クロ神様は生き残りのポンコツ信者のせいで大変です。

第十一話 最終決戦


『長かった。本当にここまでくるのは長かったぁ〜』

 ついに僕たちは、中央砦の奥深くへと侵入を果たしていた。

「そうですねぇ〜。まぁ、私は楽勝でしたが⁉︎ あはははははは! ふぅぅぅぅ! 

ぶちぶちぶちぶち!

 ソーセージでも噛みちぎっているような音がなるが別に食べているのは腸詰ではない。

 ゴブリンの指である。

 マリアはゴブリンに馬乗りになりながら、指を一本一本食いちぎっていた。もうね、すんごい楽しそうなのよ。
 拷問楽しがる女の子ってどうよ? 最近のトレンドなの? はぁ……癒しが欲しい。この子殺伐としすぎて辛い。

「さぁさぁさぁさぁ、早く味方を裏切ってください。指がまだ残ってるうちに! 早く私に道を示しましょう。それがあなたのできる最も尊い贖罪なのだから!」

「ギッ、ギギィィ……」

 ゴブリンは唯一残った左の小指で敵の大将がいる部屋の方角を指す。そうして場所を確かめるとマリアは聖母の如き微笑みを見せた。

「よくやりました。ではお礼に頭を噛みちぎってあげましょう」

「ギッ⁉︎ ギィ、ギガァ、ギュピ」

 相変わらず情緒不安定のマリア。殺すことを救済と言っちゃいけないよぅ。
 でもまだ希望は捨てちゃいない。僕のゴッドハンド(物理)とエリザのハンドパワーが合わされば正に鬼に金棒。
 だから、本当に生きていて欲しい。このままの状態だったら僕はマリアを御し切れる自信がない。

『さぁ、愛しい信徒のマリア。それぐらいにして奥へ行こう。メインディッシュが君を待ってる』

「くんくん、くんくん……はっ、確かにこっちから他のより旨そうな匂いがしますね。喰わねば!」

 マリアは匂いを頼りに入り組んだ廊下をどんどん突き進んで行く。四足歩行で駆けながら。

 なんで二足歩行で走るより四足歩行で駆ける方が早いんだよ。早く人間の本能を取り戻させないと。そう感じながら僕は気を引き締めるのだった。

 


『あーもぅ! なんで投擲するのかなぁ⁉︎ 近づいて刀で叩けば一瞬で終わるだろ。バーカ! マリアのブワァーーカ!』

 コンジキとシロガネの投擲はボスゴブリンの耳にかすっただけだった。敵は今も誰かを抱えたまま必死で逃げている。

 大事なことなので二度言った。ピンピンで逃げている。不意打ちすりゃ殺せたものを。

「うっさい、うっさい、うっさい! ちょっと落ち着かせて下さい。さっきからイライラが止まりません。お薬クロ様が取り上げるから!」

『バッドトリップするからだろう。そんな状態で渡せるか』

「じゃあこれ終わったら一発打たせてください。体がウズウズして仕方ありません」

 マリアはそう言うと四足歩行から二足歩行に戻り呼吸を整える。

『……おいおい。そこで止まるのか。敵との距離がだいぶ開いてるが?」

「黙って下さい。心を落ち着かせてるんです……敵に追いつけるように。ぶつぶつぶつぶつ……これなら」

 マリアはその場で屈伸をすると、肩や首を鳴らす。そして軽くステップを踏んで助走をしたと思うと壁に向かって斜めに跳ねた。

『うぉっ! 景色が……』

「あはははははは! はははははは! これ早いでしょ。クロ様!」

 彼女は縦横無尽に足で壁を蹴りながら、スケート選手のように体を回転させる。
 その加速効果は素晴らしく豆粒のように小さかった親玉が、はっきり目視できるようになっていた。

「はい。追いつきました……よっ!」

 マリアはすぐにボスゴブリンに追いつく。そして勢いそのままに背中目掛けてドロップキックを放った。鉄板が入ったブーツで背骨を蹴り砕くように。

「ギギィャ!」

 それは見事にボスゴブリンにクリーンヒットした。奴は悲痛な叫びを上げながら大広間の方に蹴り飛ばされて行く。抱えていた女の子を離しながら。

『よし。よく女の子の方を優先させたな。愛しい信徒のマリア。僕は君が成長してくれて嬉しい……ってなんで君はヨダレをだらだらと流してるのかな?』

「旨そうな肉ですよ、肉。血のしたたる。しかもまだ生暖かいし、これ……食ってもいい――」

『うん、やめときなさい。生存者を死亡者にするのは。えーと……どれどれ? うぅん。こりゃあ痛々しい。まさか孕まされてるとは……』

 女の子は奴の慰み者にされていたらしい。それに加え,拷問もされていたのか。朴の肉がこそぎ落とされていた。このまま放置すれば一生傷は残るし、お腹の張りから見ていつ出産してもおかしくなかった。

『マリア。この子に神威を少し分けてやれ。見殺しにしたんじゃ気分が悪い』

「はぁぁぁぁ? 気が乗りません。分けさせたいなら今後私以外に信徒を作らないと約束してください。それをしたなら助けてあげなくもないですよ」

 マリアはこれまでにないほど調子に乗っている。敵がどんな隠し球を持っているか分からない以上、無駄な時間はなるべくかけたくなかった。

『下らない駄々をこねずにさっさと神威を渡せ、マリア』

「んん⁉︎ かっ体が勝手に……」

 マリアは必死で抵抗するが、僕は無理やり彼女の体を操る。そうしてマリアに自然治癒が始まり出す程度の神威を怪我人に渡させた。これで安心だ。後は勝手に治るだろう。

 出産は……僕がさっさと奴を倒せば問題ない。奴を倒した後に、僕のゴッドハンド(物理)で赤ん坊を摘出してやる。

『左ー向けー左! そのまま前進!」

「わわわわ。クロ様私の気持ちを無視するなんてひどい! したくないって言ったのにぃぃぃぃ!」

『僕の指示が気に食わないなら、信者をやめろ。そのまま前進。いっちに、いっちに』

「うわぁぁぁぁん! クロ様のイジワルぅぅぅぅ〜〜!!」

 なんだかんだでワガママを許していたが、大詰めでは違う。気を抜いて反撃されたバカをこれまで嫌と言うほど見てきた。
 ここまで来たのだ。僕にはマリアを成功させる未来しか目指していなかった。

「さぁて、これで終わりかな? ゴブリン君」

 マリアが拗ねてしまったので僕は彼女と入れ替わっていた。そうしてコンジキを肩で叩きながら敵の親玉に問いかける。すると目が真横に動いた。

「ギ――」

「おいおい……言葉が分からないふりをするなよ。下等民族。そんなにお前はバカなのか?」

「ギャギャギャー!」

 ゴブリンはその一言にキレたのか。僕に向かって突撃を仕掛けてくる。だがそんな大ぶりな攻撃は当たらない。この返しの一撃で終わりだろう。

「これで終わりだ」

「ギィ――!」

 僕は胴体にコンジキを叩きつけゴブリンを壁に叩き飛ばす。そう壁に叩きつけた。断ち切ろうとしたにも関わらず。これはまずい……

「チッ……こいつスキルと神威も使えるのかよ。全く。無駄に賢いとめんどくさいなぁ」

 あまりにもバッタバッタ倒してるからうっかり忘れていた。身体能力が強い魔物が神威とスキルを使うと非常にめんどくさいことに。

「くっくっくっ……ハッハッハッ! ハァーーーーハッハッハッ! その程度か!! やはり凡俗。王たる俺には勝てんのか!」

 一撃で仕留めきれなかったせいか、奴は大いに調子に乗る。

「やっぱり話せるじゃん。お前……」

「当たり前だ! 人間の話す言語如き王たる俺が覚えられない訳がないだろう。そんな鈍では俺の強靭な肉体が壊せるはずはない。お前の負けだ。小娘よ!」

「言っても理解できないだろうがね。僕は男だよ!」

 弾き飛ばしてもダメージはあまり出ない。とすれば、手数で勝負である。とにかくぶっ叩く。僕はスキルを発動しラッシュをかけた。

「ブレイドダンス! ブレイドダンス!」

「ぐぅぅぅ! ぬぅぅぅぅん」

 おっと。通常攻撃では効果が薄くても、さすがにスキルの二連続(正中線四連突+斬り上げ斬り下げ)は応えるのか。ボスゴブリンは苦悶の声を上げる。
 しかし、敵も愚図ではない。二回目のブレイドダンスはしっかりガードしたのか。怯まずにこちらがスキルを使用した硬直を狙って体重を乗せた一撃を放って来た。

 僕はとっさに二刀を重ね合わせて、ガードをする。だが、それの勢いに耐えきれる訳もなく壁に叩きつけられる。そして地面に頭から落ちた。口に砂利が入って気持ち悪い。何食わぬ顔で立ち上がると僕は血が混じった唾を吐いた。

「うぇぇぇ。ペっ、ぺっ、砂入った、砂。あ〜口の中ジャリジャリする」

 変な顔で唾を吐きまくる僕にボスゴブリンは顔を引き吊らせた。

「ちっ……対して効いていないか」

「まぁね? 僕の攻撃も致命打にならないが君の攻撃も大したことはないわけだ。やれやれ。全くめんどくさい」

 なんてことのない調子でコンジキとシロガネをジャグリングすると、ボスゴブリンは顔を震わせながら歯がみする。
 ふぅ。相手が僕みたいに鑑定とか持ってなくて良かった。そんな無事でないことがすぐにバレたから。

(いっでぇぇ! ヤバイぐらい痛いんだけど!くそ……ジャスガしても余波だけであばらニ、三本いったよ。こいつ無駄に攻撃力と防御力強ぇぇ……プルプルするなよ、僕の足。体力減ってるの絶対バレるから……)

 そう。ボスゴブリンのHPバーが一割程度しか削れていないのに対し、僕のHPバーはさっきの一撃で三割ほど減っていた。レベルは同じぐらいだと言うのに、称号込みでも速さ以外のステータスはあちらの方が上だ。

 もしかしたらユニーク個体だったのかも知れない。ブラフで互角に見せているが、実際は僕の方が圧倒的に格下だった。ハッタリかまさなければ、あっという間にこっちがやられる。

 そうして状況が膠着すると深読みするボスゴブリン。

「なるほど……俺の方が弱いことは認めよう。兵七万を倒したお前を俺は倒せない。だが、お前も俺を倒せない。違わないか?」

 あいつが人間並みに賢くて良かった。ある程度賢いと戦略が効くから助かるから。こんな相手に正攻法で勝つなどマリア本人でなければ無理である。

「ふぅん……」

 その質問に対して僕は肩をすくめる。お前の方がマリアより強いよ、ブァーカ! 体力120万とかありえんだろ! こっちは24万だぞ。死ぬわ。死ぬ!

 だがバレてはいけないので、不敵な笑みは忘れない。

「おいおい。ずいぶん弱気じゃないか。ゴブリンの王を自負する者が。下々の僕を認めると言うのかい? 雑種であるこの僕を」

「そうだ。貴様は俺より強い。だが勝敗は別だ! 時間が経てば立つほど体力とスタミナがある俺の方が有利だ。残念だったなぁ! ここまで来て強さではなく種族差で勝負が決まるなんて!!」

 どうやら兵七万を倒した実績から僕の虚構の強さに騙されたらしい。相手が社会経験少なくて良かったよ。マリアも僕もタイマンに特化してないから。

「そいつは……どうかな! ブレイド――」

「甘い甘い! スキルの使用宣言など素人がすることだ。長期戦で頭がボケたのか!」

 奴は避けることを放棄して防御スキルを使う。うっすら光ることを確認すると僕は通常攻撃に切り替えた。

「はい、嘘。おりゃりゃりゃりゃりゃやっ!」

 僕は威力を気にせずに滅多斬りをする。どうせ意味が分からないだろう。こいつには。

「なっ! バカめ! 無駄だと言っただろう。貴様の攻撃は……ぐふっ!」

「今度こそブレイドダンス!!」

 奴がガードを崩すことが分かっていた僕はブレイドダンスを発動させる。今度はしっかり直撃した。おまけにクリティカルが出たようだ。敵の体力が二割ほど減る。

 結果的に敵の体力は六割ほどになっていた。

「くそ! 卑怯な……こんな手が二度通じるような俺、ガハッ……なんだこれは。血……?」

 ゴブリンは手を震わせながらそれを拭うと僕に恐怖の目を向ける。訳が分からないのだろう。直接的なダメージはそれほど食らっていないのだから。

「やっと効いてきたか。全くここまで打ち込む羽目になるとは思わなかったよ。黒紫龍戦を思い出す」

 今よりもずっと昔に信者全員で討伐した懐かしい記憶を思い出す。それと強さは全然違ったがめんどくさは一緒ぐらいだった。まさか呪い耐性持ってるとか。そのせいか、罪過が発動するのにやたら時間がかかった。

「くそ! なんだこれは! 体が内側から千切られそうだ!! ぐぅぅぅ!!」

 青痣が次々とボスゴブリンの体の正中線上にうっすらと現れてくる。僕はそれを見ながら唇を歪ませると、白い犬歯を剥き出しにして距離を詰めるのだった。

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