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クロ神様は生き残りのポンコツ信者のせいで大変です。

第八話 抗えられない肉の欲求


 こんなことが起こるのはもっと先だと思っていた。それなのに奇跡が私に降ってきた。私はクロ様にぴったり抱きつきながら歩く。

「こらこら、愛しい信徒のマリア。ひっつくのは構わないが、僕が歩きづらいよ。とっても」

「ふふふ、本当のクロ様だぁぁぁ……クロ様の匂いがするぅ……クロ様、クロ様、クロ様……」

 クロ様は神殿にいるときの姿そのものだった。切れ長の目つき。ハスキーな声。細くしなやかな手足。甚平はなかったのか今日は着ていない。

 しかし、ガチガチの服はやはり嫌いなのか。クロ様は胸元がガッツリ空いた白いワイシャツと青いデニムを着ていた。はっきり言ってすごくだらしない。でも私はどこかだらしなく非常に人間臭いこのクロ様が大好きだった。

「ふふふ、まだここは外なんだ。そんなに発情しきった顔を見せないでくれ。あの時よりさらに熟した体をつまみぐいしたくなるじゃないか」

「あっ……」

 クロ様は私の顎をクイと上げる。そうして唇をだんだん近づけてきた。私は期待のあまり目を閉じる。クロ様の感触を精一杯感じるために。
 だがいつまで立っても唇には渇いた風の感触しか感じない。

 もぅ、トコトン焦らすんですから。クロ様のイジワル。
 そうして薄目を開けてクロ様を見つめると彼は別の方向を見つめていた。何で、私以外を見るんですか? 何でこんな想ってる私を無視するんですか? それともまた泥棒虫に誑かされたんですか?

 クロ様の視線の方向を追っていくとあいつがいた。あのゴミ虫が。

「んんぅ? おぉ、あれは未来の愛しい信徒のクリエラじゃないか。どうしたんだい。こんなところで。はっ、もしかして僕に会いに来たとか!」

 クロ様は下駄をカタカタ鳴らしながら、私をほっといて彼女の元に向かう。浮気ですか? そんなゴミ虫に? あはは……あはははは……私は反射的に刀に手をかける。すると、今度は前とは違って抜き放つことができた。

「やぁ、またあったね。こんなところでどうしたんだい? クリエラよ」

 クロ様は気軽に彼女の肩に触れる。するとゴミ虫はビクッとなりながら振り向いた。そしてテンパる。

「うぇ⁉︎ ナンパですか! 私、そういうの受け付けないので! いくらイケメンでも初対面でそういうのは無理なんです!!」

「いやいや、僕だから。覚えてない? ここらへん二人で歩いたじゃん。それともこんな数日でアレを忘れるのかい? いやはや、ヒトの記憶の忘却能力は素晴らしいね」

 久々に肉の体を得たせいか、クロ様は性欲が爆発していた。このまま放って置いたらクロ様はあのゴミ虫をその気にさせて生殖する。

「ちょっ、ちょっと誰かと勘違いしていませんか? 私あなたみたいな男性……男性⁉︎ もしかして、ちょっ。クロ神様、後ろ後ろ後ろ後ろぉぉ!」

『臨戦体勢』になった私は一足でクロ様に近づくと刀を頭に叩き込む。全てはクロ様の体を穢さないためだ。だが、それは後ろを向かないままクロ様の手刀に弾かれた。

 刀の側面をピンポイントで狙われて。

「あぁ、最初の時は悪かったね。女性と気づかずおっぱい触ってしまった。ふむ。守衛の格好も良かったが、私服も中々可愛いらしいじゃないか? 男として声をかけずにはいられないような」

 クロ様が一音一音出すごとに私はコンジキとシロガネの二刀でクロ様をうち据えようとする。だがそれは全て片手だけで弾かれる。あぁ、やっぱりクロ様ってめっちゃ強い……隙が全くないよう。

「あの、クロ神様……後ろのトコヤミさんがめちゃくちゃ怒ってますが、その構ってあげた方が……」

 ゴミ虫の癖にまともなことを言う。もっと言って欲しい。過酷な旅をする中で強さが近づいた気がしたが、それは誤解だった。
 戦闘に神威使ってないのにここまで強いとか反則だ。クロ様がゴブリン退治した方が良かったと思う。

「君彼氏いる? 実はある幸運から今日だけ顕現することができてね。こんなところで出会ったのも運命だ。一夜の過ちを犯さないか?」

「がぁぁぁぁ! クロ様のバカァァァァ!」

 もう私はブチ切れた。怒りに従ってコンジキの真のギミックを解放しようとする。

「コンジキ、オーバーロード!! エクステンドプロミネー――むぐ⁉︎」

 解放しようとワードを呟こうとしたらクロ様に唇で唇を塞がれた。

「ぷふっ! だっ騙されませんよ! ちゅーぐらいで私の怒りは……んぅぅぅーーーー⁉︎」

 深い口づけがされる。舌が軟体生物のように動き回り、私の口内を侵食していく。離れようとするが、親指を極められているので逃げられない。そうして脳が蕩けそうになるほどキスをされると私は膝を屈した。

 クロ様と私の間で透明で長い糸が伝う。クロ様はそれを指で絡めとって口に放ると私に説教する。

「ぷはぁ、それは本当にシャレにならない。全く信徒の暴走にも困ったものだ。んっ? クリエラよ。なぜ手から逃れようとするんだい? はっはっは、僕が好みの女性を離すわけないじゃないか」

 するとゴミ虫は真っ赤な顔で目を隠す。

「いやぁぁぁぁ! そんなキスでギンギンになった物見せないでください。絶対ナンパでしょ! 私の体だけが目当てなんじゃないですかぁ。クロ神様って……えっ手離すんですか? 私逃げますよ」

 ゴミ虫はクラウチングスタートの準備をする。だがクロ様は腕を組むとゴミ虫の大きく突き出された臀部を撫で回しながら舌舐めずりをする。

「ふぅん。ここまで流暢に喋れると言うことは……何か君の方から用があったんじゃないか? 君お尻触られて逃げないって無理があるよ。早くぼくたちが止まっている宿に来たまえ。今日は暇だから」

「クロ神様。今から大変不敬なことをしますがよろしいでしょうか?」

 ゴミ虫は拳に神威を集中させるとクロ様に許可を頂こうとする。

「あぁ、甘んじて受けよう。さすがに僕もやり過ぎた。こう言う時のお約束は神も分かってるから」

「では……遠慮なく。死ね! このエロ神!」

「うっ、一片の悔いなし……」

 クロ様がアッパーカットで吹っ飛ばされる。あぁ、素手なら殴られてくれたのか。それが分かると私も『臨戦態勢』を解いてクロ様の顔面目掛けて鉄板が入ったブーツで蹴りを放つのだった。


「さて、どんなことを頼みたいんだい? 未来の愛しい信徒クリエラよ」

 痛む顎と頬と靴跡がついた鼻をさすって僕はクリエラに質問する。横ではマリアが威嚇していた。こらっ、大人しくしなさい。僕はマリアをなだめるためにブラの下からマリアのおっぱいを揉む。すると彼女は大人しくなった。

「はぁ……手身近に話しますね。早くしないと私もこの乳繰り合いに巻き込まれそうなので……」

「混ざりたくなったらいつでも混ざってもいいぞ? 僕は来るもの拒まずだ。まぁ、無理強いはしないが。それでどんな用件なんだい?」

「この写真を見てください。私の友達のエリザ=セイラムです」

「ふぅむ。優しそうな友達だね。君にぴったりだ」

 その写真は教会の前で撮られたらしい。黒い修道服を着た若いシスターが子どもたちに囲まれていた。
 子供たちは全員薄汚れた身なりをしているが、みんな幸せそうな顔をしている。慎ましい稼ぎでも助け合って生きているのだろう。その写真からは硬い結束がにじみ出ていた。

「でっ? 彼女がどうかしたのかな? 寄付かい? それとも暴力を傘にきた組の取り立ての阻止? 子どもの引き取りとかだと色々困るが……まだ、ちゃんと育てる自信がない」

 残念ながら、まだ土地も子どもを育てる施設や家財道具、教科書すら持っていないのだ。長期的な支援は厳しい。だが、クリエラはそのどれにも首を振る。

「いえ、エリザは……死にました。二週間前に襲われた旅人がいます。その旅人が乗っていた壊れた馬車にはこれが残されていたそうです」

 クリエラに渡されたそれは、ビリビリに引き裂かれた黒い布の切れ端。それと壊れたロケットペンダントだった。

 それを開くと、中にはクリエラとのツーショット写真が入っている。僕はそれを閉じるとクリエラにそっと返した。

「……なぜエリザが死んでいると? まだそれが決まったわけでは……」

「いいえ。私もゴブリンの生態ぐらいは知ってます。エリザは体が弱かった。それなのにあんな不衛生なところで体が無事なはずがない。すぐに病気になって肉として処分されているでしょう」

 膝上のマリアをひと撫ですると僕はため息をする。

「はぁ……なるほどね。だが、敬虔なシスターなら深めの傷でも綺麗さっぱり治せる。病気もだ。なんせ、下手な医者に頼るならシスターに頼めという言葉もあるくらいだからな」

 修行を積んだ修道女の癒しの術の効果は凄まじい。医者が論理的に直せないケガや病気も治せる。現に戦争での傷病兵の扱いもシスターに依頼されることが多かった。

「確かに彼女の癒しの術はピカイチです。でも副作用も激し過ぎます。ケガを追うたびにそんなことしてたら、体力も神威もすぐに亡くなってしまいます」

 クリエラは死んだと決めつけているようだが……守るものがあるヒトというのは生きることに強かだ。

「これは僕の経験則で気休めにもならないが……女性はドタンバで男よりも圧倒的に強い」

「はぁ?」

「強さがじゃない。精神がだ。大人しい彼女の側面しか見たことない君には想像がつかないだろうが……君らヒトは生に執着するととんでもない力を発揮する。僕ら神々が驚くような底力をね」

「クロ様はエリザがまだ生きていると?」

 彼女は期待を持った目で見つめるが、断言できるほどではない。

「確実に死んでないとは言えないさ。でも必死で生き延びているかも知れない。そうとなれば死んだと決めつけるのは彼女に失礼な話だ。僕は大穴狙いなんだ。彼女の生存に一転賭けだ」

「クロ神様……」

 クリエラは感動したかのように僕を見つめるが、衣服が乱れきったマリアを見ると冷かかな視線を送った。

「……カッコイイコトを言う時ぐらいマリアさんとするのやめてくれませんか⁉︎ そっちが気になって仕方ないんですけど!」

「ふっ……なんだかんだでマリアがもう限界のようだ。じゃあ君の依頼は受けた。ちょうどゴブリン共にカチコミ明日入れてくるから」

「はっ⁉︎」

「クロ様ぁ……私。私」

 スイッチが入ったようだ。こうなれば殺意などクリエラの殺意などは消え失せるだろう。さてここからが、力の入れどころだった。

「さてマリアも出来上がったところで君も混じる? 僕はそれでも一向に構わない……ぶっ!」

 クリエラの鋭いゲンコツが鼻に叩き込まれる。なかなかいい一撃である。鼻血が出てしまった。

「ケッコーです! クロ神様には幻滅しました。どうぞお二人で心いくまで楽しんでください!!」

「やれやれ、振られてしまったか……結構好みだったんだがな……」

 そうげんなりしているとマリアが僕の内太腿を指でつねった。痛い、痛いって。

「あんなゴミ虫より私がいます。クロ様の忠実な道具である私が」

「ふふふ、忠実な信徒? と言うのは語弊があるが僕も求められて悪い気はしない。さぁ、ベッドに行こうか。たっぷりと爪先から頭の先まで全て可愛がって上げよう」

「はい、クロ様」

 こうして僕は、マリアをお姫様抱っこすると、ベッドの上に落とす。そうして彼女の上に跨ると情熱的な愛を彼女と育むのだった。


 

 

 


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