クロ神様は生き残りのポンコツ信者のせいで大変です。
第七話 最悪の救世主
「さぁ、話せ、きびきび話せ。ごたついたら、愛しい信徒のマリアに代わるからな。この子は頭ぶっ飛んでるぞ〜? クエスト中に味方の指バキバキに折ったからな。おっぱい触られただけで」
罪過溜まってないのにである。いや、あれは本当にビックリした。やりすぎだ。すると心内音声をスピーカーモードにしといたせいか、マリアがとんでもない秘密をゲロった。
『違います。クロ様以外には触られていません!! 指一本たりとも! 私は五年前からずっとクロ様の女です」
「お願いだから黙ってろ。バカな信徒マリア。話がこじれる」
久々にクロは直情的に怒る。するとマリアはおっかなびっくりするのだった。
『はい……すいません。奥に引っこんどきます』
奇妙な沈黙が流れる。やめろ。そんな目で僕を見るな。仕方ないだろ。ヒト寂しかったんだ。メグさんで処理するのちょっと飽きてたんだよ。金髪碧眼ロリに走って何が悪い!
「ふぅ。話を戻そう。この通りマリアはすぐ切れるプッツンちゃんだ。覚悟しろよ? 君に敵わなくてもギルドの人間を秘密裏に処理するぐらいは」
「スルーしませんよ。トコヤミさん、こんな小さな子に手出したんですか? 神様の価値観はどうなっておられるのですか……嘆かわしい……おお、我が主よ。ここに変態がいます。どうか誅伐をする許可を」
アランは自分が崇拝する神にお祈りを捧げる。おい、僕も神の一柱だぞ。なめとんのか、貴様は。
「うっせぇ、バーカ。神の寿命に比べればヒトの寿命なんてあってないようなもんだ。だったら、いつ襲ってもいいだろ。アラン」
「では質問を変えましょう。目の前におばあさんと成人と子どもがいます。救えるのは二人まで。さてトコヤミさんは誰を助けますか?」
「ふん、そんなの決まってるだろう。老婆を見捨てて、お姉さんと幼女を助けるよ。先があるものを助けるのは上に立つものの責務だ」
ドヤ顔で言うとアランは渋い顔をして、自分の心臓を二回叩く。誰が死ぬか。優男。お前が死ね。さっさと死ね。
「トコヤミさんは、性格に難があるようですね。神が神なら信者も信者。あまり軽々な行動を取りませぬよう。アクラの市民がうっかり神殺しをしてしまったらどう責任を取ってくれるのですか。トコヤミさん」
「はっ! そんなの許してやるさ。ヒト風情がこの僕を殺せるもんならな。それにフットワークが軽やかといい給え。君らギルドが無能だから僕とマリアがわざわざ動いてやると言っているんだ。さっさと話せよ。どんな圧力に屈したんだ。お前らは」
「信徒が大勢いない神は楽でいいですね。身内を人質に取られる心配がなくて」
アランは青筋をビキビキと立てる。だがクロはその何倍も怒っていた。
「ふん! そいつらもまとめて救うために一神と一人だけが行動してやるって言ってんだろうが! 未来の信徒候補が無残に殺されてるんだぞ。ゴミみたいなプライド捨ててさっさと話せぇ! アラン!」
首根っこを掴むと彼はそれを払い乱暴にソファーに座る。
「くそっ! 分かりましたよ。喋ればいいんでしょ! 喋れば!」
アランは爪を噛むと貧乏ゆすりをする。そして忙しない目つきで部屋を見渡すとボソリと呟いた。
「アラクの政教分離原則の弱点を突かれました。グレン=ハウリー外務大臣の汚職隠しです。ゴブリンの大量発生は偶然じゃありません。彼が魔族国家ハウゲルと交流したという証拠ですよ。だからゴブリンの大量発生なんてあっちゃならない」
思っていた中でも最悪の事態だった。まさか隠したい事実が国家のガンになっているなど。これ完璧に成功しても僕たちはこの街から撤退だな。こんなところに居たら国家権力で潰される。
「やれやれ……これだから権力を持ったヒトは……対局的な視点がまるできてない。政治家なんて他の奴らより利権があるんだからそれで充分だろうに。あいつらは欲で肥え太り過ぎてる。醜いよ。とても」
そう言いきるとアランは非常にバツが悪い顔をする。そうして自嘲的な笑みを零した。
「耳が痛いですね。事実なだけに言い返せないのがまた腹立たしい。はぁ……彼は魔族側から金や、ヒト、貴重な鉱石若返りの霊薬など多数を受け取っていました。その見返りとしてゴブリンをこっそり入植させていたようです。その怖さも知らずに」
「なるほどね。ゴブリンなんて大したことないと高を括ってたわけか。知らないからこそできる芸当だな。僕は他種族がいる地域に野生のゴブリン放り込むなんてそんな所業、怖くてできない。どれだけあいつらのせいで滅んだ国があることか」
奴らは基本的に同族だけで生殖できる。だが、他種族がいると必ずそちらを襲うのだ。
これに美醜は全く関係ない。他種族のメスをさらい、子どもを産ませ、産めなくなると容赦なく食う。
こんな危険な種族共存させるのは神でも難しい。奴隷じゃなく野生のゴブリン見つけたらさっさと殺すに限る。
「ギルドも無能ではありません。こんな異常事態とっくに把握してましたよ。大規模討伐をするための緊急クエスト。それをモンスターハンターたちに発令しようとするところまでは順調でした」
「だが、そんな大規模な動きしたら当然バレる。国が滅んでも、自分は他国に亡命したらいいとでも思ってるんだろ。国が滅ばなかったらふんぞり返る。くずだ。くず」
「仕事ができるクズですがね。まぁ、私たちの事情はここまでです。それで? 本当にお一人で討伐できるのですか? 伝説の戦闘民族クロアルドを従えたフェアムド山の闘神。クロアルド・ミハイル・ランチェッド様?」
アランはそう期待を込めるように僕の古い真名を呼ぶのだった。
「はぁ〜……よくそんな昔の名前知ってたな。何百年、いや何千年か? そんな前も昔の名前を。僕って最近は結構マイナー神なんだぜ? 全盛期は五万人も信徒がいたのに今ではたったの一人だ。あまり持ち上げるな。自分が惨めになる」
黒歴史バリバリの名前をなぜこいつが知っているのか。そう疑問に思っているとアランは怒り出す。
「あなたは! もう少し自覚を持ってください。あなたは神の中でも特別位が高い十傑神なんですよ! 未だに黒装束と黒髪は民衆の大いなる反逆の象徴だ。クロアルドがやってくると言えば権力者が血相を変える! 自分の信徒でもないのに世界中の貧しい人々を救った清廉潔白な優しい闘神はどこに行ったんですか!」
ゾワゾワと寒気が伝う。やめろやめろやめろ。そんなつもりで助けたわけじゃない。ただ有効利用しただけだ。ゲームシステム分かってないヒトはこれだから困る。忘れかけていた厨二病を思い出させるな。
「痒い痒い痒い! 戦闘民族だから農耕、建築、装飾、商業、外交、治安維持、足らない要素を補うために他の信徒を借りてただけだ。それで振り分けられたのがたまたま貧しい信徒だったからって美談みたいにするな! 不愉快だ」
「なぜ、事実を受け入れないのですか! 現にあなたは最高の神だった!!」
「そう美談にされたのが間違いだ! そんな話に浮かれてよそのもんをバンバン入れたから、僕は信徒は他の神に寝取られた! 僕を怪物と祭り上げた哀れな末裔たちは全員事故にあって、奴隷のマリア一人だけが残ったろうが!」
「なっ! じゃあ慈愛の精神なんかなかったと?」
「そんな精神いるか! そんなもん傭兵集団の神に期待するんじゃねぇ。いいか? よく聞けよ。昔の話は一切するな。僕の名前はクロアルド・ミハイル・ランチェッドじゃない。ただの貧乏なクロ神だ!」
そう、他の宗教の信徒を馬車馬のように働かせて色々開拓しただけだ。レンタル信徒はカムイじゃなく金で事足りるからな。
その資金調達に私腹を肥した権力家を襲っていただけである。あいつら、国にチクる確率がとにかく低いから、いい標的である。そうして他の信者入れまくったら、長時間をかけて経済的に集落を乗っ取られた。バカな結末だ。
そうして変なイメージの植え付けを阻止すると、アランは嗚咽を上げる。
「くそっ、憧れてた神が児童性愛者の変態野郎だったなんて! どうしてくれるんだ! 憧れてる神はクロアルド・ミハイル・ランチェッドだって散々言ってきたんだぞ。私は! 返せ! 私のピュアな気持ちを返せ!」
アランはハンカチで目を拭う。この野郎。勝手に憧れて、勝手に幻滅しやがった。マジでムカつく。
「そんなの僕が知るか。いい歳してるのにギャン泣きするな、見苦しい。さて、カムイはだいたいこれぐらいもらおうか。領民と国が消滅するよりはぐっと安いもんだろう?」
僕は一本指で示すとアランはまた泣いた。
「結局あんたも足元見るのか! 一千万カムイ⁉︎ 個人にそんなに払うか!」
神に向かって不敬である。お前ほんと気をつけろよ? 神とか人間性破綻してるからな。僕だけだぞ。こんな寛大なの。
「はぁ〜〜。四隅に1万ずつ。それに少し離れた中央に3万の兵がいるんだ。合計7万のゴブリンたち。戦士は5万ぐらいか? 普通の冒険者を雇ったら、もう一つか二つ0がつくぞ。少しは頭働かせろ」
「ぐぐぐぐ……ふぅ。税金ですからくれぐれも、無駄遣いしないように。それでは成功した暁には払い――」
「違う、いまだ。それを軍資金代わりにもらうんだよ。成功報酬は金で勘弁してやる。それと一日券現できるカムイを注入したホムンクルスを一体もらおうか」
「あなたねぇ……私がそれを通すためにどれだけ苦労するか分かります? それにそんなもん何に使うんですか? まさか、トコヤミさん……」
「ご明察。信徒に命がけでがんばらせるんだ。褒美を与えないといけないだろう。この子は僕にゾッコンなのでね」
『ーーーーーーーー!!』
それで勘づいたのか。マリアは声にならない叫び声を上げる。
「嘘ではないよ。冥土の土産に寵愛を与えよう。一日で我慢してくれよ? 僕は君一人だけにずっと付き添うから」
『〜〜〜〜大好きです。クロ様!』
そうしてアランの眼前でいちゃついていると彼はため息をつく。
「こんな神にアラクの命運がかかっているのか……」
「こんな神だから救えるんだよ。生まれたてのヒヨッコ」
こうしてマリアとクロは、ギルドのために慈善事業をするのだった。