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レイジロウ展

2025年1月18日(土)から26日(日)まで、世田谷下馬のINHERIT GALLERYにて「Ragelow展」が開催された。
レイジロウさんに会うのは、昨年夏、同じくINHERIT GALLERYで開催された、ユウヤくん(Yuya Yoshimatsu)の展示会でばったり会って以来だ。
17時過ぎに会場に到着すると、会場はたくさんの人で賑っていた。レイジロウさんは案の定たくさんの人に囲まれていたため「今すぐ挨拶しなくちゃいけないわけじゃないし、帰りがけに隙を見て声をかけよう」なんて思いながら、会場に足を踏み入れた。


入ってすぐの左側の壁には、彼がここ数年描き続けている「くろちゃんとぽわわ」のぽわわが描かれたオレンジ色のカードの作品群が展示されていた。
全部で88枚にも及ぶカードは、1枚1枚全て違う絵柄のカードなのだが、どのカードも共通して、ぽわわの特徴的な白いふわふわの身体は描かれておらず、そのかわりに暗闇の中に身を潜めたぽわわのくりくりとした目だけが描かれている。
そんな88枚の「ぽわわカード」の中の何枚かに“THINK OUTSIDE THE SYSTEM”という言葉が書かれている。この言葉は、以前から彼の生き方や作品の根幹を成すメッセージとして、様々な作品に刻まれているのだが、臆病で引っ込み思案なぽわわが、外の世界の様子を伺っているように描かれたカードの上にこの言葉が書かれていることに、私は「Ragelow」という作り手、作品が訴えるメッセージの、類まれなほどの一貫性とパワーを感じた。


「くろちゃんとぽわわ」2人のキャラクターが体現するメッセージ

他の作品で描かれているぽわわの横には、多くの場合「くろちゃん」という黒猫のキャラクターが描かれているのだが、この2人はただ単にRagelowのグラフィックのモチーフとして描かれ続けているわけではなく、それぞれにしっかりキャラクターやストーリーの設定があることをご存じだろうか。
フリーターとして働くくろちゃんは、楽観的でアグレッシブな性格の黒猫。一方のぽわわは、内向的で疑り深い性格の白いふわふわな毛に覆われた丸っこいフォルムの妖精だ。
行動的と消極的。黒いもさもさと白いふわふわ。
面白いほどに正反対な2人は、出会うことがなければ当然別々の人生をそれぞれ生きていったはずだが、くろちゃんがアルバイトでぽわわの住んでいる土地を訪れたことで出会いを果たしたことをきっかけに、2人はお互いの「正反対さ」に強く興味を抱き合う。
仲が深まっていくにつれ、くろちゃんは狭い世界で暮らすぽわわにもっと色んな経験をさせたいと思うようになり、すっかり仲良くなったくろちゃんとぽわわは、くろちゃんがその土地での仕事を終えると同時に2人で旅に出発する、という設定だ。
「くろちゃんとぽわわ」は「自分の固定観念=SYSTEM」の外にある世界や、他者の持つ異なる考え方、暮らし方、生き方に出会うことによってもたらされる日々の愛おしさや、大切さの一片が描かれている、まさに“THINK OUTSIDE THE SYSTEM”を体現するキャラクターなのだ。


私がレイジロウさんと初めて出会ったのは、約6年前の2019年の秋。中目黒のクラブSolfaで、ラッパーのmaco maretsさんが企画した「Woodlands Circle Club:3」というライブイベントに、当時インターン生として携わっていたWebマガジン「NEUT Magazine」が、Ragelowさんと共同でブースを出店していたのがきっかけだ。
当時の私は元引きこもりの21歳のフリーター。憧れや叶えたいことはたくさんあるものの、内弁慶な性格で恐ろしく自信がなく、もちろんクラブで遊んだこともなかった。
自信のなさから勝手に湧いてくる不安がバレないように、響いてくるリズムに身体を少し揺らしながらブースに立っていた私に「俺ちょっとお腹空いたから、一瞬ここ抜けて一緒にうどん食いに行かない?」と、外に連れ出してくれたのがレイジロウさんだった。

「怖くないよ、出ておいで」

今回の展示会のタイトルは「Ragelow展」という非常にシンプルなタイトルになっているが、展示されている作品の中で一番大きな作品に“COME BACK FROM THE DEAD”と書いてあることが象徴しているように、実は今回の展示には「転生」というテーマがあると話していた。
しかし、これを展示会レポートとするならば、今回の「Ragelow展」は、多くの「生と死」をテーマとするような、鑑賞する側にも準備が必要な展示では決してなく、彼と彼の作品の持つ優しさや暖かみを目一杯感じられる、力強くポジティブなパワーが溢れる展示だった、と記しておきたい。
Ragelowという1人の人間との出会いのエピソードや、これまで交わしてきた言葉、彼が生み出すひとつひとつの作品。そして私が今回の展示で改めて感じた「優しさ」と「一貫性」の関係とその正体についての答えを、このレポートを書き進めていく中で何周も様々なルートを辿って考えた。
その結果辿り着いたのは「Ragelowは作品を通じて、私たちを「外(OUTSIDE)」に連れ出そうとしているのではないか」というひとつの仮説だ。
この「外」というのは、くろちゃんが狭い世界で生きていたぽわわを外の広い世界へ連れ出したことや、慣れない場所で疎外感を感じている私を外に連れて行ってくれたような「物理的な外」でもあるが、社会のシステムの中で自分の存在意義を見失いがちな現代を生きる私たちの「生」に対する意識に対し、まさに“THINK OUTSIDE THE SYSTEM”というメッセージの通り、自分の意識の「外」を想像し、変化を恐れず踏み出して生きてもいいんだ、という提案とエールでもあるように思える。

「転生」を通じて描いた「生」の輝きと刹那

現代では、スピリチュアル的なトピックが少々冷ややかな眼差しを受けがちだが「俺多分、優しくしてあげたいと思う人には、前世でなんかとんでもなくひどいことしたんだと思う」と、笑いながら話す彼が描く「転生」は、今を生きる私たちが本来もつ命の輝きや可能性を力強く肯定し「もしまた生まれ変わることがあるのなら、今生きているこの時間や今ある可能性を、悔やむことないよう毎日一生懸命に愛そう」と、私たちに語りかけてくれている。
とは言ったものの「ちょうど昨日展示の招待のメッセージを送ろうと思っていたんだけど、気遣わせちゃったらやだなとか思って送らなかったんだ!」と話す彼の内向的な一面を思い返すと、常に遊び心を持って自由に生きていくだけではなく、ぐるぐるもやもやと考え込んでしまう一面も兼ね備えた彼が強く言い切るそのメッセージだからこそ、そのエネルギーは「優しさ」となって私に伝わってきたのだろう。


格差や貧困、紛争やヘイトクライムなど、深刻な国際問題が、以前よりもぐっと身近になったここ数年。ニュースやSNSを見る度「この世界の滅亡は近いのではないか」という、もはや大袈裟とも言い切れない考えが頭をよぎる時や、抱え切れないほどの「生」への不安に苛まれることもあるだろう。
しかしこの先のどんな日やどんな時代にも、Ragelowとその作品たちが、様々な形で私たちを励まし、勇気づけ、側にいてくれる事実を思うと、まだ何も起きていない可能性だらけの明日を、今日よりもう少し遊び心を持って迎えることができそうだ。




Text   Go Nagashima

Photo   Irodol