新千夜一夜物語 第52話:学歴社会と毒親
青年は思議していた。
看護師を目指していた娘が実母を殺害し、遺体を損壊、遺棄した事件についてである。
この事件の背景には、娘が学生時代から教育虐待と言っても過言ではない束縛を母親から受けていたことがあった。しかも、娘は医学部合格を目指して9年間も浪人したようで、教育虐待の期間がそれだけ長かった上に、医学部ではないものの、妥協してようやく入学した大学生活やその後の就職先に関しても、母親からの束縛は続いていたようだ。
実の娘に殺害されるほどの教育虐待を母親がしてしまったのはなぜだろうか。
また、9年間も浪人した娘は、その後も受験勉強を続けていたら、いずれは医学部に合格できたのだろうか。
一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。
『先生、こんばんは。今日は学歴社会と毒親について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』
「学歴社会と毒親とな。なぜその2つの組み合わせなのかはワシにはちとわからぬが、具体的にはどういったことを知りたいのじゃ?」
そう陰陽師に問われた青年は、事件の概要について説明した。
青年の説明を聞き終えた陰陽師は、紙にそれぞれの鑑定結果を書き連ねていく。
鑑定結果に目を通した青年が、口を開く。
『今回の事件が起きた原因の一つに、母親であるしのぶさんによる、のぞみさんの私生活と進路に対する過剰な束縛があったと思われます。また、様々な要因が関係していると思いますが、しのぶさんがそうした束縛や虐待を行なってしまった要因として、頭が“2”、インターフェイスが“8”、魂の特徴にある攻撃性の上段の数字が“2”という魂の属性を持っていることが考えられます』
「複雑に絡み合っている様々な要因の中の一部、としてはそなたの言う通りじゃな」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、再び属性表を眺めた後、口を開く。
『他に、家族全員の共通点として、転生回数の十の位が“3”、すなわち数奇な人生を歩む傾向がある人生で、人運が“7”、天命運の14:人的トラブルの相がかかっていることが挙げられます。また、母娘の共通点として、血脈の霊障の7:親子、9:子宝、14:人的トラブル、17:天啓/憑依の相がかかっていることが考えられますが、これらは今回の事件と関係があるのでしょうか?』
青年の問いに対し、陰陽師は小さく首を左右に振ってから答える。
「それらは合わせ技一本という意味では微妙に関係していると言えなくもないが、今回の事件を霊障だけで語ることは難しいじゃろうな」
『なるほど…。それにしても、僕も浪人生活を経験したことがありますので、9年間も浪人したことは、のぞみさんにとって、相当な苦痛だったと推察します』
「具体的には、どういった状況だったのかな」
『ネットで調べた話では、浪人中ののぞみさんは携帯電話を取り上げられ、自由な時間を与えないようにと母親から一緒にお風呂に入らされていたようです。さらに、のぞみさんは浪人しているにもかかわらず、母親が親族に対し、のぞみさんが現役で医学部に合格したと嘘をついたため、のぞみさんは母親からそのように振る舞うよう、求められたようです』
「のぞみさんは、よく9年間も我慢できたものじゃな」
『当初は母親の束縛から逃れるために就職しようとしたみたいですが、当時は未成年だった上に、当然母親の同意を得られずに実現しなかったようです。また、のぞみさんは3回家出したようですが、いずれも探偵や警察に見つかって家に連れ戻されたようです』
「なるほど。そうした過酷とも言える日々を9年間も過ごしたものの、母親が切望した医学部に入学できなかったと」
『そうなります』
そう言い、暗い表情で視線を落とす青年に対し、陰陽師はのぞみさんの属性表に視線を向け、再び口を開く。
「のぞみさんの魂の属性を見る限り、殺人を犯すような人物ではないが、そこまで母親から束縛を受けていたとなると、犯行に及んでも仕方なかったと言えるじゃろうな」
『そうですね。この事件に関して非常に胸が痛みますが、のぞみさんはどれだけ受験勉強に励んでも、医学部に合格できなかったのではないかと僕は考えていまして、彼女のことが不憫でなりません』
「なぜ、彼女は医学部に合格できないと思ったのかの」
陰陽師にそう問われた青年は、のぞみさんの属性表を手に取り、口を開く。
『大学入試には、学業と頭の良さの二項目が重要だと思われますが、のぞみさんは共に80です。医学部は大学受験において最高峰となりますので、そもそもこのスコアでは医学部に合格することは難しいのではありませんか?』
青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いた後、口を開く。
「そなたの見解に付言するとすれば、ワシが鑑定で出したスコアは“潜在値”、すなわち後天的に伸ばした場合の限界値であり、例えば80点だとすれば、この世に生を受けた時点で80点になっているわけではないのじゃよ」
陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく黙考した後、口を開く。
『“顕在値”が後天的に変わるのでしたら、この世に生を受けた時のスコアはどれくらいだと考えればいいのでしょうか』
「もちろん例外はあるものの、基本的には、“潜在値”の7割だと覚えておくとわかりやすいじゃろう。ちなみに、のぞみさんの“顕在値”、すなわち9年間の受験勉強を経た結果の学業と頭の良さは、共に70点じゃ」
『なるほど。のぞみさんがこの世に生を受けた時点での学業と頭の良さのスコアは共におよそ56点(80×0.7)だとすると、彼女はこれまでの人生と受験勉強によって、“顕在値”を14点ほど上げることができたのですね』
「そうじゃな。彼女の場合、学業も頭の良さも、あと10点分の伸び代があるということになるが、“潜在値”がそれぞれ80点であることを考慮すれば、いずれにせよ、彼女があのまま受験を続けていても、残念ながら、医学部に合格する可能性は低いと、ワシも思う」
『確かに。学業と頭の良さという観点から、のぞみさんが医学部に合格することは難しかったことについて、理解できました。一方、魂の属性の観点から考えると、ほとんどの臨床医の魂の属性は3(9)−3、すなわち転生回数期が第三期の”魂3:武士・武将”で、しかも転生回数が“190回代”という“大々山”だとお聞きしました』
「基本的にはその通りじゃが、中には1(7)―1、すなわち転生回数期が第一期の“魂1:僧侶/王侯”と、2(7)―3、すなわち転生回数期が第二期の“魂3:武士・武将”の人物がいることと、それらの少数派は、(医師免許を持った)厚生省の職員や医療財団のトップ、臨床分野や経営に携わっていることも覚えおくように」
陰陽師の言葉に対し、青年は深く頭を下げた後、口を開く。
『補足していただき、ありがとうございます。のぞみさんの魂の属性は2(3)―2、すなわち転生回数期が第二期の“魂2:貴族(軍人・福祉)”であることと、医学部に入学しても、1〜4回生の間に脱落していく医学部生が少なくないという、医学部卒の知人から聞いた話を考慮すると、仮にのぞみさんが医学部に合格できたとしても、退学していた可能性も考えられます』
「ひょっとしたら、そうなっていた可能性があったかもしれんの。じゃが、この親子間の出来事で注目すべき点は、結果的にのぞみさんにとってそれなりに適している職業の道に進んだことじゃな」
『確かに。魂2の人物は看護師などに多いとお聞きしましたので、のぞみさんにもその傾向があるのでしょうか』
青年の言葉に小さく頷いた後、陰陽師は紙にペンを走らせながら口を開く。
「のぞみさんの看護師と助産師の適性は、共に90点(魂磨きおよび、向き不向きという観点で言えば80点以上が推奨)じゃ。つまり、彼女は医師への道を断念せざるを得なかったものの、不幸中の幸いと言えるかはわからないが、彼女の希望である看護師として医大の附属病院の内定を得ることができた。あるいは、彼女の母親の要望に応える形にはなるが、仮にのぞみさんが助産師になっていたとしても、それはそれで適職に就けたと言えよう」
『なるほど。9年間も浪人したことについては複雑な気持ちになりますが、結果的に適性がある道に進んでいたことを考えれば、家族を通じて各々が今世の課題を果たしていたと言えそうです。あとは…』
青年は一度口をつぐみ、しばらくして再び口を開く。
『母親であるしのぶさんの魂が、この世に何らかの未練を残して地縛霊化していないか、ですね』
青年の言葉を聞いた陰陽師は、指を小刻みに動かした後、口を開く。
「うむ。彼女の魂は、無事にあの世に帰還しているようじゃ」
陰陽師の答えを聞いた青年は安堵の息を漏らした後、口を開く。
『それを聞いて安心しました。そう言えば、全員に霊脈の先祖霊の霊障がかかっていませんので、逆接、すなわち本来向かうべき人生の方向性から真逆に進むといった霊障の影響はありませんし、“5:事故/事件”の相が誰にもかかっていないことから、今回の事件は三人の各々の今世の宿題を果たすために、起こるべくして起きた可能性がありそうですね』
青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。
「その可能性が考えられる。世間では、しのぶさんに対して毒親だとか、娘に殺されて当然、といった声が中にはあるかも知れぬが、以前も説明したように(※第44話:福岡5歳児餓死事件と今世の宿題参照)、子が自らの今世の課題を果たすために最適な親を選んで産まれてくることから、母親にとっては虐待をすることと、その後に娘に殺害されることが、そして、娘にとっては虐待を受けることが各々の今世の課題には必要な体験だった可能性がある」
『母娘の間でそうした縁があったということは、母親による教育虐待を止めるどころか、気づくことすら難しかったであろう父親にとっても、今回の事件は必要な出来事である可能性が高いと』
「まあ、そういうことじゃ。いつも言っているように、事件や犯罪に対し、この世の価値観で善悪の判断を下すのではなく、その出来事から何を学び、どう自分の人生に活かしていくかを考えていくことが肝要じゃ」
『よくわかりました。それにしても、僕も受験で苦労した身ですので、のぞみさんに対して同情すると同時に、しのぶさんがあそこまで娘さんに対して教育虐待を行なった背景には、しのぶさんの学歴コンプレックスが、さらにその背景には学歴社会が関わっているように感じます』
「そなたの見解に付言するとすれば、我が国では“社会的出生”が重要視されておるからのお」
『“社会的出生”とはどういった意味でしょうか?』
「“社会的出生”については、ノルウェーの社会学者ヨハン・ガルツングが発表した“社会構造・教育構造・生涯教育”と題する論文を読むといい。ただし、あくまでこの論文は一つの学説であり、他にも様々な見解があることから、この論文が絶対的に正しいものではない、ということを覚えておくように」
陰陽師の言葉に対し、青年が首肯するのを確認してから、陰陽師は一枚の紙を差し出す。
読み終えた青年は、眉間にシワを寄せながら口を開く。
『確かに。僕の経験談ですが、大学以前の友人と大学生になってから久しぶりに再会し、大学の話になった際に、僕の大学名を聞いてから友人の態度が変わったことがありますから、学歴によって生まれ変わっていると言っても過言ではないと思います』
青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。
「なるほど。そういうこともあるじゃろうな。しのぶさんの場合、彼女が高校を卒業してからずっと高卒という属性、身分で固定されたままそれなりの辛酸を舐めて学歴社会を生きてきたじゃろうから、娘には同じ思いをさせたくなかったという思いがあったのかもしれぬの」
『なるほど。学歴社会はまだまだ続くでしょうし、実際、僕の親族に中には、自分が合格できなかった大学に息子を入学させたいと言っている親がいます。その大学が息子さんに適しているならいいのですが、彼に限らず、受験する本人の希望と身の丈に合った大学に合格し、無用な苦労をせずに済むことを願うばかりです』
「そなたの言い分もわかるが、そうは言っても各家庭で教育方針があるし、学歴社会の影響を強く受けた世代の親たちが学歴を重視することは至極当然と言えよう」
陰陽師の言葉に対し、青年は大きく頷いてから口を開く。
『ということは、例えば大学受験においては、偏差値の高さや知名度で選ぶのではなく、大学の校風や本人が専攻したい分野、さらには本人との相性で選ぶ方が、魂磨きのためという意味では充実したキャンパスライフを過ごせそうですね』
「そうじゃな。未来は不確定で、ワシら一人一人の選択が未来を創造していくことを踏まえても、大学に限らず、本人が希望する選択肢の中でも、可能であれば今世の課題を果たすことにも適したものを選んでもらえたらと、ワシは思う」
『確かに。大学を決めるほど大きいことではありませんが、僕が良さそうだと感じたコミュニティと関わることがNGだと鑑定結果が出ることもありますから、せっかく各種神事を済ませて霊的な余計な重しを取り除いて素の状態になり、パフォーマンスが100%になっても、誤った選択をして自ら運気を下げてしまっては元も子もないと思います』
「そういうことじゃ。もちろん、NGと出た選択肢を選ぶことは本人の自由ではあるが、その結果、現世利益的にも霊的にも立て直すことが難しい状況に陥らないとも限らぬ」
『肝に命じておきます。人間関係、特に恋愛と結婚、仕事内容、住んでいる家や引っ越し先など、今後の人生に少なからず影響を与えることを決める際は、ぜひ鑑定をお願いいたします』
「もちろんじゃとも。繰り返しになるが、鑑定結果はあくまで参考にすべきであって、最後にどんな選択肢を選ぶかは個々人の自由だということと、鑑定で出た最適な選択肢を選ぶことによって得られる恩恵は、各種神事が済んでいることが条件であることを覚えておくようにの」
そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。
『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』
そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。
「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」
陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。
帰路の途中、青年は父親との過去のやりとりを思い出していた。
親と子は、魂の属性だけでなく、魂の種類が異なる場合もある。
だから、子が親の仕事を継げるとは限らないし、親と同じ学歴を獲得できるとは限らない。
もちろん、夢や目標を持って日々努力することは大事だと思うが、親自身が叶えられなかった夢は、そもそも本人の手が届かない夢で、今世の課題に含まれていない可能性もある。
そして、子供には子供の、今世の課題を果たすための夢や目標があるだろう。
親は親の、子は子の魂磨きが恙無く進むよう、より多くの人に、魂の属性と今世の課題と、神事の重要性について理解してもらえるように尽力していこう。
そう、青年は思議したのだった。
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