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舞台に棲んでいるあいつ

先日、セリフを覚えていないのに本番を迎える悪夢 のことをチラッと書いた。

私は演劇部に所属していたので、その手の夢を何度となく見た。
本番が近くなってくると、睡眠時間は減っていくのに、刻々と迫るプレッシャーからか、一度は見る。ガバっと跳ね起きて、あーまだだった、良かった‥と安堵する。夢が正夢にならぬよう、焦って稽古する。
ともに活動していたメンバーもよく言っていたので、これはあるあるなのだと思う。

セリフが頭に入っていない、
あるはずの場所に道具がない、
演出さんに怒鳴られる。

思い出すだけで寿命が縮みそう。


セリフを忘れる、飛ばす。これは夢に限らず、本番でもよくある話。人間だもの。
演劇を観に行くと、プロだってごくごく稀にではあるけれど、セリフをとちったり抜かしたりする場面を目にすることがある。
それも含めて、生物であるのが舞台の魅力。むしろトラブルが勃発した時にどうするか、で、全体の印象が天と地ほども変わる。うかつなことは出来ない。お客は、物語の役と役者を重ねて観てくれているのだ。

できるだけお客さんに気づかれぬよう、さり気なくカバー。気づかれたら気づかれたで、被害を最小限に食い止め、その後のストーリー展開に支障がでないよう、また自分の演じてる役に矛盾がないようにしながら、アドリブで喋るべきか、または知らんふりしてすすめるべきか、頭パニックの中、最善の策をひねり出す。
究極の脳トレ、だ。

アドリブが上手な人は、生まれてしまった奇妙な間を、さも演技であるように動きで繋いだり、上手に笑いに変えたりする。脚本を知ってる周りはヒヤヒヤものだけど。


もちろん、そんな余裕などなく、完全にフリーズしてしまうこともある。悪夢が現実となる瞬間である。

こうなると自分以外に舞台に出ている、他の人から助け舟を出してもらうしかない。一人で喋るシーンなら、何とかできるのは自分だけ。
さぁどうする。客席中の視線が自分に刺さる。全身の細胞がグワっと活性化する。そんな状況普通に生活していたらなかなかない。あぁ想像するだけで怖い。
だから悪夢って、繰り返し見るんだな。


ただ、

本番を迎え、一度でも、ライトの下お客さんから拍手をいただくという経験をすると、えも言われぬ心地になって、そんな悪夢などコロッと忘れてしまうのだから、人間てよく出来ているなーと思う。

さて、今はもうそんな場面からも遠く離れているので、安心して、穏やかな心持ちでこの記事を書いている。


実は社会人になってからも、しばらく、アマチュアの劇団に所属して演劇活動をしていた。
大学卒業後20代〜結婚までの期間、家と職場と稽古場の往復の日々。忙しすぎた。推しを作る余裕もなかった訳だ。

公演本番が近づいてくると、稽古稽古に土日も装置作り、デートどころではない。
夫と知り合ってお付き合いが始まり、当然この趣味の活動のことも伝えた。趣味と呼んでいいか分からないほど自分の生活に組み込まれていたので、隠す理由もなかった。
夫は、映画は好きだが、私とは対照的に演劇とは無縁の日々、チケットを買って舞台を観に行ったことは今まで一度もないと言う。
そんなに毎日毎日頑張ってるんだね。本番も絶対観に行く。と言ってくれた。

お互い年齢的に、結婚が視野に入っていたし、結婚したら私は実家を出ることになり、稽古場に通って活動を続けることは難しくなる。書く という作業とは違って、お芝居は一人では出来ない活動だ。劇団の団員は、第二の家族のような存在。誰とするか、はとても重要で、劇団が変わればやる内容も色も全く異なる。新婚生活が始まれば、今日も稽古、明日も稽古と言って家を空け、活動に励むのも何か違う気がしたし、別の場所で新しいメンバーを探して演劇の活動をする、という選択肢は、当時の私にはなかった。

結局、結婚が決まって私がその劇団を退団するまで、舞台に出ている私の姿を夫が見たのは、二回だけ。
多かったのか少なかったのか。


私は、見にきてくれる夫(当時はまだ彼)に、あらすじも何もほとんど教えていなかった。
最後に出た公演は、沢山の役者が出る群衆劇的な話で、出番も少なかったが、初めて見てもらう公演は、2人芝居のうちの1人だったので、見逃す心配はない。出ずっぱりでやたらセリフが多く、どっちかのセリフ飛んだら相手の人に託すしかないという状況。

よく喋るよ、とは伝えていた。

そして迎えた本番当日。
小さなハプニングはあったものの、場面が止まってしまうようなトラブルはなく、セリフが大きく飛ぶこともなく、物語は最後まで演じられた。


夫が初めて見た舞台の、私の役は、


結婚5年目、倦怠期を迎えて、荷物まとめて家を出て行こうとしている奥さんの役 だった。


そして二度目の公演。
翌月に入籍を控え、私の劇団での活動最後となった役は、

結婚式場からウェディングドレスのまま逃げ出そうとする新婦の役だった。


終演後、夫の感想。


ほんとに結婚して大丈夫なんかな だった。

セリフがリアル過ぎた、とも。



セリフで良かったね。

舞台には魔物が棲んでいる。
魔物はハプニングが大好き。
魔物は舞台に魔法をかけて、その魅力に惹きつけられてやって来る人を、いつだって待っている。

貴方も、ステージの上でスポットライトを浴びてみませんか。


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