ツーリング寝袋の思い出話:モンベルダウンハガー#3
一日走りきって滑り込む寝袋は、じっとり不快で時に愉快だ。
モンベルのダウンハガーは、主に学生時代の自分を
支えた寝床だ。その思い出を綴りたい。
モンベルのダウンハガー#3
2012 パスハンティング
人生で始めてのパスハンティングを目指した2012年の春。私は、真っ暗な山あいの公園で、ベンチの上に新品のダウンシュラフを広げていた。
当時GPSなんか持っておらず、地図もまともに見られない私は、この日丸一日道に迷い無駄にしてしまった。
緑色のシュラフを眺めてボーっとすると数時間前のことが思い出される。
登った坂が全く間違った道だと分かった私は、急いで下り返した。舗装のスムーズな道だ。
すると、殆ど四つん這いで道路を横断しようとするモンペ姿の老婆がいた。
尋常ならざる様子を放って置けず、私は自転車を降りた。横断を手伝おうとするが、手出は必要ないと彼女は言う。話を聞くと、道路を横断した先の自宅に帰るとのことだ。怪我などはしていないようだ。
結局、状況を見かねた通りがかりの観光者の手も借りて無事に横断は済んだ。
しかし、その女性を気にかけたのは私とその観光客だけだった。地元の人からは冷たい目線さえ感じた。何故だろうか、地方の複雑な事情でもあるのだろうか、、
しかし、当時の私には、それが辛く、なんでか無性に悔しくて、涙がボロボロ溢れた。
この旅行、このにがみだけじゃだめだ。新しく、素晴らしいことをやらなければ。
そう思い、フカフカのダウンシュラフに身体を滑り込ませた。寒空のベンチ、新しいシュラフの温かみが体表を包む。明日は、峠に行くぞと、心に決めた。
2012 バートルフレア山
同年の夏、私は始めての海外ツーリングを経験した。オーストラリアのゴールドコースト→ケアンズの2000km程度のものだ。
このツーリングの締めくくりに、私はどうせならケアンズの手前にあるクイーンズランド州最高峰のバートルフレア山を登ろうと思った。
ケアンズあたりになると、もうすっかり熱帯気候である。
国道を逸れて、脇道を行き、広大な耕作地を通り過ぎると、ジャングルとの境目にある登山口にぶつかる。
登山口には駐車場があり、近場には滝もあるので観光客が多い。駐車場脇の茂みには七面鳥のような鳥もチラホラ見える。トロピカル。
山頂までは7時間ほどかかるようなのだが、既に昼を回っていたため、その日は登山口から4時間ほどのテント場まで歩くことに決めた。
自転車は駐車場に停め、手持ちの容量20リットルしかないザックに、無理やり1泊分のテン泊装備をくくりつける。そして、ジャングルの登山道へと歩みだした。
2000kmのツーリングののち、歩き慣れていない山道を歩いたこともあり、テント場に着く頃には身体はバキバキだった。
日が暮れる前に急いで天幕を張り、夕食を食べてテントに潜り込む。目を閉じて、きしむ関節を伸ばす。
なかなか寝付けないが寝なければ、、、
何度かまどろんでは目を覚まし、それを繰り返すうちに時間は深夜になっていた。
今ならこれがいかに間違っているかよく分かるが、当時の私は軽量化のためにマットをもたず、ダウンシュラフだけを持ってきていた。
だからか、とにかく体が痛い。
不快感と眠気の間にいる自分の耳に、ふとテントのてっぺんあたりを叩く音が入ってきた。
トントン
何だろうと思い、同じ回数テントを叩く。
するとどうだろう、今度は
トントントン
3度叩いてくる。
これはヤバいと思った。生物だとしても、テントのてっぺんを叩ける巨大な生き物だし、人だとしても恐ろしい、いや、、あるいは、、、、
様々な想像が湧き立つ私に対して、テントの外の何者かはまた叩く。
トントントントン
戦慄する私。とにかく音楽でもかけてやり過ごそうと考え、MP3プレーヤーにイヤホンを繋ぎ、耳に当てる。音楽をかけて、軋むからだで、たまに震えて、頭までシュラフにくるまって、夜の空けるのを待った。
2013ナラボー平原
オーストラリアには、ナラボー(nullarbour=木のない)平原を通る国道がある。
国道だが、ガソリンスタンドを除いて人が定住する場所はおそらくない、街もない、ただひたすら1200kmの荒野だ。
学生時代のわたしにとって、そのルートは憧れだった。
そんなルートを東から西に走りはじめて数日経った頃、見渡す限りの地平線に私はいた。
ひたすら平らな道を走り、1日中太陽に焼かれ、向かい風にやられ、疲れ果てて道路脇のテントが張れる広場についた。
テントを張って夕食をとると、辺りはもう暗闇が迫る。急いでテントに潜り込んで、シュラフに包まる。
1日が微睡みの中に沈みそうなその時、私のセンサーが反応した。
臭い。
そう、臭いのだ。明らかに獣のそれだ。
このナラボーにはディンゴという野生の犬がいる。人を襲うというのは聞いたことがあまりないが、野犬の類はやはり怖い。
警戒しなければならない。目をこすり、フラッシュライトを手に取る。冒険本でフラッシュライトで野犬の群れと戦う話を読んでいたので、ソレに習って強力な光で撃退するつもりだったのだ。
臭いは消えるどころかどんどん強くなる。
完全に囲まれた。
今こそ戦い時だと思い、意を決してフラッシュライトを片手に、大声を出しながらテントから飛び出した。
トゥアッ!トゥアッ!
荒野の地平線に声が吸い込まれていく。
フラッシュライトはなにもない砂と草の地面を写す。足跡一つ無い。
しかし、強い臭いは消えない、、、そして気付いた、自分の匂いなんだな、、、、風呂、暫く入ってないもんな
ホッとしたのに加え、バカらしくなって、ライトを消して周りを見回す。
自分を取り囲む強烈な星空、大地から立ち上がり天頂まで広がり、まるで宇宙を漂うようだ。
臭い宇宙だ。
今
そんな思い出を共にしたダウンハガー。
すっかりダウンも抜けて、ヘタれているため、もうしばらく出番が来ていない。
でも、あの数々の不快感やら、名状できない感覚を包んだもの、捨てられずに道具棚に未だに鎮座している。