心と身体
左の口角炎が、もう1ヶ月も治らない。ピリピリ、チクチクとした変わらない痛みが、ずっと動けないでいる自分の状況と呼応しているようだ。
そういうことに、どこかホッとする。心と身体が繋がっていると確認させてくれるから。
当たり前のように日々の生活の事柄をこなして、食べて眠って、ということは出来ているのに、心はそこにいない。身体もふわふわと浮ついている。ずっとモラトリアムのように、何か変化が訪れるのを待つように、耐えるように過ごす。受動的で、自分からアクションを起こす気力が起きない。
治療が、自分の心を、繋がっている身体を、ここまで疲弊させてしまうとは思っていなかった。始めた時は、ポジティブな結果が得られることを前提として、希望を持っていたのだ。いま、4か月前とは、全く違う自分がここにはいる。
SNSの投稿から感じられるエネルギーが、負の方向に向いていっているのが分かる。そういった、他人に見せている自分が変わっているのも分かるし、自分の内側でも諦めのような雰囲気がここ1か月くらいで急に漂い始めて、靄が晴れないことが続いているのも感じている。ある日突然訪れるはっきりとした境目というものはなく、じりじりと侵食され気づいた頃には自分ではコントロール出来なくなっている、そんな感覚だ。
私が子供が欲しいと思うのは、温かい家族を作りたいからだ。
彼の優しさ、心の温かさからもらったエネルギーが、そう思わせてくれた。
彼との子供なら、どんなに可愛いだろう。そんな風に本気で思ったからだ。
私は実の両親とは折り合いが悪く、いまではほとんど縁を切っている。連絡もとっていない。親代わりのお父さんとお母さんと、大切な家族が、自分をここまで成長させてくれた。そして、彼と出会い、縁あって一緒にいる。彼の家族と接していると、思いやりのある仲の良い家族像が浮かんでくる。その中で育ってきた、彼の素直さ、優しさを尊敬していて、自分たちもそんな家族を作れたら良いなと思えた。
でも、現実は、そう上手くはいかない。
不妊治療を始めて4ヶ月。仕事や趣味で忙しく、寝る時間もない中で、必死にやってきた。まだ若い、と言われる年齢だから、きっとすぐに子供ができると楽観的に考えてきた。何度も期待をした。少しの兆候を捉えては、もしかして今回はいけたんじゃないかと喜んでは、結果を得られずに落ち込むことを繰り返し、心が辛くなるのを免れるために麻痺してしまった。いま自分の中で確かに分かるのは、このまま治療を続けていると自分がダメになってしまうということ。
一旦治療を休むことにしたが、心も身体もふわふわと浮かんだままである。
仕事に面白さを感じられなくなったことも、関係しているだろう。
周りの人とコミュニケーションを取ることが、しんどくなってしまったこともあるのだろうか。仕事ではいつも心を殺して、仕事をいかに早く正確にこなすかということだけを考えてやってきた。雑談は無駄だと一蹴して、人を遠ざけて、いつしか自分では孤立した様な感覚になっている。余裕がなくて、周りの人に優しくとまでは言わなくても、普通に接することすら難しい。いつも体調が悪い、機嫌が悪い、という状態の自分にも嫌気がさしている。なんとなく仕事を辞めたいと思い始めてから、一体何か月が経っただろう。いつも頭の中に浮かぶのは飼い殺されているという感覚。
趣味でやっていることも、心は楽しいのだが、もっともっと上手くなりたいと思うと、身体への負担も大きくなってくる。いまこれをやることでなんとかバランスを取っている状態なのに、好きなことなのに、趣味を控えるといっても、どのくらいやってどのくらい休めば良いのか、最早分からない。自分の生きがいのようなものだったから。自分が唯一自信を持って頑張っていると言えて、周りにも分かってもらえるものだから。いつ出来なくなるか分からないから、と突き進んで多少の無理も厭わずに身も心も捧げてきたものだから。そう言葉にすると、少し依存してしまっているのかもしれないな、と思う。
思っていることを言葉にするのって、大事だな。
私がすべきことは、大好きな趣味とどう向き合うのか、模索していくこと。
仕事をどういうモチベーションでやっていくのか。続けるのか、場所を変えるのか、全く違う方向に変えるのか、考え続けること。
そして、自分の心と身体を大事に思い続けること。それが、自分の大切な人を守ることにも繋がる。
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