夢さすらう 9話 ガルナ戦

「うわあああああ!!!」
真一は寝床から飛び起きた。

カーテンの間から差し込む外の電灯のともしび、
外を走る車の音。
自分をとりまくいつもの風景がそこにあった。
「え?あれ?・・・目が覚めた???」
答える者はいない。真一は現実世界の自分の
ベッドの上で体を起こしていた。
もちろん、ガルナという魔物に蹴られた痛みなど
まるでない。

枕の横にある携帯を起動させてみた。
時計は、PM10:50を表示していた。

真一はすぐに、寝転がり、目を閉じた。
「下、斜め下前、右、オー・・・下、斜め下前、右、オー」
覚えたばかりの必殺技を復唱しながら徐々に夢の世界に
入っていく。
真一のこの寝つきの良さは、必殺技以上の技かもしれない。

「下、斜め下前、右、オー・・・下、斜め下前、右、オー
・・・下、斜め下前、・・・右、オー・・・」


ガルナの塔の地下2階には、ガルナ、牢屋に
閉じ込められているレミアともう一人少女がいた。

二人の目の前で、真一は、ガルナに蹴られ、壁に強く
たたきつけられて、ピクリとも動かなくなった。
そして、その直後に姿が消えてしまった。
「・・・!!」
レミアは声が出ない。
死んだのか、どうなったのか全くわからない。

もう一人の少女は名前はサラという。
黒い髪と黒い瞳、年齢は14~15歳ぐらいだろうか。
身長はレミアよりも小柄で、白いローブに身をまとって
いる。

「消えた・・・ヤツは何だったのだ・・・」
ガルナがしばし茫然と立っていると、地下1階につながる
階段から、コウモリみたいな小さい怪物がガルナに近づき、
何かを伝え、また上階へと戻っていった。

巨大な魔物ガルナがこちらを向き、口を開いた。「どうやら、
王国一の勇者ギルがお前を助けに来たのは本当のようだ。
最上階で、今、お前の兄クラシスと戦っているらしい。」
最初のお前はレミアに、後のお前はサラに向かって
しゃべっていた。

「兄さん!」
「ギル!」
二人の少女は同時に口を開いていた。

ガルナは二人に背を向け、階段方向へ歩き出す。
「ギルを倒しに行くの!? アンタなんかがギルに
叶うわけないじゃない!」
「ハハハハハハ!!!笑わせるわ!王国最強といっても
それは人間の中での話!我ら魔族と比べたらヤツなど下の下よ!」
レミアは言い返せなかった。ギルの強さはよく知っている。
しかし、目の前にいる魔物のボスは、今まで見た怪物よりも大きく、
そして威圧感、迫力があった。
先ほども、軽い蹴りだけで、一人の人間を数メートルも
吹き飛ばしたのだ。ギルがそれを食らえば、ひとたまりも
ないであろう。

「サイド・バス・ジェイド・・・」
ふと横を見ると、白いローブを着た少女が手を胸のあわせ、
魔法の詠唱を始めている。レミアには何の魔法かさっぱり
分からない。

「あ、あなた・・・何してるの?」
レミアの問いにサラは答えない。魔法の詠唱のため催眠状態に
入っているようだ。
そういえば、魔物に捕まってこの牢屋に閉じ込められたとき、
この少女は最初からいた。名前を聞くと「サラ」としてか
答えてくれなかった。さきほどの「兄さん」という
セリフも珍しかったし、うろたえているところも初めて見た。
その少女が魔法を詠唱している。なぜ?何の魔法を??

「・・・ノォ・・・ロ・・・ス・・・」
一瞬、ガルナの体全体が白く光ったような気がしたが、当人は
特に気にすることなく、階段を登ろうとする。

その刹那、ガルナの目の前、正確には足元に、突然一人の少年が
現れた。世界の創造主、小松原真一である。
「!!」
「!!」
真一もガルナもお互い予期せぬ場所からの出現に言葉が
出なかった。ガルナの塔の地下2階から復活するとは
思っていたが、まさか、ガルナの目の前とは!

「き、貴様・・・!!」
ガルナがすばやく反応し、身をかがめて拳を少年に食らわそう
とする。
しかし、心の準備が、ガルナよりも早かった真一は
既に剣を抜いて構えていた。
「下、斜め下前、右、オー!」
剣を握る力、腕、全身に力があふれた。

ズバッ!!

すさまじい速さで、真一はガルナの脇をすり抜ける。
すり抜けぎわに、剣がガルナの体を引き裂く。
紫の血が吹き出し、階段、床、そして真一を染める。
「あ・・・ガガガガガ・・・・!!!!き、貴様ぁ・・・」
すり抜けた真一を振り向きながら、巨体がゆっくりと
紫の血を吹き出しながら倒れていく。
真一の会心斬りは、正確にガルナの急所を切り裂き、
致命傷を与えたようだ。
ズシンという鈍い音と共に、巨大な魔物は動かなくなった。

「た、倒した・・・」
真一は、自分の数倍も強い魔物を倒した。
剣を握る手が震える。無理な力を使った反動だけではない。
現実世界から夢に目まぐるしく変わり、直後に
巨大な魔物を倒したのだ。
恐怖、喜び、安堵、いろいろな感情が交じっていたが、
すぐに我に返った。
「そういえば、これは夢だっけ・・・」


「すごい・・・」
一方のレミアは、真一を凝視したまま無意識につぶやいた。
ほんの数分前、真一は手も足も出ないまま、一撃で
やられ、姿を消した。
そして、しばらくしていきなり姿を現したかと思うと、
一撃で怪物を葬り去ったのだ。
最初は頼りなかったけど、目の前にいる人間は本当に、
この世界の救世主かも・・・

「おい、何ほうけてんだ?ボスは倒したぞ。鍵はどこに
あるんだよ」
真一からの声に、レミアも我に返ったが、まだ完全では
なかった。
「鍵って、何の鍵のこと?」
「その牢屋の鍵に決まってんじゃん!」
真一は牢屋を指さしながら叫んだ。

「あ・・・そうか。鍵は、ガルナの腰に下げている袋に
入っている・・・」
「え!?こいつの腰にか・・・」真一は絶命している
魔物を見た。
ガルナはうつぶせに倒れており、鍵の入った袋はその
巨体の下にあるようだ。
「取れるかな・・・生き返ってこないだろうな・・・」
真一はおそるおそるガルナに近づいた。
屍となった魔物のボスは恐ろしく重かった。
体を持ち上げることはおろか、ずらすことも出来ない。
「困ったな・・・」真一は途方に暮れた。
「小松原、アンタ、そいつ倒したんでしょ!?
だったら、動かすことぐらい出来ないの!?」
いつものレミアに戻ったようだ。
「はぁ? 無茶言うな!!」

「鍵は必要ない」
レミアの後ろから少女の声がした。
真一が目をやると、黒い髪、黒い瞳の白いローブを
まとった少女がいた。クラシスの妹サラだ。

「ガリクオール、サントール、ワクスタ・・・」
レミアには何かの魔法の詠唱だとは分かるが、
何の魔法かは分からない。真一は、それが魔法の
詠唱であることすら分からない。

「カイジョー」
サラがそう言うと、突然牢屋の鍵がカチリと鳴り、
扉が勢いよく開いた。
「え・・・これは・・・どういうこと?」
真一は、レミアと少女に聞いた。レミアは答えることが
出来ないので、少女が答える。
「鍵を開ける白魔法。」
「そ・・・そうなのか・・・」
「ツッコミが来る前に答える。なぜ、それまでにこの魔法を
使わなかったか。」
そうだよ、なぜ使わなかったんだよー。真一とレミアの
思いが珍しくシンクロする。
「私はいつでも脱出できる状態だった。しかし、ガルナが
常に見張っており、少しの隙も見せなかったのだ。しかし、
あなたがガルナを倒してくれたおかげで、やっと使える
機会がやってきたというわけだ。それにしても、あなたの
ように、消えたり、現れたり、急に強くなったりする人間を
今まで見たことがない。あなたは何者なのだ?」
「あ、俺は・・・」真一が言いかけて、すぐにサラが
それを遮り話を続ける。
「時間がない。私の兄が、王国一の勇者と戦っている。
私が捕らえられているせいで、兄さんはアドラス家を捨てる
ことになってしまった。早く助けに行かなければ!」
「でもな、地上に出る階段がないんだぜ?」
「地下1階に隠し階段がある。牢屋にいる間に魔法探知して
おいた。すぐに行こう!」
サラは地下1階への階段へ急ぐ。

真一とレミアは目を合わせた。
「・・・行くか」
「そうね。確かに、人間同士の無駄な戦いはやめさせないとね」
二人は、少女の後を追った。

地下1階。デントーの効果は続いており、真一を中心に
光が辺りを明るく照らす。
サラを先頭にして二人は後に続いた。
ふと真一はレミアに聞いた。
「なぁ、お前、俺をおぶって下山できるほど体力あるんだから、
怪物が出てきたときに、応戦しなかったのか?」
「・・・一瞬だったのよ。ものすごいスピードで接近してきて、
口の中に、麻酔草をねじこまれて、そのまま気を失ってしまって
・・・」
「そ、そうなのか。お前でも、手も足も出なかったんだな」
麻薬草ってなんだ?とは真一は聞かなかった。なんとなく
眠らされる草だと察しがついたからだ。レミアがふいに
真一に顔を向けて聞いた。
「そうだ!!村人は・・・無事だったか!?」
「・・・無事だったよ」
無事だったのは女性と子供たち。男たちは皆殺しにされて
いた。しかし、真一は何となく、口に出してはいけない気がして
曖昧に答えた。
「そうか。良かった・・・」レミアは安堵した。
「ついたぞ。ここだ」
サラが部屋の前で止まった。
手前から数えて2番目の右の部屋だ。
「そこは何もなかったはずだけどな・・・」
事実、部屋に入っても何もなかった。

そこでサラが手を顔の前で合わせて、目を閉じ詠唱を
始める。
「イミダスト、モウセン、カブナルド・・・」

サラが目を開いた。
「サーチ」

すると、部屋の隅に最初はボーっと、やがてハッキリと
輪郭を現した。それは地上への階段だった。
真一は立て続けに生まれて初めての魔法を目の当たりに
して感嘆した。
「すごいなぁ。サラ・・・だっけ?君も魔導士?」
「私は、魔導士でも白魔導士という部類だ。あなたに
かかっている光の魔法デントーを掛けた人は、黒魔導士
だ。」
サラはそう言いながら、階段を上がっていく。地上階の
出口はなく、天井しかないと思われたが、サラは迷わず
階段を登った。
天井にぶつかったと思われたが、サラは天井すり抜け
消えていった。
真一は、これも魔法かなんかだと思い、彼女に続く。
天井に頭を打つことなく、天井をすり抜け、地上階へ
出た。きっと魔法で幻影の天井が作られていたのだろう。
レミアもそれに続く。





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