クロ神様は生き残りのポンコツ信者のせいで大変です。
第六話 不穏な兆し
「おはようございます。クロ様」
昨日は嫌いな野宿だった。そこでちょっとした改装をするとぐっすり眠れた。おかげで朝から調子がいい。
『おはよう。愛すべき信徒マリア。ところでこのグロテスクな状態はなんだ。僕に分かるように説明しなさい』
クロ様は朝からフキゲンだった。どうやら真っ赤な血のカーペットはお気に召さないらしい。私は昨日の一件を改めて説明する。そうするとクロ様はいつものようにため息をつくのだった。
『なるほど、思っていた異常に敵が多くてびっくりした。それで罪過が思った以上についたので街に帰れず、結果的にいっぱい倒してました。まぁ、いいよ。ここまでは。結界張って死体が腐るのも阻止してるしな。ただな? 愛すべき信徒マリアよ』
「はい、なんでしょうか? クロ様」
『普通別のところで寝るだろう。なんで君、同じ場所に留まってるんだ』
「獲物取られたくなかったからです。死体放っておくとまた耳だけ取られちゃう」
「一匹や二匹ぐらいいいから。とりあえず大量発生の証拠の分だけ取って町へ帰れ。8割ぐらい見せればギルドもそれで動く」
「分かりました。じゃあ800匹分耳をそります。ふん、ふん!」
鼻息荒くゴブリンの耳を削ぐ私。そうしているとクロ様が嘆く。
「倒しすぎだ。全く……今ギルドに使い魔飛ばすから、ちょっと待ってろ。はぁ……この戦闘狂め……こんなの拾うんじゃなかった」
それは少し言い過ぎでは無いだろうか。私だって女の子なのだ。そんなに露骨に態度で示さなくても……
「クロ様だって戦闘民族作ったくせに……」
「うちの一族そんなに、強くは作って無いから。はぁ〜ぁ。育成ってのは難しい。tokotonゲェムtohtigauna」
また共通語じゃない知らない言葉をすらっとクロ様がくちづさむ。水の流れるような静かなきれいな音の響きだ。
私も覚えたいが全く覚えられない。『臨戦態勢』まで使っても全然分からないのはちょっと凹んだ。そうして覚えるのは諦めていたのだが……やっぱり覚えたい。
「ゲェムってなんですか?」
『あーしまった。またnihongo喋っちゃったな。んー……説明が難しい。まぁ、ゲェムってのは遊びだよ。今の仕事と似たようなものかね? 僕がずっとずっとに昔にハマってた遊びさ』
「どんな遊びなんですか?」
「どんな……うーん。ラドバスみたいな。ほら、あれ手持ちのコマを育てたり、進化させたり、相手のコマ奪って自分のコマにできるじゃん。あんな感じ』
「はぅ……頭使うのは苦手です」
遊戯版で遊ぶのはとても面白い。だが、ラドバスは無理だった。あれはルールが難し過ぎる。あっけなく自コマをけちらされ本丸を落とされるのだ。クロとではまともな勝負にならなかった。
『うーん、喋ってたらまたやりたくなったな。メグさん。今、暇してる? ラドバスやらない? ラドバス。今日は久しぶりに最高難易度で勝っちゃる』
『ふっ、ふっ、ふぅ。マスターが、私にもう一度勝つのは、百年経っても、無理ですよ。でも受けて立ちます! 勝ったらいい加減ボディ下さい。もう削られすぎて私、音声と文字だけになってますから』
「分かった。それなら勝ったら立ち絵を戻してやろう。ボディは勘弁して下さい」
メグさんはご主人のハートを射止めるためにボディを常に求めている。私はメグさんよりもクロ様に勝って欲しい。だってライバルは少ない方がいいから。
すっかり日が沈んで酒の匂いがほのかに漂うハンターギルド。
そんなギルドに私たちは帰ってくる。私の体を乗っ取ったクロ様は早足で受付へと向かった。
ゴブリンが1000匹も私めがけて襲ってきたのだ。この駆除はギルドが主導でやらなければならと私に強く仰った。
乱戦に強い私以外なら確実に殺されているからしい。そうしてゴブリンの数と種類を詳しく話して行くが受付は大量発生を認めない。彼女は、のらりくらりとクロ様の質問をかわしていく。
「ゴブリンの大量発生ですか……そんな報告は上がってませんがね? どうも信憑性がたりません」
「だったらこのゴブリンの耳800個をどう説明をするつもりなんだい? 君は。うん? 未来の可愛い信徒たちの証言もあるんだぞ」
「ルーキーからコツコツ買い漁ったのではないですか? トコヤミさん、あなたが」
クロ様はそのバカバカしい返答に目を見開く。彼がこうして証拠を突きつけているのに動かない。それは、はっきり言って異常だった。
(私、脅しましょうか?)
(君は黙っとけ。これは僕の得意分野だ。圧力かかってるな……こりゃ。引っ張り出すのは僕しか無理かよ……くそ、くそ、くそ。早くしないとまたおかずなしだ)
クロ様は苛つきながら話す。神威を多少なりとも使っていることが気になるのだろう。おかずが減るのがご不満らしかった。
私ならライスとスープだけでも我慢できると思うけど……
そうやってぼんやりしているとクロ様は攻め方を変える。
「はぁ〜……そう来たか……なら、ここ最近の行方不明者の急上昇はどう説明する? それも僕がコツコツ買い漁ったとでも言うのかい?」
「まさか、たまたまでしょう。街の外は何かと危険です。最近近くの砦に盗賊が住んでいますしね? 彼らのせいじゃありませんか?」
クロ様はニッコリ笑った後に受付台を思いっきり叩く。我慢の限界だったらしい。めちゃくちゃ怖い顔をしていた。
「あまり僕をバカにするなよ。何が盗賊だ。人っ子一人いないもぬけの砦のくせして」
けれど、受付員はそれをさらりと受け流す。
「今は遠征にでも行っているのでしょう。数日前に盗賊団が南西に進出しているとの情報が入っています」
「それ、どこの情報だ。そんなの聞いたことがないぞ」
私たちはこの町に基本滞在している。そんな盗賊の情報は今日まで知らなかった。冷静に考えたら、ちょっとおかしい。
盗賊の討伐依頼が塩漬けになっているなど。
「ギルドの調査員が独自に入手した情報です。あなたが知らないのも無理があるでしょう。さぁ報酬を受け取ったらさっさと帰ってください。長蛇の列ができ始めているので」
ラチが開かない。そう思ったクロ様はさらに確たる証拠を突きつける。
「未来の愛しい信徒、フライ。例の袋を僕に渡してくれ」
「はい、トコヤミさん」
そうして袋を受け取ると普段のクロ様からは考えられないくらいに口調が荒っぽく変わる。
「おい、信徒にしたくないガンコ女。お前はこれを見てもそんなバカみたいな言い訳できるかな? 目かっぽじってちゃんと見ろ」
クロ様は数ある袋から凍らせたそれを見せつける。ちょっとショッキングな物だが仕方ない。多くの群衆の目が必要なのだから。
「あ、あなた! 何でそんなものを」
それは行方不明者の死体であった。一ヶ月前、行方不明届が出ていたシンディー・クラフトの。
「これが唯一まともだったんだよ。他の死体は損傷率が酷かったんでね。置いて来たんだ」
「これをどこで……いや、それは構いません。行方不明者の生死が確認されました。他にあった物などは……」
「手帳はあったがね。内容は……とても口には出せない。悲痛な最後だったんだろうね。ただ、この子は色々残してくれたよ。そこにいた痕跡をしっかりと」
「それはこちらが審議を確認します! だから、早く死体を」
彼女はずだ袋を力任せに奪おうとする。だが、これは『臨戦態勢』をしたマリアの肉体だ。強引に奪うくらいならさっさと大量発生を認めた方が早かった。
「やれやれ。じゃあ一から説明してあげよう。みんなもこっちに来てくれ。色々君たちも気になっているはずだから」
その発言で彼らはクロの周りに集まって来て死体を注視する。すると彼らはどよめいた。
「こいつは……」
「そう、手の刺青の色と形はこの地方のゴブリンが刻んだ特有の紋様だ。あいつらは所有物に紋様をつけたがるからね。それにこの子はこれを着せられていた」
クロは死体をその場に出す。すると彼女は上半身は灰色のシャツ。下半身は腰ミノを履かされているのだった。
「腰ミノを履いてるのは機能的だからだ。あいつらどっちかと言うと獣に近いからな。それに商品価値の下がった女を盗賊は狙わない。また、盗賊も腰ミノを履かせる理由が見当たらない。ゴブリンからかすめとったみたいだしね。そんな真似プライドの高いあいつらがするもんか!」
「ゴブリンの大量発生か……それが本当ならやべぇな」
「なぁ、あんた。どこでそれを見つけた。もしかしてこの町を囲うようにして建てられてたんじゃないのか? その洞穴は」
それにクロ様は鷹揚にうなづく。
「正確には確かめていないけどね。まぁ、方角的にそうだろう。この町の四隅に配置されるように散らばっていたよ」
これで納得するかと思われたが受付員の彼女はなおも食い下がった。
「そんな、一体だけの死体で全てが同一の被害であると言うのは早計です! それだけでは納得できません!」
「はぁ、これ以外の死体は本当に見せられた者じゃないんだけどね。君がそこまで強情なら開こうじゃないか。後悔するなよ?」
「なっ、口からでまかせを!」
「でまかせだと思うならそのまま指を加えているがいいさ。僕には怖いものはもうとっくにないんでね。未来の愛しい信徒エデン、追加だ。現実を見せてやれ」
雇ったポーターは新たに犠牲者を袋から出そうとしていた。しかし、それは止められる。
「主神様。そこら辺でこの子をいびるのはやめてくれませんか? 彼女も貴重な職員ですので。潰されると困るんですよ」
それは柔和な男だった。私よりも少し年上であろうか。だが、内に秘めた力は私よりも確実に上だった。感知能力が鈍った私でも分かるくらいに明確な差が感じられる。
「はん! やっと正体を表したか……ハンターズギルアクラ支部。支部長のアラン・シモン! 理由はたっぷり応接室で聞くよ。やんごとなき事情もありそうだしね」
そう言うと彼は神威を外に出さないまま膨らませる。苛立っているらしい。大したポーカーフェイスだった。さすが支部長。面の皮の厚さは犯罪者並みだ。
彼は私の肩に触れると逃げられないように、絶妙な力でコントロールする。
「私もこの情報を外に出されるのは少々困ったことになります。こちらが先に提案したかったぐらいです。さぁ、参りましょうか? 主神様」
「はっ、望むところだ。しっかりきっちり吐けよ。どれだけ都合が悪くても。それとこの姿の僕を主神様と呼ぶな。トコヤミさんと呼べ」
「これは失礼しました。トコヤミさん」
こうして一神と一人は、詳しい事情を聞くべく、二階の応接室へと移動するのだった。