サイクリング靴の思い出ばなし_クラッグステッパー
最近靴を捨てた。
山や旅行で履けなくなってしまったそれらは、取っておいても意味はない。
でも、思い出だけは残したい。誰かの脳裏にあの愛すべき奴を刻みたい。
だから、書こう、靴の話を。
モンベル クラッグステッパー
今や廃盤になってしまったモンベルのクラッグステッパーを初めて履いたのは、山岳サイクリングに傾倒しだした2014年だった。
同年の6月にサッカースパイクを改造した自作の靴で雁坂峠越えをやって、その限界を感じていた。
岩場や泥道などをオールラウンドに歩ける靴を求めていた私は、初めてもらったボーナスを握りしめてモンベルに向かった。
目に入ったのがクラッグステッパーだった。価格は15,000円くらい。ローカットだが、ゴアテックスのライニングに加え、アッパーはレザーで、つま先にはゴムの補強までついている。
軽登山靴の様相だがソールはしっかりしているのでかなり歩けそうだ、ローカットはペダリングに最適に思えた。このとき志していたサイクリングは100km以上の自走、数時間の担ぎを前提としていたので、望んでいた靴そのものだった。
小一時間悩んだ挙げ句、私はこの靴を購入した。
それから、この靴で数々の道と峠と山頂を踏むことになった。
その年の夏には秩父から志賀坂峠、十石峠、夏沢峠を越えて大町を経て針ノ木大雪渓へと至るサイクリングをした。
秋には、大町から針ノ木峠まで担ぎ上げた。
翌2015年春には、塩山から甲武信ケ岳、夏沢峠を越えて松本、大町、糸魚川、富山と走り、さらに南下して名古屋まで走るツーリング。初夏には那須朝日岳から甲子岳まで縦走し、釜房林道を下った。盆には、駿河湾の安倍川河口から走り出し、富士見峠を越えて井川に至り、椹島から千枚岳、悪沢岳を経て三伏峠、鳥倉より下山して塩尻経由し安房峠を越えて早月川の河口へと至るツーリングをした。
ここに挙げた以外にも、幾多のハイキングとサイクリングをこなした。
この2014〜2015年の時期は、私のサイクリング人生でも最も活発な時期の一つだが、この最初の一足はソールに穴が開くまでそれを支え続けた。
2016年には別のメーカーのローカットシューズを履いたが、あっという間に穴が空いてしまった。
翌2017年、二足目のクラッグステッパーを購入した。
このとき、シマノの登山靴型のビンディングシューズも持っていたので、走行する場面の多いサイクリングは専らそちらになり、クラッグステッパーの出番は山岳要素や歩行の多いサイクリングに絞られることになった。出番が分散したのに加え、他の靴も試しながらの運用だったので二足目は長持ちした。
2017夏、二足目のクラッグステッパーを履いて、調布市から神流町、十石峠旧道を越え、長野市、白馬村へと至り、白馬大雪渓を担ぎ上がったが途中悪天候で下山、その後は塩の道を交えながら親不知まで走るサイクリングをした。同じ夏のうちに地元の八溝山から県境の尾根を走り抜けるサイクリングもした。それからも小さな峠や尾根を辿る数々のサイクリングをした。
2019年にはアイスランドサイクリング旅行の相棒になった。レイキャビークから内陸部の未舗装地帯を走り、温泉に入り、北岸のブリョンドゥオースまで走った。
このクラッグステッパーで行った最後の大サイクリングは、2022年の東北ツーリングだった。
宮城県の松島から走り出し、北上市に至り、丸子峠というバリエーションルートの峠を登り越え、その後は横手市、阿仁、大館市を経て矢立峠旧道を越えて弘前市まで走るものだった。
丸子峠は、標高も知名度も低い峠だが、かつて無い危険と困難を伴うものだった。自転車を雪壁に突き立てて足先を蹴り込んで登る場面もあった。
クラッグステッパーで来て良かったと思えるサイクリングだった。
このサイクリングでだいぶアッパーもヘタれたクラッグステッパーは、夏に京都から山口県までの山陰ツーリングをやった後、最前線から退いた。
そして、最近になって次のクラッグステッパーを求めてモンベルに行くと、廃盤になっていたのだ。
クラッグホッパーレザーというのが後継だそうだ。見た目も、機能もクラッグステッパーよりアップグレードされているが、購入しなかった。
今は、ミッドカットのキーンのハイキング靴、アークテリクスのローカットスニーカーを使いまわしている。
よくよく考えたら、それらの中間を行くような靴を購入するまでもないと思ったのだ。
それに、同様の機能性のものが必要だとしても、違うものを探し、試す楽しみがあってもいいと思う。
濡れた岩でも吸い付くようにグリップするソール、適度に硬い歩き心地、使い込めば使い込むほど風合いが出るどころかみすぼらしくなるレザーのアッパー。
百数十キロのサイクリングを終え、自転車を降りて丸紐を解き、これから始まる数時間の担ぎに耐えるため結び直す。何時間かかるか、しんどいな、頑張らないとなとごちゃごちゃ考える。
勇ましく沢を担ぎ越えた挙げ句、ずぶ濡れになって紐を解き、脱いで道端で乾かす。もーこのまま寝ちまうかなどと考える。
そんな場面を共にしたクラッグステッパーは思い出で良い、次の自分を支えるものはまた決めて行けば良い。