クロ神様は生き残りのポンコツ信者のせいで大変です。
第三話 神様からのプレゼント
「未来のかわいい信徒クリエラよ。今日は助かった。最後に手を出してくれないか? こう、お椀を持つように」
クロは大変満足していた。道具屋で回復薬を摂取して体をある程度治し、報酬金もしっかり受け取っただからだろうか。いつも通り彼はとても重たいお礼をする。
「はい? いいですよ――うぉぉぉぉぉぉ! ななななな何ですか! この小切手は!!」
クリエラは突然手の中から湧いた小切手に慌てふためく。金貨二枚と書かれていた。こんなもの、一度もお目にかかれないものであり、彼女は腰を抜かした。
「ふふん。ちょっとした報酬さ。喜んでくれてかい? これは少ないんだが……受け取ってもらえるか? 感謝の気持ちだ」
その金額は派手な使い方をしなければ働かなくても何ヶ月も暮らせるものであり、彼女は当然拒むのだった。
「いやいやいや! そんな恐れ多い! トコヤミさんに報酬をもらうなど。私は職務としてあなたを運んだのです。そこに金銭が発生するなんてあり得ません!!」
「なっ……なんだと! 君はこんなのでは足りないと言うのかね? いや、それもそうかも知れない。僕は大事な職務を放棄させたのだから!!」
クロは甘い考えをしていた自分を叱る。乗り物代わりとして信徒でもないヒトの体を使ったのだ。
これでは確かに足りないかも知れない。そうすると彼は小切手の金貨を二本線で消して金貨三枚と書こうとした。それにいやいやと顔を振るクリエラ。
「違います! 違いますぅぅ。お金が足りないんじゃないんです! お金がいらないんです!! こんなの金銭感覚狂いますぅぅ〜」
クロは一瞬固まる。言っている意味が分からないのだ。金が欲しくないとはどう言うことだろうか。
「えっ……お金要らないの? これ金貨だよ。金貨。いっぱい買い物できるよ。楽できるよ? 働かなくてもいいよ? 仕事大変でしょ。ほらっ……僕、思ったよりも稼げるから」
「うぅぅぅぅ……なんて目で見るんです……」
あまりにも曇りなき瞳で見据えてくるからだろうか。彼女はその黒水晶のような美しい瞳にたじろぐ。しかし、守衛には逃げ道があった。彼を止めるための逃げ道が。
「はっ、これを受け取ってもこれは私のものになりません。多分押収されます。神からの危険物だと。金貨を無理やり没収されます。身体検査で体を弄られながら!!」
「……!」
体は弄られないが、押収されるかも知れない危険性はあった。なんせ金貨様と同等の価値があるのだ。これなら優しいクロは彼女に報酬を渡せなくなる。神とは気安い存在ではない。近寄り過ぎてはいけないのだった。それを思い知った。
「あ〜……そうか。そうだよな。おかしいもんな。神様運んだら金貨もらったって。そうか、僕を運ぶビジネスができてしまうのか……」
クロに取って報酬とは神威や金でしか渡せない。言葉ではあまりにも軽いからだ。軽くて渡した感覚がない。渡すなら目に見える形がいい。それが彼にとってお礼を渡すアイディンティティーだった。
そうして悲しんでいると、クリエラは胸を張る。
「先ほどのお言葉だけで私は満足しました。ですから、お金は大丈夫です。これ以上は胃もたれおこしそうですから。あははは……」
クリエラは笑顔で笑うが、どうもぎこちない。やはりやり過ぎてしまったのだろうか。明らかに一歩引いていた。
クロとしては信徒に嬉しいことをしてもらっては誠意を持って返すのが、仕事だ。それが存在意義だ。この体になって一番嬉しいことだろう。
しかし、どうやら神の思いはヒトにとってとても重いらしい。彼はおもむろに胸ポケットの手帳を開くと、さらさらと何かを書き込む。そして書き終えると、強引にクリエラの手に握らせるのだった。
「そこの宿にしばらく泊まってるから。何か困ったことがあったら僕を頼ってくれ。困ったことがなければ別にいい。受け取った上で捨ててくれても構わない。ただ、これは僕の気持ちなんだ。受け取ってもらえないと僕は……僕は……」
「あっ、トコヤミさん! 行っちゃった……」
クロは彼女にメモを渡すと逃げるように去る。分かっていた。この世界は現代ほど無宗教ではない。みんな心に誰かを思い浮かべているのだ。
縋るものがなにもないヒトなど滅多に存在しない。この空っぽになった心を埋めるものなどそう簡単には見つからなかった。
クロ様が泣いている。心の中でまた泣いている。寂しい。寂しいと。どうして拒むのだと。僕の愛を受け止めてくれ。受け入れてくれ。僕を神様でいさせてくれと、シクシク、シクシク泣いている。
「クロ様。寂しい……ですか? 泣いていますか?」
『ふんっ! これは涙なんかじゃない。心の汗だ。汗っかきなんだよ。僕は』
「……? 心臓にも汗って……かくものなんですか? ほえ〜」
内臓に汗なんてかくっけ? そうして自分の記憶を探っているとクロ様はダンマリする。あぁ、私また間違えたんですね。ごめんなさい。
「僕が悪かった。もっと簡単な例えは……あー、なんというか。ほら、あれだ! これは反射だ反射。熱いものに手を出したら考える前に急いで手を引っ込めるだろう? それと一緒さ」
「あぁ、そう言うことですか。とっても分かりやすいです……ふふふ」
クロ様とは不思議である。神様とは理解し難く、理不尽で、壮大で、縁がないものだと私はずっと思っていた。
それなのに、今の私にとってはクロ様が、クロ様だけが私の全てを理解してくれている。
いつもの燃えるような、狂おしいほどの殺意が心の中に湧き上がってくる。クロ様のために働きたくて仕方がない。異教徒殺すべし。クロ様の敵は滅ぼすべし。
私はコンジキとシロガネの二振りの直刀を腰に括りつけると、出かける準備をする。そう、全ては神命だった。汝、隣の異教徒は全て殺すべしと……
これにクロ様は待ったをかける。
『待った。そんな物騒な神命出してないから。衝動的に武器を持って虐殺しようとするな。肝が冷えきってしまう。恐ろしい信徒マリアよ』
「むぅぅ……クロ様優し過ぎる」
あの事件以降クロ様はなかなか私に神罰をさせたがらない。力とは鮮烈なものだ。強烈なものだ。あの命を断つ感覚は素晴らしい。
血の雨を降らせたら、絶対信徒は増えるはずなのにクロ様は我慢しろと仰る。
『一般常識に従っているだけだ。いいか? 僕の理念は正しくは汝、隣の異教徒に対し、可能なら相互不干渉を貫くべしだ。中立地帯で宗教戦争なんか初めたら大変だ。僕たちはあっという間にこの世界の全てからボッコボコにされるぞ』
「だってアイツクロ様の気持ちを無視した。優しいからつけ上がる。ただの虫けらの癖に……」
クロ様を貶められたままじゃ納得しなかった。私は神威で押さえられている足を必死に前に出そうとする。
『名前はきちんと覚えよう。彼女の名前はクリエラだ。可愛い信徒マリアよ』
「そんなの、どうでもいい。アイツ殺させてよ、クロ様!」
「まぁ、待て。想像して汲み取るって言うのは大きなメリットだ。クリエラは僕を尊重して金貨を断った。その気持ちを汲み取ってやらなくちゃ。君も他の神様からワイロもらったら僕に対してモヤっとしないか?」
「それは……分かりたくありません。そんなの分かんない」
気がついたらヒノモトで、家族全員奴隷として働かされていた。だから、ヒノモトが私の生まれ故郷であり、他の神様のことなど知りたくもなかった。
「じゃあ愛する信徒マリアよ。君は僕が褒美でゴミみたいな物を与えるのと、他の神様が与える素晴らしいもの。どっちがもらいたい?」
「クロ様の与えるゴミです。他の神様のものなんて……何も要りません。どんなに凄くても私にとってはゴミ屑です」
当たり前のことだった。クロ様の褒美ならなんでも欲しい。言葉でも思いでも目に見えるものから、見えないものまで丸ごと欲しかった。
『君ほど極端ではないが、多分クリエラもそう思ったんだろう。他の神様のものをもらったら背信行為になるとね。いやはや、僕も軽率だった。ほらっ、手厚くされたのが久しぶりだったものでね』
「クロ様のそういうところ。私は嫌いです。無理やり言葉にしようとするところ……」
理屈で納得させるなんてずるい。私なんて生まれてからたった十五年しか経っていないのに。知恵で勝負するなんて不公平だった。
『ケガが治ったとはいえ、まだ体力が戻っていないんだ。ゆっくりお休み。一番危険で一番頼りになる信徒よ』
目がだんだん開けられなくなる。でもこれだけは言わなければならなかった。あいさつは大事だから。
「おやすみ、クロ様。貴方のことが……大好……き……です」
「おやすみ、可愛い信徒マリアよ。たっぷり寝るんだぞ? またケガでもされたら困るからな」
私は沢山の人に好かれたいとは思わない。沢山の人なんかより、クロ様とずっと二人きりが良かった。だって異邦人の私を愛して、鍛えて、救ってくれた唯一の神様なんだから。
そうして私は三日間。死んだように眠るのだった。
用語集
ハイヤー地方 南西部 ハンター街 サリアド 危険度⭐️⭐️⭐️⭐️
ありとあらゆるハンターが種族のしがらみなく集まる街。それ故に治安が群を抜いて悪く、まともなヒトは一日たりとも危険すぎて滞在できない。しかし、情報の精度、種類、多さはピカイチであり、金と頭を正しく使えば手に入らない情報はない。ここでクロは千変万化が流すダミーの情報の癖を見破り、自分もダミーの情報を流す。そこで間違った情報で千変万化を誤解させ、潜伏場所を限定し彼を炙り出した。
ハイヤー地方 中央部 宗教中立商業都市 アラク 危険度⭐️⭐️
違う宗教を信じている種族がごったがえすサラダボウルの聖神連合軍が所有する商業都市。宗教上のとっぱらいがされており、宗教上の理由でのいさかいが全面的に禁止されている。また、自宗教への強い勧誘も法律で禁止されている。しかし、この二点の法律違反を犯す信者が後を絶たない。
金銭
銭貨が100枚集まると銅貨一枚 日本円で百円 紙で代替可能
銅貨が100枚集まると銀貨一枚 日本円で一万円 紙で代替可能
銀貨が100枚集まると銀貨一枚 日本円で百万円 紙で代替可能
クリエラは数百万という大金に腰を抜かした。お駄賃としては銅貨50枚ぐらいだったから。だからクロの例えはそもそも間違っている。