クロ神様は生き残りのポンコツ信者のせいで大変です。
第九話 運命の出会いは突然に
太陽がすっかり沈んだ深夜の時間帯。俺は篝火に照らされながら同僚と共に人間の侵入者がこないかどうかを見張っていた。
(クソ、今日もドンチャン騒ぎかよ。呑気なもんだな。全く……人間が攻めてきたらどうすんだよ。あんたらだけじゃとてもじゃないが勝てないぞ)
俺ら末端が真面目に働いているのに、砦の門兵たちは酒盛りでもやっているのか。あちこちから騒ぐ声が聞こえる。
そうして、雑音を無視して見張りに神経を注いでいると最近見張りの仕事についた新人はペラペラと喋りだす。
『ねぇ、先輩知ってます? 東の砦の兵がやられた漆黒の獣事件』
『はぁ? 黒い獣? そんなもんこの地方にいたか?』
黒い犬なら食べたこともあったが事件になるような話だ。きっととんでもなく強くでかいのだろう。
『いたらしいんですよ。眉唾みたいなんですけど、ニエの森で兵千人が殺されたって』
『はぁ……? ニエの森で? バカいえ。人間の大規模討伐隊と運悪く遭遇したんだろう。クソ悪魔が。何が人間のお偉いさんと密約を結んでるから討伐はされない、だ。とんでもねぇホラじゃねぇか。奴らが本気で攻めてきたら俺たちゴブリンは呆気なく討伐されるぞ」
ゴブリンは、他の獣と比べて圧倒的に力が強いわけじゃない。その代わりに器用さと数と地の理を活かして戦ってきた。
人間の冒険者にも複数人で囲めば負けやしない。そうして勢力を拡大してきたのである。
だが、人間もバカじゃない。人ばかりさらっていては本腰を入れる。奴らは群れで一つの人間なのだ。殺し過ぎれば必ず報復をされる。
そうなれば、ゴブリンは兵のみにとどまらず女、子ども、赤子までも情け容赦なく殺されるであった。
あいつらは俺たちより傲慢で強欲で強者だ。ゴブリンも人間が憎い。だが絶滅させるまではとてもじゃないが戦えない。
それなのに人間は何年時が経とうとも自分たちを脅かす敵は絶対に許さない。絶滅させるまで満足しないなんて正気の沙汰ではなかった。
そうすると砦の上から赤い証明弾が上がる。何やってんだ。砦の連中も。こんな真っ暗な夜空に赤い光を上げるなんて目立つ真似をして。真夜中で人間の冒険者は活動してないとは言え、酔っ払い過ぎであった。
『いやいや、先輩。襲ったのはごくごく少数ですって。伝令が伝えてきた情報では、全員首を背後から一撃で折られていたらしいんです。それに耳の切り口のパターンも三パターンぐらいしかなかったって』
『マジかよ……バケモンみたいな強さじゃねぇか』
『それにですね。折られた角度から見るに相手は子どもや女らしいです。因みに死体は頭からマルカジリされてたとか』
『じゃあ、お前の言う通り人間じゃねぇかもな……人間がゴブリン食うなんて聞いたことがねぇし。チッ、東っていや微妙に北の砦に近いじゃねぇか。嫌になるぜ……』
そうしてしばらく話混んでいるとドンチャン騒ぎは収まっていた。どうやら酒で酔い潰れてしまったのだろう。いつもより早いのが気になるがまぁ、こうゆう静かな夜もいいものだった。
静かな夜の中、談笑していると砦の方から上官がやってくる。着てる服と付けているバッジの模様から察しがついた。どうやら神官様の親衛隊のようである。
『おい、お前たち。今日捕らえた人間でいい女がいると聞いた。お前らが俺の寝室まで運べ』
見張りの兵にそんなのやらせるなよと言えたらどれだけいいのだろうか。まぁ反抗したら真っ先に殺されるが。
『ヘイ、分かりやした。一応確認しますがね。名前と階級言ってくれませんか? 規則なので』
名前も顔を知らない親衛隊であったがどんな場面でも上司は上司。そうであれば媚を打っておくに限る。
『いちいちめんどくさい規則だ。名前はラジエル。階級は上等兵だ。これでいいか?』
『は?』
『え?』
『何を驚いているんだ! 殺されたいのか! つべこべ言わずに指示に従え!』
俺の上官らしきゴブリンは大声でわめく。 だが俺はとても返事をする気分にはならなかった。それが不気味過ぎて……俺は得体の知れない何かと距離を取る。
『なぜ距離を取る? 何かいるのか?』
そうして奴が後ろを見た瞬間に俺はそいつに殴りかかる。だがそれの手応えはまるでなかった。まるで動物の毛皮のように拳が、顔を突き抜ける。すると、そいつは高い声でボソボソと話始めた。
『お前何者だ?』
問い詰めるとそいつは体の中からゴブリンの血や体液に塗れながら喉から出てきた。
『あーあ……バレちゃった……やっぱり適当に拷問するからですよ。全然違う階級だったじゃないですか……クロ様』
それは夜のように漆黒の艶やかな髪と血のように真っ赤な目を持った人間だった。
『なっ、なんで親衛隊員の内側から人間が……』
『ふふふ……
そいつは、流暢にゴブリン語を話す。だがそれは南のなまりではない。東の方のなまりだった。
『おい、新人! こいつは敵だ! 人間が中に入ってるってことは……こいつ中身を丸ごと食いやがった。自分が入れるように!!』
『はっ⁉︎ それって、うげぇぇぇぇぇぇ!!』
新人はあまりにもショッキングな事態に吐く。
そう、こいつは上記を逸しいる。まさか殺した親衛隊の生皮を被っているとは。
匂いや見た目を隠す方法としては確かに適している。だが、実際にするなんて狂気そのものだった。
『うーん……虫たちの場所を話してくれるなら、楽にあの世へ送ってあげますよ? 天国のお仲間の元へ』
『テメェ! みな殺しにしたのか!! 砦にいた連中全て!』
『えぇ、もうちょっと期待してたんですけど。拍子抜けでしたね。ちょっと私強すぎましたかね?』
『クソ! 逃げるぞ! 新人』
だが、彼女の返事はなぜかない。どういうことだ。
『あぁ、そこにいたのつがいですか? 胴体はどっかいっちゃったかぁ……頭だけですが要ります?』
新人の頭だけがゴロゴロとこちらに転がってくる。いつのまに殺されたのか。悲鳴や叫び声と言ったものは全く聞こえず顔の表情も絶望に満ちたものではなかった。
『クソ! 早く他の砦のみんなに伝え――ギィャァァァァァァ!!』
『おしゃべりの途中に逃げるなんて失礼ですよ』
逃げようとしたら右腕がブチブチと嫌な音を立てながら力で無理やり切り飛ばされた。同胞を殺したのはこの武器に違いない。剣にしては切れ味が異様に鈍かった。
『探すの面倒なんです。早く場所教えてください……じゃないと左腕も飛ばしますよ?』
『ひっひぃぃぃぃ……ひぃ、ひぃ、ひぃ、ひぃ……』
もはや目の前にいるのは生物ではない。死そのものだった。死が女の形を取って襲ってくる。
『ふむ。やっぱりゴブリンは死に辛いみたいですね。これなら拷問もちゃんとできそうです。さっきはクロ様が急かすから失敗したんです。変な口出さないで下さい』
「ギ――」
仲間を呼ぶために叫ぼうとする。だが、その叫ぶための喉は前に回り込んだ女の手刀で潰された。
『……叫ばせませんよ。今日の私は一味違います。クロ様の愛が私の下腹部にたっぷり詰まっているんです。油断は一つもありません。さぁて、ほいっと!』
女は俺の口に剣を突っ込んだまま持ち上げると、上空へと剣をふるって遠心力で真上に飛ばした。
「ギィィィィィィ!」
「さぁて、串刺しにして食べましょうか。丁度そこに火もありますしね」
女は舌なめずりをする。こいつ! コイツが同胞を食い殺した!!
「ギッ、ギギギギギギィ……」
俺は執念からギリギリ歯で噛み付いて死ぬのを防ぐ。すると女は真っ赤な目を爛々と輝かせ、高らかな声で狂ったように笑うのだった。
『あははははぁ! もうすぐ死ぬのに頑張りますねぇ。でも、離してあげません。あなたの顎の力が弱まったら、自重でズブズブ沈んでゴブリンの串刺しの出来上がり」
「ギゴ、ガイィザギゴゲギイ」
「ふーん……あぁ、ずいぶん賢いこと言うんですね、あなたも私と同じだと思ったのに。まぁ、話したくなったら手を二回叩いてください。いつでもどうぞ。もっと楽に殺してあげます」
『ギィギャ』
『それは残念ながらできません。私、結構強いので。まぁ、私は喋ろうが喋るまいがどうでもいいのですがね? 気配探してたら時間かかっても見つけられますし』
そうして俺は拷問にかけられて、同胞の皮を被った死神に殺されるのだった。
「ここかな? うん、確かに誰かいそうな感じがする……」
虫たちの蠢く気配。汗の匂いと排泄物の匂いがした。確かにここに囚われた虫はいるのだろう。
『よーし……よくやったぞ。愛しい信徒マリア。ここからは僕に代われ。君は僕以外の名前なんて録に覚えられないだろう』
覚えられないのではない。覚える気が起きないだけである。クロ様以外の無象無象はどうでもいいから。
「必死でゴブリン語覚えたのに……もうちょっと褒めてくださいよ。クロ様……ぐすん」
「後で幾らでも甘えさせてやるさ。さーて、二つ目でいるとだいぶ楽なんだがな……」
クロ様は大きく息を吸い込んで虫たちに呼びかける。
「あ〜……誰かそこにいるかーーーー! 僕たちはギルドの密命を帯びてここに救援にきたーーーー! 声を出せるなら返事をくれーーー!」
「ぎっ、ギルドの救援って本当ですか⁉︎ ここです。私たちはここにいます!!」
すると中からボロを纏った虫たちがワラワラ出てきた。
「よし、ビンゴ! 人数はどのぐらいいるんだ?」
「ここには13人います。あの、砦の中にも囚われている人たちが……」
「場所は分かるか?」
「いいえ、そこまでは……」
「そうか……ならあいつらに探してもらうしかないか……」
クロ様は懐から取り出した小型の銃で暗い夜空に目立つように青、黄色、灰色の順番で照明弾を撃った。そう今回の作戦は二手に分かれているのだった。
私たちは砦のゴブリンを一匹残らず潰す。そして囚われた虫の救助は私たちから一定の距離を保ったギルドの人員が行う。そうして作業を分担しているのだった。
総勢五百人の極めて大規模なクエストである。でも、そんなに人数がいるなら少しぐらいこっちに分けて欲しかった。
こっちはただでさえ時間が押している。今も少し気を緩めれば、鼻血が出そうなほどガムシャラに動いているのだから。
「あの! 他の救援の人たちは……」
「今、証明弾を上空に撃った。ここの場所は別部隊の奴らも見えてるだろう。他に囚われているヒトたちもきっと見つかるさ。もう少し待っててくれ。すぐに君たちのために迎えがくる。じゃあ僕たちはこのまま西の砦ぶっ潰しに行くから」
「あっ! あの、助けてくれてありがとうございました」
それにクロ様は私の体を乗っ取ると背後に腕を振る。そうして私たち闇の中に消えて行くのだった。
『ふぅ。一神と一人で七万の相手となんかまともに戦えるか。ゴブ質、騙し討ち、同士討ち、拷問、食い殺される恐怖、その調子で奴らの化物のメンタリティを剥がしていけ。幸いなことにあいつら思ったよりもずっと上品だ。使えるもんはなんでも使うぞ。廃人になるなよ? 飛ばすからな』
「大丈夫……ですよ。あー真っ赤な蝶々がひらひらりん。青くて黄色い蝶々もいっぱ〜い。はひっっ、クロ様が……いっぱい……?」
クロ様がどこからか仕入れた液体の薬を注射器で打つと疲れもなぜか吹っ飛ぶだった。そのおかげでゴブリンの砦を二時間足らずで既に二つも潰せたのだ。
「ふわぁぁぁ……ほのおくしゅりなんて名前はゃんですかぁ? ふわふわしてとってもひもちいいですぅ」
薬の効果が切れるとちょっとしんどくなるけど病みつきになりそうな気持ち良さだった。どんなお店で買ったのだろう。今度自分でこっそり使ってみたい。
『うん? あぁ、これ。ただの風邪薬だよ。体に全く害のないただのお薬。だけど効き目が凄いからここぞと言う時にだけ使うんだぞ? 君のことだから後でこっそり使おうとしたろ』
「ギク!」
「使い続けたら、僕は君を母体にさせないからな」
「えぇ! それなら使いません!! 使いません!! うっ、急に頭が気持ち悪く。あったま痛い。クロ様。こう言う時はどうすれば……」
「あぁ、バッドトリップしちゃったか。なら緑の薬を注射器に入れてプスッとすればいいよ。それ打てば大丈夫だから」
私は震える手で薬を打つ。すると多幸感が胸の中に満ちるのだった。
「はふぅぅぅ……楽になりますぅ。あっ、目も凄いしゃっきりする。今ならなんでもできそうです!!」
「良かった。良かった。さぁて西と南とさらに後方の砦。後三つあるんだからさっさと潰そう。夜の間に終わらせないとダメだからな」
「はい! 緑の奴らを全員残らずぶっ殺します」
「その息だ。ガンギマッタ信徒のマリア』
こうしてお薬パワーで元気になった私は今までの二倍の速度で走って西へ向かうのだった。