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上空12,000mで月を見たら絶望したって話

角の丸い長方形の窓の外に広がる夜。目的地に向かって時速900kmという爆速で飛んでいるとは思えないほど穏やかな機内の空気は少し冷えつつあった。

夜のフライトは久しぶりだったので、年甲斐もなく少しワクワクしていた。

あいにく地上とあたしの間には月明かりに朧に照らされた平坦な雲が見渡す限り(雲平線とでもいうのだろうか)茫漠と広がっており、煌びやかに闇を彩る街の光も、海に浮かぶ船の灯りも、見ることはできなかった。

でも、こんなことではがっかりしない。SNS映えしそうな写真が撮れそうもないことには若干落胆したけれど、ワクワクの理由は地上を見下ろすことの楽しみにはなかった。あたしを高揚させていたのはむしろ、上を見上げること。そう、月が見たかったのだ。

しばらく前に離陸した飛行機はとうに水平飛行に入っており、飛行高度は40,000フィートと先刻機長が告げていた。40,000フィート。メートルに直せば約12,000メートルだ。地上の動物が歩いていくことができる最高高度よりも1.5倍ほど高い場所である。

宇宙時代とはいえ、宇宙船に一般人が生身で乗るようになるのはまだまだ先だろう。今はまだ飛行機がほとんど唯一の有人飛行の手段である。当然そこにはこれまでに積み重ねられた科学技術の粋が詰まっている。そんな人間の科学力の先端から、地球上の最も海抜が高いエベレストの山頂よりもさらに富士山より高い4,000メートルほども上ったところから、月を見る。どうだろう、ちょっとワクワクしないだろうか?

そんな年齢に見合うのかどうかもよくわからない謎のワクワクを胸に抱きながら、あたしは自分の席の窓から月が見える角度に航路が取られるのを待った。読書灯をつけて本を読んでみたり、何度も聴いた洋楽を敢えてもう一度聴いてみたりしているうちに、手元がぼんやり明るくなった。その光は雲にも邪魔されず、地上の汚れた空気にも阻まれない月の存在を告げていた。

窓の外、首を伸ばして見上げた先に、月が浮かんでいた。

そしてあたしは、少し絶望した。

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