者”という図式が成り立つならば、加害者の父親の一族の多くが凶悪犯罪者になってしまいますからね』
「そなたの言う通りじゃ。いずれにしても、人間には多面性があること、そして、ひとつの数字だけを取り上げて人物を評価してはならぬという大原則を、よく覚えておくようにの」
陰陽師の言葉に対し、青年は真剣な表情で大きくうなずいてから、口を開く。
『はい。魂の種類だけによる人物評価は、下手をすると魔女裁判になりかねませんので、鑑定結果の一部だけをみて早合点しないよう、肝に銘じておきます』
陰陽師は湯呑みの茶を一口飲んだ後、再び口を開く。
「地球上の人類全員が善人になれば、不幸な事故や事件で命を落とすことはなくなると、凶悪犯罪がなくなることを願ってみたり、既存/新興の宗教が提唱するような地上天国を目指したくなる気持ちはわからんでもない。じゃが、常々説明しているように、この世は魂磨きの修行の場であるから、仮に地球人全員が神事を受けてパフォーマンスが100%になったとしても、どこかしらの国や地域で凶悪犯罪や諍いがなくなるわけではないことをよく肝に銘じておくようにな」
『今のお話、あらためて、了解いたしました。そして、たとえ素の状態であっても、凶悪犯罪を起こすことが今世の課題である加害者もいれば、その事件で命を落とすことを決めて産まれてきた被害者もいることもしっかりと頭に叩き込んでおきます』
「うむ。その心意気じゃ。“罪を憎んで人を憎まず”という言葉があるが、悪に反応して人を叩くのではなく、この事件から気づき、学んだことを自分の糧として活かすことが肝要じゃとワシは思う」
青年は、陰陽師の言葉をかみしめるように何度もうなずいた後、スマートフォンを操作し、再び口を開く。
『そうですね。この事件の影響で、Twitterは“自殺、自傷行為をほのめかす投稿を発見した場合は、助長や扇動を禁じます”との文言を追加し、違反者にはツイートの削除やアカウント凍結の措置をとるようになりました。また、日本政府も、“インターネットがきっかけになったとした”上で、ICT(情報通信技術)を活用し自殺予防策を強化する考えを示した、とあります』
「そうした社会の動きによって、今後、同じ手口による被害者を減少してくれるとよいのじゃが」
『おっしゃる通りだと思います。被害者の中には10代の若さで亡くなった人物がいることを思うと残念でなりませんが、この事件をきっかけに、同じような事件の被害者が少なくなることを願わずにはいられません』
「ワシもそう思うが、人生の長短よりも、当人が今回の転生で自らの宿題を果たせたかどうかということ、そして当人の魂が肉体を離れる際に、この世に未練なくあの世に戻れることの方がはるかに重要じゃと、ワシは思う。400回の輪廻転生は、たとえるなら、制限時間つきの長距離走のようなもので、道草を食ったりコースとは関係ない道を迂回していたら、結局は終了時間が近づくにつれて速く走らねばならなくなる」
陰陽師の説明を反芻しているのか、青年は真剣な表情でしばらく黙っていたが、やがて口を開く。
『つまり、パフォーマンスが低いまま長生きして今世を終えたとしても、じゅうぶんな魂磨きの修行ができたとは限らず、今世でこなせなかった課題が持ち越され、来世以降の人生がより過酷になる可能性がある、ということでしょうか?』
「その通りじゃ。さらに言うと、今世が過酷で生きづらいと感じている人物は、前世でこなせなかった課題が今世に持ち越されているという可能性がゼロではないと、ワシは思う」
『なるほど』
陰陽師の言葉に一つ大きく頷いた後で、青年が口を開く。
『ちなみに、今回の事件の被害者の中で、この世に未練やなんらかの執着があって地縛霊化している魂はいるのでしょうか?』
恐る恐る問いかける青年に対し、陰陽師は指を小刻みに動かした後に口を開く。
「いや。ワシがみるかぎり、今回の事件の被害者全員が地縛霊化していないことから、全員に“5:事件・被害者・死”の相があったものの、“殺されるというのも宿題の内”であったようじゃな」
『そうだったのですね。胸が痛む事件であることには変わりませんが、被害者みなさんの魂が無事にあの世に戻っていると知り、少し安心しました』
そう言って深い息を吐いた後、青年は続ける。
『とは言うものの、先生に先祖供養の救霊神事祀りを依頼する人物が増え、今回のような事件で命を落とす人物が減り、同時に魂磨きの修行に励む人が増えたらと、あらためて思います』
青年の言葉に、陰陽師はいつもの笑みでうなずき、壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。
『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』
そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。
「気をつけて帰るのじゃぞ」
陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。
帰路の途中、青年はあの世とこの世の仕組みについて再考していた。
あの世の理屈では、早く死ぬことが必ずしも悪となるとは限らないが、そうは言っても魂磨きの修行のためにこの世に来ていることを考えると、400回のうちの貴重な1回であることに変わりはない。
この事件の被害者の命を無駄にしないためにも、そして、未来の自分、さらには来世の自分のためにも、この事件から気づき、学んだことを己の天命の糧にしよう。
そう、青年は決意するのだった。