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新千夜一夜物語 第47話:自粛警察と魔女狩り

青年は思議していた。

コロナ禍において、“自粛警察”と呼ばれる人々が現れていることについてである。
“自粛警察”による攻撃の対象となった事例の一部として、以下があるようだ。

・千葉県の菓子商店では、既に休業していたにも関わらず、「コドモアツメルナ。オミセシメロ」という貼り紙をされた。
・行政からの要請に従って営業をしていた飲食店が「この様な事態でまだ営業するのですか?」「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」といった貼り紙をされた。
・居酒屋が「本日自粛」という貼り紙を掲示したところ、何者かによって「そのまま辞めろ!」「潰れろ」「死ね」などの言葉がその貼り紙に書き込まれていた。
・県外ナンバーの車が傷をつけられる、あおり運転をされるなどの被害が相次いだ。
・生活圏が同一である徳島県住民の車のナンバープレートが曲げられたり、車に傷をつけられるなどの被害が相次いだ。
・日本相撲協会および相撲部屋に、自粛期間中に力士が外出していたという投書が相次いだが、そのほとんどが無記名かつ事実無根なものであり、ちゃんこの買い出しに行っただけの力士が報告された例もあった。

こうした”自粛警察“と呼ばれる行動を取ってしまう人物には、何らかの共通点があるのだろうか。また、彼ら/彼女らに対し、どのように向き合えばいいのだろうか。
一人で考えても埒が明かないと思い、青年は陰陽師の元を訪れるのだった。


『先生、こんばんは。本日は、“自粛警察”について教えていただきたいと思い、お邪魔いたしました』

「“自粛警察”とな。少し言葉が異なるが、ワシも以前に“健康警察”なるネット記事を読んだ記憶がある」

『**警察という意味では、たしかに、似ていますね。その“健康警察”について調べてみます』

そう言い、青年はスマートフォンを操作してネット記事を検索する。
陰陽師が湯呑みの茶を一口、二口飲んだ頃、青年は再び口を開く。

『医療ジャーナリストである、市川衛さんという人物が書いた記事のようですね。彼は、自身の中にもある、他人の行動に一言もの申したくなってしまう気持ちを、“健康警察”と表現しています』

「そのような内容じゃったと記憶しておるが、もう一度、詳細を教えてもらえるかの?」

『とあるテレビ番組のロケで、その番組のディレクターが寿司屋の大将にビニール手袋を着けるように依頼したところ、嫌な顔をされたというのが主旨のようです。こうした感染予防対策に対し、“テレビではおなじみのアクリル板や、お寿司屋さんがつけるビニール手袋は、誰を何から守っているのでしょうか”と、市川さんは問いかけています』

「なるほど。寿司はもともと素手で握って作る料理であるから、寿司職人は普段から寿司を握る前に手を洗い、消毒をしているため、衛生面では非の打ち所がない。それにも関わらず、ビニール手袋を使うとなると、彼らは調理後にまな板や調理場を定期的に掃除しているわけじゃから、ビニール手袋はすぐに汚れてしまう。よって、寿司職人の場合、ビニール手袋を着ける方が、感染リスクが高まるとワシは思うがの」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから口を開く。

『そのことに関し、市川さんは、視聴者からのクレーム電話に対応して手間が増えたり、ネットのお叱りで番組の評判が落ちたりするのを避けるため、つまり、“番組担当者の生活やこころ”を、私たちの中にある“健康警察”から守るためにビニール手袋は使われていただろうと、分析しています』

「なるほど。して、アクリル板に関して、彼はどう分析しておる?」

『アクリル板などの仕切りは大臣の会見などでも使われており、会見に来る記者たちの健康ももちろんですが、大臣の評判も守りたいのではないかと、市川さんは推測しています。結局のところ、寿司職人にビニール手袋の着用を求めた話と同様、カメラの先の人々の中にある、“健康警察”を意識しているのではないかと考えているようです』

「そうじゃろうな。先日話したように(※第46話:誹謗中傷を書き込む人の魂の属性)、ネットでクレームを入れる傾向にある魂4による、ネットでの影響力はかなり大きいことから、番組制作者たちは、番組の内容とは関係のないところで炎上してしまい、本来伝えたいことが伝わらなくなってしまうことを避けるためにも、視聴者の視線を常に意識しなければならないわけじゃな」

陰陽師の言葉を聞き、真剣な表情で頷く青年を見やり、陰陽師は言葉を続ける。

「ちなみに、今回の“自粛警察”と中世の“魔女狩り“には一定の関係性があるのじゃが、そなたは“魔女狩り”という言葉を聞いたことがあるかの?」

陰陽師にそう問われた青年は、しばらく黙考してから、口を開く。

『“魔女狩り”は中世のヨーロッパで大々的に行われ、魔術を使った疑義がある人物を裁判にかけ、魔女だと判断された人物を死刑にしていたと認識しています。また、“魔女狩り”の対象となる魔女は呪術や黒魔術を扱う人間のことであり、魔“女”と表現されるものの、実際は男性も含まれていたと記憶しています』

「大まかに言えばそうじゃな。して、当時行われていた“魔女狩り”の大きな問題点を挙げるとすれば、“自粛警察”のような私的な裁判が横行していたことじゃ」

『え、教会などの権威ある組織が公平性を持って判決を下していたのではないのですか?』

目を見開きながら問う青年に対し、陰陽師は首を左右に振ってから口を開く。

「そなたの認識では、異端審問と“魔女狩り”が混在しているようじゃから説明しておくと、“魔女狩り”の前身は、12世紀に行われていた異端審問と呼ばれるもので、当時のカトリック教会にとって異教と疑わしき人物を対象に行なわれていた裁判のこととなる」

『つまり、異端審問では魔術を使うかどうかは、問題視されていなかったわけですね』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さくうなずいてから、口を開く。

「そういうことになる。実際、中世のカトリック教会においては占術や呪術の類は取り除くべき迷信とされたが、13〜14世紀の異端審問官が民衆の呪術的行為に積極的に介入することはなかった。教皇アレクサンデル4世は1258年に、異端審問官が占術や呪術の件を扱うのは、それが異端であることが明らかな場合に限ると定めておったそうじゃ」

『そうなりますと、いつから異端審問が、魔術を扱う人物が対象となる”魔女狩り”に移行していったのでしょうか』

「1428年にスイスのヴァレー州の異端審問所が、当時のローマ・カトリック教会側から異端として迫害されていた、ワルドー派を魔女として裁いた件が初めてのようじゃな」

『なるほど』

当時の西欧は、現代の先進国のように政教分離を基本的な原則としておらず、キリスト教が一国の政体に大きな影響力を持っていました。
よって、神に対して謀反した堕天使(サタン)の手先である悪魔を崇拝する魔女は、国家反逆罪に近い扱いを受けていたわけです。
また、現代の価値観とはだいぶ異なり、スコラ学では善良な天使と堕天使との人間の交流について研究がなされ、13世紀には悪魔の存在が現実の危機として考えられていました。

「そして、15世紀後半になり、悪魔と契約してキリスト教社会の破壊を企む背教者が魔女であるという概念が生まれたことから、異端であるワルドー派やカタリ派が行なっていた集会のイメージが、魔女の集会のイメージへと徐々に変容していったと考えるのが妥当だとワシは思う」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンを手早く操作し、やがて口を開く。

『なるほど。ネットで調べる限り、ワルドー派やカタリ派の集会では、サタンと性交したり人肉を食べているなど、彼ら/彼女らは根も葉もない偏見を押し付けられたり、そうした偏見から悪魔崇拝の嫌疑をかけられてしまったようですね』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

「そうした背景を元に、“魔女狩り”は15〜18世紀の全ヨーロッパで行われ、特に16〜17世紀は魔女熱狂、大迫害時代とも呼ばれる最盛期を迎えた。また、文献によると、当時は教会や世俗権力ではなく、主に民衆によって推定4〜6万人が処刑されたらしい」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、目を見開き、問いを発する。

『民衆が行なっていたとなると、昨今の“自粛警察”と同様、魔女狩りを行う明確な基準はなかったように感じますが、実際のところはどうだったのでしょうか?』

「“魔女狩り”で特に有名な人物として、マシュー・ホプキンス(1644〜1646)が挙げられるが、彼はイングランドにおいて、“魔女狩り”で死刑になった1000人のうち、300人を処刑したと言われておる。しかも、彼が用いた水審、針刺し、拷問といった判別方法は不正が多かったようで、多数の無実の人を魔女としてでっち上げていたようじゃ」

『300人も不当に処刑するなんて、現代の倫理観からみれば尋常ではないと思いますが、いったい何が、彼をそこまで“魔女狩り”に駆り立てたのでしょうか?』

「当時のキリスト教の影響下にあった時代背景を鑑みるに、敬虔なキリスト教信者であったであろう彼は、悪魔の存在を信じて恐れていたと思われる」

『なるほど』

「また、彼は弁護士だったものの生計を立てることが困難で、彼が魔女狩りを行なう時には地元住民から特別徴税を行い、庶民の年収に相当する20ポンド前後の大金を受け取ったとする記録もある。彼が魔女狩り業務に従事していた3年弱の間に稼いだ金額は数百ポンドとも1000ポンドとも伝えられることから、金がもう一つの目的じゃったことは、まず間違いあるまい」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、しばらく無言で計算し、やがて口を開く。

『彼が得たお金を1000ポンドと仮定すると、庶民の50年分に相当する大金ですが、お金を理由に、大勢の人物を不当な裁判によって処刑したことで、逆に彼がなんらかの罪に問われることはなかったのでしょうか?』

「もちろん、当時のイングランドの法律では拷問が禁止されていたが、彼は弁護士であったことから、様々な工夫を凝らし、違法すれすれのやり方で魔女裁判を行なっていたようじゃな」

『なるほど。ちなみにですが、彼はどんな魂の属性なのでしょうか?』

「どれ、みてみよう。少し待ちなさい」

陰陽師はそう言い、紙に鑑定結果を書き記していく。

マシュー・ホプキンスSS

青年はしばらく属性表を眺めた後、やがて口を開く。

『彼はビジネス運も金運も7と低いことに加え、血脈の霊障と天命運に“2:仕事”の相がかかっていますので、弁護士という職に就きながらも生活に困窮していたことに納得できます。そして、頭が“2”で自己中心的な特徴を持つことや、欄外の枝番が“5”で気性が荒い特徴を持つことを踏まえると、“魔女狩り”によって人の命を奪うことは、彼にとっては自分が生きるために行うビジネスのような感覚だったのかもしれませんね』

そう苦々しく言う青年に対し、陰陽師は一つ頷いてから口を開く。

「そうした“魔女狩り”に対し、反対の声がなかったわけではない。彼より前の時代になるが、“魔女狩り”に反対した最初期の人物として、ヨーハン・ヴァイヤーという医師がおり、彼の著作である“悪霊の幻惑について(De Praestigiis Daemonum)”が当時大きな反響を呼び、その結果、多くの地方で魔女裁判が寛大かつ慎重に行われるようになり、魔女だと判断された人物がこの本の論理で弁明をしたほどの内容だったそうじゃ」

『具体的には、どのような内容だったのでしょうか?』

「彼は悪魔の存在を完全に否定したわけではなく、悪魔は力を持っているものの、キリスト教会が主張するほどには強くはないという前提の基、悪魔はそれを呼び出した人の前に出現し、幻影を作り出すことができるという考えを支持した」

『つまり、悪魔を呼び出す人がいなければ、悪魔は積極的に人間に対して影響を及ぼさないということでしょうか』

「おそらく。さらに付言すると、彼は幻影を作り出すことのできる人々のことを魔術師と定義し、魔術師は悪魔の力を使って幻影を作り出す“異端者”である言及した」

陰陽師の言葉を理解するためか、しばらく青年は無言で唸ったのち、やがて口を開く。

『つまり、極端な言い方をすれば、諸悪の根源が悪魔と、悪魔を呼び出した魔術師だと主張したわけですね。それで、肝心の“魔女”として疑われた人物はどのような扱いになったのでしょうか』

「魔女たちに対し、彼は“精神的に病んでいる”という言い回しをしたと言われておる。現代でも“精神疾患”という病名があるものの、その原因を悪魔だと主張する人物は少数派であることはわかるじゃろう」

『はい。現代でそんなことを言っても、相手にされないと思います。彼の主張のおかげで、加害者は悪魔そのもので、魔女と疑われた人々が濡れ衣であることが明確に整理されたようですね』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、再び口を開く。

「当時の人々がキリスト教から強い影響を受けていたとは言え、悪魔と魔女、言い換えれば悪魔憑きを明確に分けて考える様になり、理性的な判断ができる人物が徐々に増えていったと思われる」

そう言った後、陰陽師は鑑定結果を書き足していく。

ヨーハン・ヴァイヤーSS

属性表を見た青年は、何度も頷いてから、口を開く。

『彼は頭が1で世のため・人のためとなる行動を地で実行する特徴を持ち、欄外の枝番が“1”で能力面において優秀であること、大局的見地(S)と仁(A+)が高いことも考慮すると、大々的に行われていた“魔女狩り”に対して異を唱えたことも納得できますし、彼の行動は英断だったと思います』

青年の言葉に対し、陰陽師は小さく頷いてから、口を開く。

「彼の執筆の動機は、“やっかいな悪魔に誘惑された高位高官の人びとに対する真からの同情心”だったそうで、“魔女狩りはあくまで悪魔の誘惑によるものであり、責任は悪魔にある”という持論を展開し、これまで魔女裁判を行なった者への配慮も怠らなかった点も、特筆すべき点じゃな」

『なるほど。魔女裁判を行なった人物の中には、己の行いを悔いた人物もいたでしょうから、彼らにとっても読む価値はあったのでしょうね。また、ヨーハン・ヴァイヤーは医師として社会的地位が高かったことから、彼のような人物が唱える現実的な主張は、読者に対して大きな説得力を持ったのだと思います』

「そうじゃな。彼は皇帝フェルディナント1世に“不当な魔女裁判の助長を差し押さえる特権”を求めた結果、皇帝からその特権を認められたようじゃし、当時の世の中にはびこっていた不当な“魔女狩り”を減少させた彼の功績は大きいと思われる」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

『なるほど。彼のように、“魔女狩り”に対して反対意見を述べる人々によって、“魔女狩り”は収束していったと思われますが、実際に、“魔女狩り”はどのように収束していったのでしょうか?』

「17世紀末期になると知識階級の魔女に対する認識が変わり、裁判でも極刑を科さない傾向が強まったことと、カトリック・プロテスタントともに個人の特定の行為の責任は悪魔などの超自然の力でなく、あくまでも当人にあるという概念が生まれてきてから、裁判においても無罪放免というケースが増えたことで、魔女裁判そのものが機能しなくなっていったようじゃな」

『なるほど。ヨーハン・ヴァイヤーが主張した、魔女と疑われた人物を“精神的に病んでいる”と認識することで、現代の価値観と照らして考えれば、特定の行為の責任は悪魔とは無関係であり、あくまで当人にあると解釈できることに納得できます。それに、魔女に対する認識が変わったことが重要ということであれば、大局的見地に基づいた情報を、より多くの人に届けることが重要であったことは、当時も現代と同じのようですね』

青年の言葉を聞いた陰陽師は、小さく頷いてから、再び口を開く。

「ちなみに、“魔女狩り”の規模は地域で差があったようで、強力な統治者が安定した統治を行う大規模な領邦では激化せず、不安定な小領邦ほど激しい魔女狩りが行われていたようじゃ。その理由としては、不安定な小領邦の支配者ほど社会不安に対する心理的耐性が弱く、“魔女狩り”を求める民衆の声に動かされてしまったことが考えられる」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、腕を組んで眉間にシワを寄せながら、口を開く。

『我が国は社会不安に対する心理耐性が低いと、僕は思わないものの、自粛疲れで社会への不満を抑えきれなくなった一般人による“自粛警察”の声が、インターネット上で多数挙げられて炎上でもしようものなら、政治家もそうした声を無視できない現状ですもんね』

「残念ながら、そなたの言う通りじゃ。“健康警察”や“自粛警察”なども、コロナ禍の影響による仕事の減少にともなう収入の減少や、終わりが見えない不安によって、社会に対する不満が増長していることに加え、“令和革命”の影響によって、産業革命前の中世に世の中全体がシフトしている影響も関係しておるのじゃろう」

※令和革命とは、日本の年号が“令和”に変わったことにより、産業革命を機に始まった、唯物論者の考えや意見が主流な現在の物質主義の世の中である“体主霊従”から、“霊”、すなわち魂や見えない存在の影響を大きく受ける、“あの世”の理屈が主流となる、産業革命以前の“霊主体従”の世の中にシフトしたことを意味します。(※第34話:令和とパラダイムシフト参照

『なるほど。人間は環境の影響を受けやすい存在ですから、“令和革命”の影響で我々を取り巻く環境が大きく変わり、全てが産業革命以前には戻らないものの、当時の人々に近い行動を取る傾向が強まってしまうわけですね』

「そういうことじゃ。今回の事件は怪我で済んだからよかったものの、仮に今後も我が国の状況に改善の兆しが見られない場合、国民の不安も増大していき、そうして増大した不安を解消するため、事件の内容も過激になっていくことが予想され、場合によっては人命が失われるような事件が起きないとも限らぬ」

『なるほど。とは言え、“自粛警察”による行動の結果、新型コロナウイルスの感染者数を減らせるとは限らないと思うので、個人の独断によって人の命が奪われてしまうような、“魔女狩り”の再来がないことを願うばかりです』

「ワシもそう思う。ちなみに、“自粛警察”に該当するような事件を起こした人物の情報を、わかる範囲で教えてもらえるかの?」

陰陽師の言葉を聞いた青年は、スマートフォンの画面を見ながら、加害者たちの情報を読み上げる。

『ネットで調べる限り、2021年4月に他県ナンバーの車に煽り運転をした男性と、2020年4月にスポーツクラブのドアを破壊した男性は特定できました』

青年の言葉に耳を傾けながら、陰陽師は紙に鑑定結果を書き記していく。

あおり運転をした男性SS
スポーツジムのドアガラスを破壊した男性SS

二人の属性表を眺めた青年は、やがて口を開く。

『両者の共通点の中で、事件を起こす影響を与えた要素として、人運と大局的見地の数字が高くないことと、攻撃性を示す項目の上段の数字が“2”であることと、先祖霊・血脈の霊障と天命運に“14:人的トラブル”の相がかかっていることが考えられます』

「おおむねそなたの言う通りじゃが、両者がそのような行動を取った経緯についてはわかっておるかの?」

陰陽師に問われた青年は、スマートフォンを操作し、やがて口を開く。

『前者に関しては、“残業が続いて疲れていた。コロナ禍なのに、県外ナンバーの車だったのでイライラしてやってしまった”とのことで、後者に関しては、“緊急事態宣言が出ているのに営業しているので、頭に来て文句を言おうと思ったが、店員がいないのでドアを破った”とのことです』

「なるほど」

『後者の男性の被害にあったスポーツジムに関しては、事件が起きた1時間後から休館を開始する予定だったようで、タイミングが悪かったと思います』

「いずれにせよ、この二人が取った行動は、新型コロナウイルスの感染予防の観点からみて適切だったとは考えられず、市川さんの言葉を借りれば、“健康警察”が前面に出てしまったようじゃな」

陰陽師を聞いた青年は、大きく頷いてから、口を開く。

『ちなみに、市川さんは“健康警察”が与える影響と、それにどう向き合えばいいかを次のように書いています。他人の行動を見かけて、何かしらモヤモヤを感じた時、SNSに書き込んだりする前に、私の中の“健康警察”は、実はあまり合理的でないことを要求し、誰かの生活を息苦しくさせることにつながっていないか?“と振り返るクセをつけましょうと、自戒を込めて述べています』

「その通りじゃろうな。新型コロナウイルスに関する諸説が散見しているようじゃが、一人でも多くの人が感染予防に関する正しい情報を得、“疫病退散”のような神事を受けようと自ら密になる状況に身を置き、そこで感染してしまうようなことがないことを願うばかりじゃ」

『そうですね。新型コロナウイルスは“風邪”だと主張するのは自由だと思いますが、医師ではない人物の言葉を鵜呑みにしてはいけませんし、昨今の医学の進歩を鑑みるに、新型コロナウイルスの感染経路と感染予防に関する医学的な見解の信憑度は高いと思われます』

「そなたの言う通りじゃな。“魔女狩り”の時代に生きた人々とコロナ禍に生きる我々の共通点として、悪魔と新型コロナウイルスという、いずれも目に見えないものに由来する恐怖と直面しておるが、ヨーハン・ヴァイヤーが、キリスト教から強い影響を受けていた当時の価値観の中で、目に見えない悪魔に対する認識を変えるのに成功したのと同様、現代に生きる我々一人一人が、特に魂1〜3が大局的見地に基づいた情報を発信し、新型コロナウイルスに関する人々の認識を変えていくことが肝要なのじゃなかろうか」

そう言い、陰陽師は壁時計に視線を向ける。
それに気づいた青年も、スマートフォンで時間を確認する。

『もうこんな時間でしたか。今日も遅くまでありがとうございます』

そう言い、青年は席を立って深々と頭を下げた。

「今日もご苦労じゃったな。気をつけて帰るのじゃぞ」

陰陽師はいつもの笑みで手を振り、青年を見送った。


帰路の途中、青年は“自粛警察”の事例と“健康警察”のネット記事を読み返していた。
“自粛警察”となってしまう人物はひょっとしたら、自分と価値観が合わず、話し合いで解決することが難しいかもしれない。

だが、正しい情報を伝えることで、本当にやるべきこととそうでないことについてや、“自粛警察”のような私的な行動がどのような結果をもたらすのかについて理解してもらえたら、実行する直前に考え直してもらえ、同じような事件が起こることを、未然に防げるかもしれない。

また、いざ“自粛警察”となりかねない人物が目の前に現れたとしても、その人に正しい情報を、適切に伝えられるように精進していこう。

そう、青年は決意したのだった。

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