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#20 インザギンザ






-そのタイルは綺麗に並べられている-



この前、とある展示を見るために銀座へと向かった。
歩き、電車に揺られ、銀座へ到着。

普段全くと言っていいほど、銀座へは来ない。
用がないのはもちろんだが、どうも、こう、なじめない。
ごめんなさい、銀座。君は何も悪くないのだよ。

それはこの街自体にステータスのようなものを感じているのは一つある。
街を歩けば海外の名だたるブランドが立ち並び、美食家が集いそうな隠れ家的飲食店がある。
いい歳の大人の僕が
おとなのまちだなぁ、きゃは。
と心は騒いでいる。

田舎もんのように
口をポカーンと開けて見渡しながら歩くと
その中ででかい看板のGUの文字を見ると謎の安心感を抱く。アイツの存在は庶民には大きいかもしれない。

イメージや先入観が邪魔をして
苦手意識を持ってしまっているのは事実で
フラッと歩いてみたりご飯食べたり魅力をたくさん知れば好きになるのだろうが、それを実行するきっかけがなかなかない。

そして地下鉄の銀座駅の一部通路
天井低すぎやしないか。

自分がデカイのは分かっているが
いつ自分が頭を擦ってしまうか怯えながら歩く。

ステータスと天井の高さで
苦手なんかーい!と言いたいだろうが、自分が居心地の良さを感じるかどうかがやはり重要。

今の家に越してきた時
部屋の天井が以前より幾分か高いことに感動したことがあった。
内見の時は意識しなかったが、実際に暮らしはじめてみて気づいた。

朝起きて立ち上がり伸びをする。
なんと!
伸びをしても天井に手がつかない!
す、すげぇ。なんだこの部屋!

うん
大丈夫。
まったく共感を得ないのもわかってる。
この感覚に。
嫌味かよ、なんて言われちゃう。
だが、事実だからしょうがない。
これがちがうだけで自分の居心地の良さは大きく変わる。

銀座の蔦屋を出て歩いていると
いわゆる高級ブランドの名前の入った大きな紙袋を持った女性とすれ違う。

今度俺もああいうものを持って歩いてみようか。
気持ちが変わるかもしれない。
中には何も入れず。袋だけね。

行く先の分からない綺麗に舗装されたどこまでも延びる道を
背伸びをすることなく
のびのびと銀座の街を歩けることを
夢見ながら、駅へ向かう。

あれ。よく見ると。
想像の僕が持ったその紙袋の中には
憧れと嫉妬と虚無感と体裁が
これでもかと入ってる。
どうりで重いわけだ。

頭が擦れないよう怯えながら
駅に入ろう。


平日、銀座の街、14時ごろ。


電車が到着する。

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