義務的なことと趣味的なことと。特にこれといった結論のないエッセイ

こんなことをかんがえることがある。

縦軸が何なのかは自分でもよくわからない。なんとなくゼロの基準線があり、それより下はマイナス、上はプラス。

日々やることを大雑把に分類すると、二つになんとなく別れる(もちろんこういう分類に当てはまらないようなものもたくさんある)

一つはやらずにいるとそわそわとしちゃって、「はー早くあれやんなきゃ」的テンションでこなすこと。いやだけどやらないと、みたいな感じなので、やる前から既にマイナスで、やったところでプラスにはならず、負荷がゼロに戻る、みたいなもの。(写真の書き込みは間違ってて(←直して撮り直せ)やるとマイナスが埋まるが正しい) 

もう一つは、世間的にはやってもやらなくてもいいんだけど、やると楽しくてやらずにはいられないこと。別にやらなくてもいいから、基本線が0で、やるとプラスが積み上がること。

とりあえず前者には「ギム的」後者には「シュミ的」と付けてみた。

ギム的なことは、社会との関係の中でどうしてもやらざるを得ないこと。やらない状態がマイナスだから、放置するとこれはこれで具合が悪いが、やったところでプラスにはあまりならない。これが仕事なら、マイナスを埋める報酬として給与が得られるということか。

一方のシュミ的なことは、世間的にはやってもやらなくてもいいこと、特に普遍的なニーズがあるわけでもないのでやったところで目立った報酬はないが、好きなことなので、やるほどにプラスが積み上がる。

いわゆる好きなことを仕事に、というのは前者をより少なく・後者をより多く取り入れようということなのだろうけど、いうまでもなく言易行難だ。

誰かがやらないといけないギム的なことは世の中に山ほどあって、もしみんながそれをやらなくなったら、シュミ的なこともできなくなってしまう。シュミ的なことをみんながそれぞれ没頭したら勝手に需要が生まれるわけもなく、シュミ的な事から直接報酬を得るのはそれはそれで難しい。

もしかしたら、ギム的な事は今後AIが肩代わりしてくれるのかもしれないが、シュミ的な事から報酬を得るのが難しいことには変わりない。

結局は、ギム的なことで報酬を得ながらシュミ的なことを楽しむバランスの問題という、何の発見もない駄文をここに呈示しただけのことだった。

このキーボードマジでいい。環境大事(とか言ってすぐまた更新が止まる可能性も全然ある)


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浅沼大樹
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