大工を訪ねて。 vol.1 新潟

夏に新潟を訪れた。二人の社長に会うためだ。
自ら会社を起こした大工と、大工を雇う工務店の社長のお二人。

新潟は住学など、同業他社の交流が盛んで、それが県全体の住宅レベルのボトムアップになっているエリア。
知識を自分とこだけに取り込もうとしないで、良いものはどんどんシェアしてみんなで良くなろうよ、というスタンスでそれがいいスパイラルを生んでいる。他県のビルダーや他業種からの見学も多い。

まずは大工編

すごい大工がいるらしい

すごい大工がいると聞いていた。
技術的にすごい大工はあまたいるとは思うけど、全方向にこだわりがすごい大工がいるらしい、と。
初めてお会いしたのは、2023年5月、モック株式会社の大型パネル千葉工場で開催された第三回の大工の会。

椅子をゴリゴリ削っている女性がいる。
荒々しかった無垢の素材が、みるみるうちに滑らかで艶めかしいフォルムに変化していく。
完成品の椅子には代わる代わる腰かけ、座り心地やその滑らかさを確かめる人があとを絶たない。
その様子を遠巻きに腕を組んで仁王立ちでじっと目を向ける男性がいた。
それが、有限会社匠のトップ大工であり社長の渡辺智紀さんだった。
椅子を削っていたのは、家具職人の長内さん。

有限会社匠-TAKUMIは新潟県、糸魚川市で建築業を営む大工工務店。
木を熟知し、買い付けた材を天然乾燥させ、自ら墨を付け手刻みで加工する精鋭の職人集団だ。
職人という言葉が、昭和的な頑固親父的大工を彷彿とさせるのか、その枠では収まりきらないものがある、気がした。
拘りまくっているのにしなやかで柔軟。新しい技術にも、躊躇なく挑戦するし取り入れているように見える。
そのしなやかさの根源を知りたくて、糸魚川を訪ねた。

新潟へ…

暑い夏の日、できたてほやほやのモデルルームを案内してくれた。
なんとも言えない居心地の良さが展開されるその空間
設計も自身で行ったという。正直、そこまでやる!?というレベル。名のある建築家が手掛けたモデルハウスに匹敵する佇まい。
空間の構成もさることながら、細やかな箇所のおさまりも美しく整っている。施工者が拘りまくれるところに拘りまくったらこうなる、というのが具現化されている。
こだわりは分かりやすいところには見えなくて、気づかない。気づかないほどに自然にそこに在る。
そこにいてストレスがない、ノイズがないというのは、人はふつう気づかない。当たり前すぎて気づかない。
やはり、これはなんかあるぞ…。

大工として社長を張っていたり、元請けとしてバンバン受注している方々は、近しいところに大工がいるというケースが多い。父親だったり、祖父だったり。
そして幼いころから工場に出入りし、最初にもったおもちゃは玄翁です♪という大工に数多く出会った。
渡辺さんもその類のサラブレッド系大工かと思った。

が、違った。

三つ子の魂百まで

高校卒業後、早く稼ぎたくて就職を選択。その就職先が大工を育てる建設会社だった。
「大工になりたくて入ったわけじゃないけど、入ったら大工の会社だったから…。」と言いながら、入社1年目で技能五輪に出場。全国大会で7位入賞する。
その後、複数の企業で大工としての経験を積み重ね、2013年独立。
飄々と語ってはくれるが、決して楽をして得た成果ではないのであろう。だからって誰もがそう「できる」訳でもない。
負けず嫌いなんだろうな、と。
聞くと、小学生から高校生まで、陸上、水泳、バスケットボールとスポーツ漬けの毎日だった。成績も残しスポーツ推薦で進学の話も出ていた。ずっと勝負の世界で過ごしてきて、負けるくやしさを幾度も経験してきた。

話を聞いていて印象に残ったのは、その負けず嫌いの方向性。
渡辺さんの勝負の相手は、人や他社ではなく自身の仕事にあるように見て取れる。
クリアできていないことを発見するたびに、そこに挑みに行く。
その課題を解決するための手段に拘りはないからこそ、新しい技術やアイテムを躊躇なく取り入れる。
○○であるべき、に捉われず、より良いものがあるならそっちへ、と軽やかに動く。

性能について知れば、性能を上げるためにできることを学び考え尽くす。そのためなら、既存の技術のみにこだわらない。できるという確信があるからこそ、新しい手法にも挑戦する。
大型パネルの採用もいとわない。当初、手刻みの大工さんが大型パネルアリなんだ、とも思ったのだけど、話を聞いているうちに納得した。
今や、HEAT20 G3グレード、気密測定でも0.2を安定してクリアする超高性能住宅をつくる会社になっている。

居心地の良さや意匠性という、尺度が明確でないものにも検証を重ねる。
高さのバランスや陰影の様子、素材感、そこに人が居たときの視界の展開など、その空間に身を置いた瞬間に五感で感じ取る要素を細かに確かめ、また全体として俯瞰する。
幾度となく繰り返されたその工程は、存在感を主張することはないが、そこに確実に在ることが分かる。

すべてにおいて目の前の不便やストレスを細かく丁寧に取り除いていく。
作業デスクを見せてもらって驚いた。PCモニタが6面ある。どこのトレーダー?という様相のデスク。
1面だとやりづらくてしょうがない、そこでデュアルモニタを採用したが、まだやりづらい。行きついた先は6面モニタ。
一事が万事こういう調子なのだ。
伺わせてもらった日も、夏休みだというのに車の荷台の道具入れを改造していた。現場で対応するためにはあらゆる道具が揃ってないと不便なんだよなー、と言いながら。そこまで作る人はそういない。

何かしらの伸びしろがあるうちは一点には留まらない。
段階を踏んでステップアップなど考えない。目の前にある課題を完全に解決する。完膚なきまでに叩きのめす、というくらいにやっつける。
その時にできる最高を必ず提供する。
遺る住宅が正義、遺らないものを建てるくらいならやらないほうがマシだと言う。
住宅は確実に私たちより長生きする。遺された住まいに対して、時間を超えて責任を持てる家をつくるためにも曇りがあってはならない。
匠にくるお客様は、技術、手刻みなどその謳い文句に惹かれて来るようでいて、実は端々にあらわれるこの姿勢に魅了されて来ているのだと感じた。

この先は?

40代になって自身のアクのようなものが落ちて、住まいとしての佇まいや在り方に落ち着きが出てきたと感じているそうだ。
長く愛される住まいをつくるのに適齢を迎えた実感がある。と話す。

さて、手を伸ばせば50歳にも届く。今後の展望を伺った。

体力はすこし衰えてきたかなと感じることもあるが、知力や感性は研ぎ澄まされていく。やりたいことはまだまだあって、停まってられない。
糸魚川から出たくない、と思ってたけど、いい機会を得たのでエリアの拡大も挑戦している。
やりたいことを確実に実現する為にも、できれば同じようにできる職人を育て、提供する住まいは揺るぎない自信を持つものでありたい。

そう語る渡辺さん、本人は少し落ち着こうかな、なんて言ってるけど
その瞳の奥には、少年が持つイタズラっ子のような輝きがしっかりと存在していた。







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