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全日本大学対抗自転車競技大会ロードレース2024

9月13日

全日本大学対抗自転車競技大会。通称インカレロードに向けて13日に岐阜県に到着。その日は寮で1泊して指導者とミーティングを終える。どうやら明日の朝は早朝の5時に群馬県の会場に行き試走をするそう。この日は明日の準備もあり日を跨ぐくらいに就寝した。

9月14日

朝5時に出発し。会場である群馬CSCに午前中に到着。選手は他の大会に出場しているメンバーを除き5人で試走をした。僕は4周回走ったのだが、感想としてはとてつもなく下りが怖い。スタートして下った後すぐの大きな左コーナーが濡れ落ちば等落ちていて路面もあまり良くなかった。それからすぐに右に180度曲がるコーナーがありそこも苦手意識があってレースが始まる前からとても恐怖心があった。自分はこのコースは初めてで、YouTubeでJPTのレースがある際はよく見ていたのでなんとなくは頭の中でイメージしていたが、いざ走るととても難しい。噂に聞いていた心臓破りの坂はイン側から入ると脚がとても削られるのが分かる。なので、レースはこの2つの下りコーナーと心臓破りの坂そしてその前の緩斜面を注意して走りたいと思っていた。試走を終え、伊勢崎市のホテルで一泊した。

9月15日

本日は朝方に群馬CSCの方に行って、会場の坂道を2本走りました。会場自体山の上の方にあるため、そこに向かうための斜面を登ってレースに向けた準備をメンバーみんなで行った。その日は午前中にレース前準備を終え、会場近くにある温泉付きの旅館で一泊させてもらった。

9月16日

とうとうやってきたこの日。入学した時から待ち望んでいたレース。昨年は出場権に惜しくも届かず悔いがあった。

スタートは男子11時。8時半頃には現地に到着し、早速補給食、ゼッケン、プレート、バイクなど走るための準備を着々と終わらし、バイクチェックも済ませ、10時50分にはスタート位置に着いた。(ポンプを貸してくださった作新学院大学の皆さんありがとうございました)

レースは5分遅れの11時5分スタートとなった。
土砂降りの気候の中での150km相当激しいものになるのは分かっていた。1周目でどうやら逃げが決まっていたそうだ。自分は中盤後方に位置していた為全くもって前が見えない。コーナーの連続するコースなので下り終える頃には先頭は登り始めている事が多かった。そして、2周目から自分の気をつけていた左コーナーで落車が発生。このスパンで落車が起きるとするのなら後ろは間違いなく危険。だが、雨の日の下りのスキルに自信がなく全く先頭の方に上がれない。基本的に流れやすいコースなので下りで前にいなければ、その過ぎた後の詰まる登りで前に位置を取らない限り上がれない。前半はプロトンの人数も多く、今いる位置をキープまたは落とすので精一杯だった。

逃げが決まってからは落ち着くタイミングも多く、10周回まではなんとなくで過ごせた。だが、4周目にボトルを落としてしまい。補給は飲料以外でなんとか過ごしていた。補給地点のペースがとてつもなく早く。ミスれば飛んできたボトルに前輪が乗ってしまうという最悪のケースもあると思い、恐怖心に勝てなかった。

そこからペースは上がったり下がったりで落ち着かない展開。また、10周を過ぎてからは心臓破りの坂の手前からペースアップがある場面が多々あり。極力脚を使わないように登りたかったがみんな早い。さすがインカレそう思える。15周を過ぎた100km地点からまずまずとしんどい、だがドロップする程ではなかった。13周目にボトルキャッチに成功している為、幸いボトルはある。だが17周目の180度コーナーを過ぎた後の短い登りで脚が軽く攣った。すぐ戻ったので集団からドロップする事はなかった。そこからペースも変わらず早い遅いを繰り返している。だか、自分は2周たった19周目の心臓破りの坂で両足が思いっきり攣ってしまった。脚が攣りながら必死に喰らい付いたがプロトンと離れてしまった。一緒に遅れた中央大学の選手と新潟食料農業大学の選手と回しながらホームストレートの登りで一旦は追いついたがダンシングするとまた攣りもう限界を迎えそのままドロップし、一周走って20周回終了。残り5周を残しDNFとなった。

チームからは8人出走の完走者1名(36位)という結果で終わりました。


群馬CSCコースレイアウト

その他

この日のために応援してくださった家族、親戚、友人の方々への感謝は今でも忘れません。

そして、機材、補給食等のサポートをしてくださった自転車店の店長さん。本当にありがとうございました。結果はボロボロでしたが、サポートがなければ早々に降りてたと思います。

また、チームの監督さんは僕をこの場に出していただき本当に感謝しています。8月に自分はアクシデントを起こしてしまい、もう走る機会を失ったと何度も思い、辞退する事を言いに行った時、押し戻してくれた事を今でもありがたい事だったんだと思います。あの時話した言葉は今でも思い出せます。メンタル面でとても滅入った時よく相談を受けてもらっていた監督さんへの感謝はいつになっても忘れる事は無いと思います。来年に向けて!のメンタルは今はとてもあるかと言われたらそうではないですが、せめてでも3月の神宮外苑大会の時の喜びもう一度出来たらなとは思います。


朝日大学体育会自転車競技部 

濱田大輝



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