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アーティストに必要なのは抽象的思考?具体的思考?

彫刻家の大黒貴之です。

「あなたの話は抽象的でわかりにくいよ」

或いは

「あなたと話していると何言っているのはさっぱりわかんない」

抽象的なイメージを言葉に乗せて人に伝えることはなかなか難しいことですし、アートの世界でも「抽象はわかりにくい」という言葉はこれまで何度も聞いてきました。

何かを商品化することやメッセージを伝える時に「わかりやすい」ことはそれだけ多くの人に届きやすいということです。

確かに、伝達手段としての「わかりやすさ」は大切なことです。

細谷功氏の著書「具体と抽象」によると「わかりやすさ」が求められるのは、社会や組織が「成熟期」に入ってからが顕著だといいます。一方で、衰退期を迎えて、世代交代の際に必要な能力が「抽象概念を扱う」ことだとも。

抽象能力が発揮する威力とは
・物事の本質を捉えること
・AとBという一見すると全く違う対象の構造の共通項、パターンを見出すこと
・何かを行う時の大きな流れやコンセプト、理念の決定
などが挙げられます。

今回は抽象能力とは何か、またアーティストにとって、抽象的能力と具体的能力のどちらが必要なのかを考えてみます。

抽象思考の真髄は洗練されたシンプルさにある

物事の本質というのは「そのものの根本」という意味であるが故にゴチャゴチャしていません。

木の一番大きな幹はシンプルで太いもので、そこから枝や葉の細部が広がっています。しかし、それが逆になると木の構造は成立しません。

高松宮殿下記念世界文化賞という世界的に活躍する芸術家に送られる賞があります。

その彫刻部門をみるとカロ、カプーア、ペノーネ、セラ、ブルジョア、ロング、クラッグ、ライプなど歴戦たる彫刻家が名を連ねていますが、彼らの作品は研ぎ澄まされた洗練さを感じます。またゴームリーやヴァンジ、サン・ファール、シーガルのような具象的な作品も無駄なものを極力落としてデフォルメされている印象を受けます。

ある武道家が言います。

「技をくり出すときの動きは、ただ立ち、ただ座る動作のようなことで、日常顔を洗う仕草、箸を持つ仕草と同じこと」なのだと。

その動きには毎日使うことで、洗練された動きが宿っているのだと。

構造の共通項やパターンを見つけ出すこと

物事や社会を観るときに大切なのは対象の構造であると考えます。

論語の中に「一を知り、十を知る」という有名な言葉があります。

これは構造の本質を観ることによって、一見違う対象が持つ共通項をスライドさせることができる能力です。

卑近な例になりますが、カレーと肉じゃがの構造は同じです。肉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎなどを炒めて、煮る。後は最後にカレールウを入れるか出汁、醤油、酒などの和調味料を入れるかだけの違いです。

わかりやすい表面の具体的な部分しか見ていないとカレーと肉じゃがは全然違う料理に見えますが、先のように本質は同じということになります。

他の世界をを眺めてみましょう。

経済界だとヤマト運輸のサービスは、吉野家のビジネス構造をスライドさせたものであり、また芸能界では紳助竜介はB&Bの漫才構造をスライドさせたものだといいます。

多くの解釈の発生を発生させる装置

富士山が描かれている絵を観ます。

鑑賞者の人生観や生い立ちによって、その霊山からいろいろな想いや感情を彷彿とさせます。しかし、富士山は富士山であり、富士山をパイの実に見えることはおそらく難しいです。

また、過去の偉人が言ったとされる言葉も極めて抽象的な言葉が多用されています。

ゲーテは死ぬ間際に「もっと光を!」と言ったそうです。

彼が「シュテファンさんが今朝やって来て、今年出来たばかりの葡萄酒と丸パンをくれたんや。めちゃ美味かったで!」という言葉を言ったとしても、それは具体的な日常会話となり、今には残っていないでしょうし、残ったとしても、それ以上の解釈の余地はほとんどないので広まることはないでしょう。

つまり、抽象だからこそ、そこから様々な解釈が発生し多くの人を魅了するのだと言えましょう。

抽象と具象のバランスを考える


ここまで抽象能力についてみてきました。

世の中には、抽象能力を持つ人と具体能力を持つ人がいるようです。

その割合はおおよそ1:9だといいます。

具体能力が強い人は、抽象能力を持つ人が見えている風景をほとんど観ることができません。話がかみ合わない理由の1つはこの辺にあるようです。

また抽象化能力は、最初の創造的な思考や大きな方向性、理念を決めるのに大切な要素であり具体的な概念は、それを実務に落とし込み、実現する能力でもあります。

そのように考えると組織や会社を運営する上で、抽象と具象のどちらが欠けてもよくなく、肝心なのはそのバランスなのでしょう。

アーティストも作品の閃きや構想を練るのに必要不可欠な抽象概念とそれを実現させていく具体能力の両輪が大切になってくると思います。

また、新しい概念や作品を生み出すアーティストとそれを世に広めていく実務家、例えばギャラリーやバイヤーとのパートナーシップが大切になってくるとも思います。

なぜかというと、実務としてどう落とし込んでいくのかということができないとアーティストが生み出した作品をより多くの人に届けることが難しくなるからです。

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参考文献

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