クロ神様は生き残りのポンコツ信者のせいで大変です。
第二話 遠足は帰るまでが遠足です。
「はぁ、はぁ! サリアドからやっとアラクへ帰ってこれたぞ。ちくしょう。僕がんばった。こんなボロボロの体で不眠不休でがんばった! もう絶対こんなのやりたくない!!」
まさかこんなに歩くことになるとは。血塗れだからと遠慮して馬車を使わなければよかった。神なのだからもっと尊大にいっても構わないのに。こういうところで昔の生活習慣がなかなか抜けない。
(すみません、クロ様。私がドジをしたせいで……うぇ)
心の中でマリアは泣きそうな声で謝る。狂気的に慕っている僕の迷惑になる。そのことにようやく気がついたのか、彼女はすっかり縮こまるのだった。
「全くだ。神たる僕に獣や魚を調理させずに丸かじりさせるとは。味覚が死にそうだぞ。愛する信徒マリアよ」
(うぇぇぇぇぇぇん! クロ様に失礼なことぉぉぉぉ。もうしわけありませんんんんん。死んでお詫びしますぅぅぅぅ!!)
素早い栄養補給のため火で焼かず生で食ったが、マリアの『悪食(あくじき)』がなかったら死んでいた。僕の味覚が尖っていたためにまずすぎて危うく憑依(憑依)が剥がれそうになったが。神の気合で耐えるのだった。
「バカ。死んだら僕の苦労が水の泡だ。絶対に死ぬな。いいかよく聞けよ? 僕の忠実な信徒マリア」
(はい……分かりました)
僕は深呼吸するとマリアでも理解できるように丁寧に説明していく。
「僕を呼び出す鍵は、基本意識を失うほどの致命傷。つまり、めちゃくちゃ痛くてヤバい時だけだ。今は神威(カムイ)で無理やり憑依してるけど。でもこれはなるべくやりたくない。これは分かるか?」
(はい、神威がすごくなくなるってことでしょ? それぐらいは)
「よしよし、その調子だ。成長したなマリア。僕は嬉しいよ。つまりだな、僕は恩寵(おんちょう)、金色(コンジキ)と白銀(シロガネ)の二刀の宝刀。それだけで神威がもう手打ちなんだよ。君を助ける時は命を削ってるんだ。寿命が短くなってるってことね」
(うぇっ……クロ様死んじゃうの? じゃあまた私一人ぼっちになっちゃうの? やだよぉ〜。そんなの。一人はいや〜……)
ようやく事態が飲み込めてきたらしい。まぁ合計三十回も説明してたら理解は簡単だろう。神になって根気強さが上がって良かった。そうじゃなければこの子となんかやってられない。
「このままのペースで君が死にかけたらな。これを防ぐには君はとりあえずケガするな。そして僕の信者を増やせ。そしたら僕は死なない」
『……信者は私一人でいいんじゃないですか?』
「愛する大切な信徒マリアよ。僕もその方が楽だが神の信徒が一人というのはあまりにもリスクが高い。これはしょうがないんだよ」
これでも僕はマリアの容体をとても心配しているのだ。マリアは何百年ぶりかの熱心な信者である。そんな信徒を失うのはなかなかキツい。
(ぐす……えへへ……告白されちゃった。うへへへへ。やっぱり私クロと結婚したいです。クロ様との子ども欲しいです。クロ様に似たクリクリお目目の子どもが)
マリアはクロの発言で機嫌を治したのか。耳にタコができるぐらい、いつものようにぐいぐいアプローチしてくるのだった。
「簡単に言ってくれるねぇ……そんな君らみたいに僕はポンポン作れるもんじゃないよ。神にとって生殖は自分の力を削るわけだから」
(????? 子ども作ると弱るですか?)
「そうだよ。僕は君らの信仰心。お祈りが集まった神威そのものだからね。これを削って子どもを作る。もしくは生物に乗り移って子どもを作る。もっぱら後者の方が多いね。神威の消耗が少ないから」
(……子どもダメですか? 私はクロ様本人と作りたいです。若いのでいっぱいクロ様の子ども産みたいです……)
マリアは無邪気に神との子ども望む。確かに元いた世界でも、神と人との子どもの神話はあった。ここのシステムでもそれは可能であろう。だが、微妙にズレていた。
「うん。相変わらず論点がズレてるね。君。僕は神だから年はあんまり関係ない。というかあったらどうするんだ君は? 二桁の小娘に手を出したロリコンの子ども産んでもいいのか? 君は」
(ロリ、コン? ロリコンは分かりませんが子どもを産めるのは女の特権です。それに男の人も喜んで若い女を孕ませます。母も初めての出産は13でしたし、私もクロ様としたのは10でしたよ?)
さすが殺伐とした余所の世界。色々するのが早いのだった。娯楽が少ないからだろうか。文化人として嘆かわしい。僕はいいんだよ。神だからヒトの年齢なんて気にしない。
「違うんだ。愛する信徒マリアよ。問題は年齢じゃない。同じ種族か系列かどうかだ。ヒトはヒトと、サカナはサカナと、トリはトリと番うのが一番効率がいいだろう? そういうことさ。魔改造は苦手なんだよ。僕はそういう調整が色々と下手だ」
(マカイゾウ?????? チョウセイ? クロ様の言葉はいっつも難しいです……つまり?)
しまった。色々と理屈をこねてしまった。話をさっさとまとめなければ。マリアの頭がパンクする。
「ごほん。つまり、僕がヒトの体を乗っ取るのが一番手っ取り早いという話さ。まぁ、もう乗っ取れる体は君以外残ってないんだけどね。君外から来た奴隷なのに、一族皆殺しにしたヤベェ信徒だもん」
(えへへへ……クロ様にそんなに褒められると照れちゃいます)
「別に褒めてない。君がいかに恐ろしくていかに頼りになるのかの話をしてるだけだ。そうじなきゃ、君をここまで手厚く扱うものか。このヤンデレ美少女め」
(ビビビビ美少女なんて! 勿体ないお言葉です! クロ様!! クロ様が私を褒めるなんて!!)
――都合のいい耳だこと。美少女だけを切り取るとは。いい性格をしている信徒である。
この子。マリアナ・M・トコヤミはヒノモト惨殺事件の大罪人だ。だが、彼女曰く正当な裁きを下したとのことで罪はないらしい。全員罪だらけだったので滅したとか。
どんな不敬を村人がしたのか詳細は知らないが、戦闘民族を容赦なく潰す不敬とは。末恐ろしかった。
――まぁ、マリアも僕の名前を初めて知ったのは神殿にきた後だったんだがな。色々世話してやったり気に入った証として、僕の真名と宝刀を渡したら何を勘違いしたのか。
下界に降りたら一目散に村人殺しにいきやがった。『クロ様の神罰ーーーー』とか叫びながら。神罰をポンポン使わないで欲しい。邪悪な神様と勘違いされるから。
彼女の凄い所は同じ黒髪赤目でも殺したことだ。名前や存在を知っていないという理由だけで。そうして長年クロの領土に住んでいた乗り移れるヒトのストックが居なくなってしまった。
神の貴重な財産を奪ったのが、最もこちらを慕っている可愛いペットだとは……笑うに笑えない話である。
「何回も言ってるけどさ。子ども作りたいんだったら男性の信者を作ってくれよ。そしたら僕は君と五人でも十人でも、百人でも君が望むだけ子どもを作れるから」
(ひゃっ、百人⁉︎ あわわわわわ……じゃなくて! クロ様本人とじゃないとやっ! 他の人の体じゃなくてクロ様としたい! 私はクロ様のもの!! クロ様だけのもの)
――ちっ、バカなので騙せるかと思ったが甘かったか。大人しく騙されていればいいものを。
故郷の神殿でムラムラのあまり、マリアと暇さえ有れば交わっていたからか。彼女はすっかりクロに染まりきっていた。
彼女は僕がヒトに乗り移って生殖するのを頑なに拒む。
「ワガママ言わないの。僕だって力が足りない中で色々やってるんだから。おっ、ヒトの反応だ。おーい、そこの衛兵くーん? ちょっと手を貸してくれぇ。体が砕けそうなんだぁ」
僕は中仕事をしている衛兵に遠くから呼びかける。すると、衛兵たちは真面目だったのか。すぐにこちらにきて驚愕の声を上げた。
「どうしたんですか! ってひぇぇぇぇ⁉︎ リビングデッドぉぉぉぉ⁉︎ プリーストぉぉぉぉ! プリーストを早く呼んでぇぇぇ!!」
衛兵たちのうち一人がパニックに陥る。魔物避けの結界をこんな体で通り抜けたのだ。よほど高位の魔物と思われたのだった。
「やれやれ、新人君たちだったのかな? 僕は別に怪しいものじゃない。マリア・M・トコヤミというバウンティハンターなんだが……字名は『不死身のマリア』聞いたことないかい? こんな名前」
その名前を告げると、衛兵たちはピタッと止まる。そして僕を恐れの目で見つめるのだった。
「あの、もしかしてあなた様があのイカれ女が信奉しているトコヤミ教の――むぐっ!」
「待った。その先は言わないでくれ。ワガママ信徒が怒るのと僕の個人的な事情でまずい」
(私はイカレテない! 失礼な邪教徒め。お前から殺してあぅ……)
僕はマリアの意識を眠らせると、瞬時に衛兵の口を指でつぐませる。それに衛兵は大きく後ろに下がるともう一人に強制的に頭を下げさせられた。
「す、すみません。大事な信徒様を悪く言うなど。しっかり教え込みますので、どうか許してください! こいつ新人なんです!」
「謝れば別に気にしないさ。未来のかわいい信徒たち。個人的な事情というのは性別に関わることなんだ。いいかい? 僕はマリア・M・トコヤミのような女性じゃない。男性神だ。分かるかい? 僕は男なんだ」
衛兵にゆっくりと近づくと、僕は凹凸がある金属製の鎧を撫でながら優しい口調で告げた。怖がらせないように。
「あっあの……はっは、はっはい! 男性……男性? 男性⁉︎ ぶほぉ! おほぉぉう⁉︎ いや、なんでもないです。はい!」
しかし、ねっとり撫でた瞬間気づいた。二人の内こっちは女性だったのかと。
ついオープンセクハラをしてしまったがこの体はマリアのものだ。鎧のせいで感触も分からないからか、クロは謝らないことにした。
「そうだ。まごうことなき男だ。男なんだ僕は。屈強な男性神なんだ。僕は分かったかい? 未来のかわいい信徒たちよ」
「は、はい。分かりました。偉大なる来訪者様よ。私たちはあなた様の名前を呼びません。ここに、誓います!」
衛兵たちはコクコクと首を振る。良かった。セクハラの件は見過ごされたらしい。神様だってセクハラ、パワハラ認定は辛いのである。夜這いなんか神様の悪しき文化だからな。
「悪く思わないでくれよ? 〜〜と呼ばれると揺らぐんだ。僕自体の存在が。有り体に言うとマリア・M・トコヤミの姿が標準となってしまう。だから可能な限り、僕のことはマリアさんか、トコヤミさんと呼んでくれ。それとお願いがあるんだが……」
「なんでしょうか! トコヤミ様! 私たちにできることならなんなりと!!」
衛兵たちは食い気味に僕へと意気込みを見せてくれる。やはり知性がある種族はいい。高位の存在であるとこちらをはっきりと認識してくれるのだから。
「様じゃなくてさんでいいよ。いやね。僕をちょっと運んでくれる? 正直体がもう限界でさ。お金はきっちり払うから。タクシーになってくれない? 君たちのどっちでもいいから」
情けない話だが、もう立っていられない。このさいなりふり構っていられなかった。そうして無様に頼むのだが、思ったよりも話はトントン拍子に進んだ。トントン拍子に進みすぎた。
「だ〜か〜ら〜! トコヤミさぁんは俺が運ぶんだよ! お前みたいな細腕に任せられるか!」
「いいえ、私よ! あんたみたいなガサツな男には任せられないわ! トコヤミさぅんの体には指一本触れさせるもんですか!」
「ちょっと落ち着きなさい。かわいい未来の信徒たち。僕は君たちが傷つく姿はあまり感じたくないんだが……」
神様とは偉い。偉いがここまでヒトが争うとは。ここは一神教のエリアなのに多宗派の神をここまで信奉するなんて。リスクを考えるとちょっと意外だった。
そうして宥めると彼らはさらにヒートアップするのだった。
「誰が女だから運ぶって言ってるんだ。お前これは職務だ! 俺たちは困った人がいたら助けるべきだろう! 街の衛兵なんだから。それはトコヤミさ〜〜……んも例外じゃないだろ!」
「ふん、どうだかね。さっきからトコヤミさー……んの体ズッーと盗み見て。目が見えないからって下衆な視線向けるなんてサイテーよ。サイテー」
「阿呆! 誰がマリアみたいなイカレ女に欲情するか! 俺は純粋な敬意でトコヤミさぁぁんを運びたいんだ。お前に神様を運ぶなんてこんな名誉なこと任せられるか! 倒れろぉぉぉ!!」
「させるかぁ! こんなことは一生に一度あるかないかのビッグイベントじゃぁぁぁぁぁ」
「なんで争うのかなぁ? こんなことで……」
こうして二人は殴りあった結果、彼女の方が運ぶことに決定したらしい。彼女は応援を呼んで自分の穴を埋めると、僕をお姫様抱っこをする。
「タキシィー? が何かは分かりませんがお任せください、トコヤミさん! 不詳この私、クリエラがあなたをお運ぶします!」
彼女はさっそくヒロトをお姫様抱っこする。優しい運び方だ。慣れているのだろうか。やけに揺れない運び方だった。
「じゃあよろしく頼む。未来のかわいい信徒、クリエラよ。僕を助けてくれたまえ」
こうして僕は、VIP待遇で街の中へと帰るのだった。
用語集
名称 補助スキル 悪食(あくじき)
効果 食材に指定された以外の素材も食べれる HPとスタミナが10%回復する。
取得条件 おおよそヒトが食べないような調理法で一年間食べ続ける
フレーバーテキスト 食べるもの何もありませんでした。だから、みんなが嫌がる物を食べました。不味かったです。不味くて吐いてお腹を壊して、それでも食べ続けてたらいつのまにか食べられるようになりました。
神威(カムイ) 神の所有する領民が、祈ることによって発生するエネルギーを加工可能にしたもの。神はこれを信徒に配ったり、特別な神器を作ったり全てにおいて神様が奇跡を起こす力の源。ゆえにこれが尽きれば神は消え去り、恩寵も全て消え去る。
恩寵(おんちょう)神が与える特別な力。宗派によって効果が違い、効能はいろいろある。戦闘 生産 人格 容姿 非常に多岐に渡りもらえるハードルや、剥脱される要因は神ごとに異なる。クロの場合は元々の自分の民族を真似て作っているため、非常に神の容姿と民族の容姿が酷似している。
ヒノモト惨殺事件
伝承の化物に捧げた生贄が五年後に、マリア・M・トコヤミと名乗り一族50人を殴殺した事件。公式には雷による森林火災になっているがそれはクロが後付けでつけた理由。
事件の詳細
彼女は村全体に逃げられないよう結界を張ると、村人全員と一騎討ちをした。女子供たちにはクロ様を知っているか? クロ様を敬っているか? と質問をして答えられなかった者をそのまま刀で殴った。また、トコヤミ一族の文献や現存している貴重な道具を奪取すると彼女は村全体を全て焼いた。これによってクロは神殿と僅かな小動物を残して全てを失うこととなる。現在はマリアが三回のお祈りで捧げる神威150人分を日々節約しながらなんとか生きている状態。
現在クロがマリアに与えている恩寵
カラーバリエーション 髪 ブラック追加 眼球 レッドの追加 ⭐️
『臨戦態勢(使用時)』周囲五マスが認識可能となる⭐️⭐️⭐️
『臨戦態勢(使用時)』与えられた神威が、対象者の現在の攻防力50%を参照した重量0の装備扱いになる ⭐️⭐️⭐️
『臨戦態勢(使用時)』二回行動追加 ⭐️⭐️⭐️⭐️
『臨戦態勢(使用時)』スタン、暗闇、混乱、恐怖、幻覚、火傷、凍結、毒、などの状態異常にならない。ダメージカット30% ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
『臨戦態勢(使用時)』疲労、肉体的損傷の影響を受けずに行動できる ⭐️⭐️
状態異常
スタン
一定確率で行動不能 時間経過で自然と治る
暗闇
ターゲッティングができなくなる 時間経過で自然と治る
混乱
ターゲッティングが確率で自分になる。 また選んだコマンド以外の行動をする。時間経過で自然と治る。
恐怖
対象者のスキルが使用不可能になる。時間経過で自然と治る。
幻覚
通常攻撃と物理スキルの当たる確率が50%ダウンする。時間経過で自然と治る。
凍結
物理魔法耐性が50%ダウン。また、確率で行動不能。
火傷
HP上限が10%ダウンしてそれが基本状態となる。時間経過で自然と治る。
毒
毒が乗っている数ごとに毎秒HPの1%分攻撃を受ける。時間経過で治る。
疲労(ひろう)
HP20%以下になると全ての能力の上限が元の能力の80%になる。
肉体的損傷(肉体的損傷)
損傷可能部位を破壊された場合に発動 行動回数マイナス一 行動速度30%現象 回復行動や、回復アイテム、回復スキル以外で元の部位を治療するまで解除不可能
恩寵が剥脱される条件
神々が指定したルールを破っての行動