見出し画像

本との遭遇覚書・ライトノベルを残すということ

ライトノベルを残すということ。過去作品が気軽に手に取り読めるという意義について、つらつらと考えたことの覚書。

ライトノベルはずっと読んでいても、ある時ポンと読まなくなることがある。卒業とは言いたくないが、なんとなく疎遠になることがある。
でもまた何年か経って吹っ切れて読み始めることもある。そんな時に空白期間に出ていた作品を読もうと思っても難しいのですよ。
てのが僕自身の経験。だから過去作品を気軽に読める環境を作りたい。
単に「あの作品が読みたい」だけなら、電書やネット通販やらの手段もある。しかし空白期間に出ていた作品の中から面白いものを探したいとなると難しい。手に取りパラパラと中を見て、自分で読みたい本を探す。そういうことができる環境が必要なのですよ。

ライトノベルを残していくには、ライトノベル図書館(拠点)ができれば万事オーケーなのでなく、様々な手段が並列する必要があるのでしょう。
僕としては昔の作品を気軽に手に取り読める環境が整備されてほしい。そのため自分に何ができるのか考えます。

大吉堂は元々ラノベをほとんど扱っていなかったのです。
僕自身読んでない作品も多く、でもラノベという存在が好きで今からでも読みたい。その時に昔のラノベを読む指針が欲しかった。それが 「#懐ラノ」 を始めるきっかけのひとつなのです。
でも手に入りにくい。だから自分の店で扱おうと決めたのです。
僕はラノベの知識も読書量も少ない。でもラノベに対する情熱や愛は持っている。魅力を伝えたい想いもある。だからできることをやっていく。

ライトノベルをきちんと残し伝えることは、今のライトノベルを維持するためにも必要だ。と難しい話だけでなく、あの時のあの作品をまた手に取りたいね!という気持ちを大切にしたい。

残すためにライトノベルの定義をすることも大切なのだろう。でも定義することで零れ落ちるものもあるだろう。

若い頃、過去作品を読もうと思ったら古本屋に行けばどっさりと並んでいました。おかげであれやこれに出会えた、読めた、楽しんだ。それが自分の糧になっています。
だから今の若い人にきちんと過去作品を伝えることが自分の役割ではないかと思う。
環境を整えること。読みたいときに読めること。たくさんの中から読みたい本を自分で選ぶことができること。それが大切だと思い実行します。

そんなこんなを考えながら、ライトノベルの過去作品を古本屋として店に並べたり、Twitter上で「#懐ラノ」として魅力を発信したりしています。

※ここでいう「ライトノベル」とは「若者向け娯楽小説」くらいの緩い意味で使っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?