クロ神様は生き残りの信者がポンコツすぎて大変です。
第十二話 油断大敵
ボスゴブリンの動きは目に見えて動きが遅くなる。僕がもう一撃をもらう事はない。そもそもまともな攻撃を当てる必要はないのだから。
「くそ! ちょろちょろ、ちょろちょろと真面目に闘え!! 小娘!!」
「僕は男だ。それとさっき君の言った事は概ね正しい。殴打が効かない相手ならいくら攻撃しても意味がない。マリアの体という例外でなかったらね」
「ぐふっ! がはっ、がはっ」
ゴブリンは口から吐血すると膝をつく。どうやらようやく効いて来たらしい。罪過のレベルが上がってよかった。
120万の体力があろうが、この世界の戦いは現実と同じくターンなどない。14400の防御無視が有れば充分戦える。百回こすればいいだけなのだから。
「さぁて、決めさせてもらうよ。覚悟はいいかい?」
神罰を下す準備は整った。さぁてこいつの判決は何になるのかなぁ?
「おっと? どうしたんだい。そんなに必死に逃げ回って。よっぽどこれが怖いのかい?」
「ぐっ……がぁぁぁぁ」
僕はここぞとばかりにボスゴブリンにチクチクチクチク畳み掛ける。すると奴は必死で避けるが攻撃は必ず少しは当たる。その度に奴は、顔を歪ませるのだった。
「何をした! 貴様ぁ! 戦士の闘いをこれ以上汚すなぁぁぁ!!」
ボスゴブリンは吠えながら殴るが、もうそれの範囲は見切った。僕は一歩後ろに下がるとゴブリンの腕に擦過傷をわんさかこしらえる。
「そんなのまともに答える訳ないだろ。少しは空っぽの頭ひねろよ。賢いって自覚あるならな!」
井の中のかわず大海を知らずってか。痛いなんて初めての体験だろうよ。ぼっちゃん。そら隙ができたぞ。
「貫け! スラスト!!」
「ふんっ! こんな直線的な攻撃――」
ゴブリンは避けられないと判断したのか片手を盾のように出す。しかしその勢いは止められず。手をブッスリと貫通して、柔らかい目玉へと勢いよく突き刺さった。
「ギャァァァァァ!」
ゴブリンは苦し紛れに拳ををやたらめったらと振り回す。それは暴風雨のような激しさだった。
「おっととと。危ない、危ない。また一撃もらうとこだった」
僕は大きくバックステップをしてその攻撃を躱す。こうなれば後は詰将棋だ。基本スピードはこちらが勝っているのだから。
しかし、手を抜いてはいけない。多分奥の手は残しているだろうから。
「くそ、殺してやる。殺してやる。殺してやるぅぅーーーーーーーー! ――――――!!」
ゴブリンは怒りが強すぎるのか。叫び声が可聴域から飛び出す。そうして悶え苦しんでいたが、ボスゴブリンはニタリと笑うと懐から何かの水晶を取り出そうとした。そら来た。
「やっぱりこうなるか! あらかじめチャージしといてよかったよ!!」
あれは破れ被れの動きだ。絶対壊させてはいけない。僕は練っていた大量の神威を込めてシロガネのギミックを発動させる。
「シロガネ! オーバーロード!! エクステンドショット!!」
シロガネの先に細かい刃が渦巻く銀色の光球が宿る。
「ふぅっ!」
僕はシロガネを振ると、それをゴブリン目掛けて投げつけた。それは耳が痛くなるほどの高音を出しながら、ゴブリンの元へと一気に吸い寄せられていく。そしてそれが肌に触れた瞬間。銀幕が一気に破け中見が飛び出した。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
飛び出したそれはボスゴブリンの胸元を除いてカマイタチのように全てを切り刻む。斬撃はないと予想していたのであろうが甘い。切り札は大事に取っておくものだった。
「ふぅ……終わりだ。終わり。さてとどめを刺さないと」
明らかに致死量の出血だが、まだかろうじて息がある。指一本動かせないだろうが意識が残っているのは大いに問題だった。
そうしてとどめを差しに行こうとしたその時だった。後ろから思いきりタックルされたのは。
「私の神様ぁぁぁぁぁぁぁぁ! お会いしとうございましたぁぁぁぁぁ!!」
「ひでぶぅぅぅ!」
「あぁ! 何という可愛いらしい声なのでしょう。女神様!!」
「いてててて……んぁっ。もしかして君。エルザ=セイレム?」
その顔は写真で見た顔とそっくりだった。黄緑の瞳の色。褐色の肌。鏡のように煌めいた銀髪。それは僕の探していたクリオラの親友だった。
「あぁ、前のクソ神は一度も私の名前を言わなかったというのに……ありがとうございます。真の女神様よ。私は天にも昇るような気持ちです」
エルザは僕に向けて祈りを捧げる。それは久々に感じるマリア以外の神威であり非常に心地よかった。
「はぁ……君という奴は。自分がどれだけ危険な状態なのか本当に気付いているのかい? 破水してるじゃないか。愛しい信徒のエルザよ」
エルザは突然呻くと後ろにぶっ倒れた。我慢していた陣痛が耐えきれなくなったのであろう。よくもまぁ、ここまで歩いてきたものである。
「あぁ、すいません。一目だけ一目だけ、貴方様のお顔を拝見したかったのでございます。この命があると知ったらもう、もう私は耐えられなくて」
なぜここまで懐くのか。見に覚えがないだけに少々戸惑ってしまう。
「ふぅ、これ以上喋るな。余計な体力を使うかも知れない。心を落ち着かせておけ――」
エルザは、撫でている僕の手を取るとそれに顔を擦り付ける。
「あぁ、天女のような美しい顔つき。しなやかな腕。細い腰。気品漂う言葉遣い。口おしや……私が男で有れば貴方様の夫になれましたのに。性別という者をここまで呪った日は今日が初めてでございます」
エルザはまなじりを吊り上げ涙を流すと、唇に血が滲むまで強く噛む。それに僕はギョッとした。こんなのマリアもであまりしない。
どうやら僕のイメージ像は果てしなく高くなっているようだ。
「おっ、落ち着け。愛しい信徒のエルザ。僕の元々の体は男であってこれは愛しい信徒であるマリアの体だ。今は訳あって借りている。分かったかい? 僕の性別で君が悩む必要はないんだ」
するとエルザは目をパチクリさせる。
「真でございますか? あぁ、そうだとしたらあいさつをしなければ……!」
エルザは一転してあたふたすると、起き上がろうとする。
「寝たままでいいから。僕もマリアも礼儀なんて気にしない。気持ちがそこにこもってあれば構わない」
そうやって気遣うと彼女は今にも泣きそうな顔でマリアにあいさつする。
「お初にお目にかかります、マリア様。此度は私を助けてくださりありがとうございました。この御恩は一生忘れません。ありがとう。本当にありがとうございました」
エルザはボロボロ泣きながら僕越しのマリアへと感謝の意を伝える。それに彼女は珍しく照れたように心内に引っ込むのだった。
「さて……このままじゃ君はもうすぐ悲惨なことになる。その理由は分かるかい?」
「えぇ。理解しております。私の腹に巣食う邪悪が私の腹を食い破って出てくるのでしょう?とうに覚悟は出来ております。どうぞ、私ごと消し去ってください。何も怖くはありません」
ここに来たことは最悪だったけれど、最後に私は報われることができた。唯一の心残りは親友に直接別れを言えなかったことだろうか。
さようなら、クリエラ。私はこの世界に一足早く還ります。
「そうか……それは良かった。いやぁ、これやるの久々だからさ。鈍ってないか、心配で心配で。ちょっとチクッとするよ〜」
「えっ? あの、これは一体なんなのでしょうか? 真の神様」
真の神様は笑うととんでもないことを言う。
「何って、ファリモラ。極微量なら即効性の鎮痛作用があるよ。楽になったでしょ。それと僕のことはクロと呼んで欲しい。そう呼ばれると嬉しいのでね」
「そっそれは分かりましたけど。これ、幻覚作用のある麻薬じゃないですか! お医者様しか取り扱ったらダメって。どこでそんなものを」
「あるツテでね。危険なものを手に入れるのは得意なのさ。もうちょっとしたら薬が回ってくるよ」
あぁ、どうしましょう。なぜ、このタイミングで麻薬を……体から力が抜けていきます。
「大丈夫。この世界の医師免許は僕持ってるから。それにこんなの打たないとショック死するよ。愛しの信徒エリザ。さぁ、あまり体を動かさないでくれよ? 手元が狂うから」
「これは……試練なのでしょうか? クロ神様」
クロ神様は手刀に全身の神威を集中させると一振りの刃のようにする。それは私の服を中央から切り裂くと、肥大したお腹を剥き出しにするのだった。
「いいや? 偉大な神の救済って奴さ。さて、これから僕はこれを君のお腹に突き刺して中の子どもを無理やり引っ張り出す。怖かったら、目つぶっててもいいよ」
「あの、その取り出した後のお腹の怪我はどう治療すれば……」
どうしましょう。死ぬのが怖くないと言ったのは嘘だったのかも知れません。あの刃が怖くて仕方がありません。どうか、どうかその刃を振り下ろすのだけはご容赦してくださると……
「僕の能力で治す。ただ君が意識を失うと全ておじゃんになるから、意識だけは保っていてくれ。大丈夫。十秒あればお釣りが来る」
「あの、心の準備がまだでぎで――う……ぃ?」
腹の中を少し弄られる。えもいわれぬ気持ち悪さが体を巡り、あっという間に消えた。
「はい、取れた。頑張ったね〜。えらい、えらい」
「あの……終わったのですか? 本当にこれで?」
「うん、終わったよ。お疲れさん」
私が気がついた時にはクロ様は緑色の息絶えた何かを掴んでいた。そうして私は少しの痛みと引き換えに命を救われる。
私を救ってくれた神様はとても風変わりで、とても優しいお方であった。
ガリガリと私はナイフで、土を削っていく。それは地道な行為だ。でも私はこれが好きである。クロ様のためにやっている感じがして。
「あの。マリア様は何を熱心に書いていらっしゃるのですか?」
「……カンイテンソウキ」
かんいてんそうき。確かそんな名前だった気がする。クロ様はボォックスとか言ってたけど、私はこっちの方が好きだ。文様も好きである。まだ図形としか見えないけど。
「カンイテンソウキ……? それにそのサークル。まさか、アレを覚えられたんですか⁉︎ あの転送術式を!」
「うん。クロ様独自のだけど……覚えないでね?」
「マリア様。あんな膨大な式人間には無理って……まさかこれは神歴文字なのですか? 新歴図形ではなく?」
「うん、そうだよ。クロ様の故郷のニポンって場所で使われてたんだって」
私をこれを見た時は絵にしか見えなかった。でも最近はちょっとだけ単語の意味が分かる。
例えば、『エネルギー』は神威のこと。『ファイバー』は神威を逃がさないように循環させるこのサークルの線。『転送物』は送るアイテム。『現在地』は私が今いる場所。『送信地』はどこに送るのかを示していた。『スピード』はこれが届くまでの速さを表していた。
「ほおぉぉぉぉ……見たこともない神歴文字です。失礼ですがマリア様。『鑑定』を使ってもよろしいですか?」
「うん、いいよ。意味が分かったら私にも教えてね。私の義妹のエルザ……」
三つ文字の種類があって、カンジ、カタカナ、ヒラガナ、があるんだとか。しかも、あ、ア、阿。この三つの文字。なんとこれが全部aの発音。
細かい子音の説明は全くなし。ちょっと難しすぎるのだった。ここらでとっかかりが欲しい。
そうしてエルザを見ていると彼女は頭から煙を上げた。あぁ、深く潜れなかったらしい。頭大丈夫かな?
「はぁ〜……マリア様。これにした意味だけは分かりました。この新歴文字はとてつもなく効率的です。これならここまで小型化できて当然です」
「凄いことなの?」
「それはもう。天地がひっくり返る程です。意味が分からない私には使えませんが、文字を使い分けることによって世界への膨大な説明を単語一つと短い文章で補完しています。キーワードで発動しているが故に改良も改悪も容易。なんて考えられた文字なのでしょう」
エルザは震えた。すると自分の体を抱きしめ私を恨めしそうに睨む。
「これを使いこなせる英知をクロ神様はお持ちなのですね。あぁ、強いだけでなく知恵を兼ね備えているとは。クロ神様はなんて素晴らしい貴神なのでしょうか……すいません。マリア様。私は膨大な愛を注がれる貴方様が、羨ましくて羨ましくて殺したい程です」
それはビリビリとして、ドロドロと粘ついた嫉妬だった。私は敵意を向けられているというのに、なぜか、シンパシーを強く感じて嬉しくなる。
「いいよ。嫉妬しても。私はクロ様に一番愛されてるから。他の人なら処すけど。エルザは私の義妹だから……クロ様の子ども作っても怒らないよ?」
「怒らないのですか?」
「怒れないよ。家族になっちゃったから」
エルザが証明するまでもなかったが、やはりクロ様は凄いらしい。そうして私は最後の一文字を掘り終えると、赤子のゴブリンの死骸をクロ様へと送り届けるのだった。
「少し待ってて。可愛い義妹のエルザ。あっちのもクロ様に送り届けてくるから」
今にして思えば、大変浮かれていたのだろう。私に敬意を向ける義妹ができたことに。そうして私は何も命令されていないのにボスゴブリンの死骸を取りに向かった。