また、逢えた。 【ひと色展 キナクリドン マゼンタより】
その鞄の、内側のポケットを開けてみたのは、偶然だった。
実家から、半ば強引に持って帰ってきた、ゴブラン織りのバッグ。
母さんがもう使ってないんだから、私もらってもいいよね。
そう言って、年代物の割にはとても丁寧に、大事に扱われてきたことが分かるその小ぶりの鞄を、一人暮らしの家に連れてきた。
あなたがそんなに欲しいんだったら構わないけど‥
それ、あなたのおばあちゃんからもらったやつなんだから、大事に使ってね。
へぇ、おばあちゃんの。
家を出る前に交わした、母との会話が頭をよぎる。
祖母は、とてもお洒落な人だった。
決して派手な訳ではない。その年代の多くの人がそうであるように、ぱっと見はグレーやブラウンなどの落ち着いた色合いのものを好んで着ていたように思う。
でも、ふとした時目に入る指輪やスカートの刺繍糸に、ドキッとするような美しい差し色のものを身につけたりしていた。
まだ幼かった私は、そんな祖母の姿を見るたびに、胸をときめかせて頼み込んだ。
おばあちゃんの、これ、ちょうだい。
いいわよ。あなたが大きくなったらね。
もうすっかり忘れていたけれど。
私、たくさんのものをあなたからもらっていた。
私、こんなに大きくなったよ。
何の服に合わせようか。
そう思いながら、鞄を手にとっていると、ふと内ポケットの存在に気づいたのだ。
そっと、中に手を滑らせる。
何か、入っている。
静かに取り出してみると、
それはシルクのハンカチだった。
明らかに上質の物と分かる手触り、美しい花の縫い取り。
そして何よりも一番に飛び込んできたのは。その鮮やかな色だった。
マゼンタ。華やかで、大人びた、でもどこか愛らしさのある赤紫。
おばあちゃんの大好きだった色だ。
両手にとって広げてみた。
フワッと、懐かしい匂いがした。
ああ、あなただ。
いつも私のことを尊重してくれた。応援してくれた。
でも一度も干渉することなく、あなたはあなただと言った。そして自分自身のことも常に大事にしていた。そんな人。
また、逢えたね。
笑っている祖母の顔の向こうに、一度も会ったことのない、少女だった頃の彼女の笑顔が、重なって見えた。
この作品を思い浮かべるにあたって、同じくキナクリドンマゼンダ のいろの子をテーマに音楽を作られた、つるさんからもイメージをいただきました。ありがとうございました。