2話 少女レミア
「・・・・はっ!」
真一は目が覚めた。
・・・・・
風景がいつもと違う。自分の家の部屋ではない。
6畳ほどの広さで、石造りの壁、腰ぐらいまでの
高さの木棚、小さい木製の丸テーブル。薄い掛け
毛布。窓の外に広がる青空、小鳥のさえずり。
心地のよい、うっすらと花の香り。
「えと・・・ここはどこだ??」
山を下っていて、力尽きて、レミアという少女に
おんぶされて・・・なんかイイ香りがして・・・
そこから記憶がなかった。
「目が覚めたようね」
聞き覚えのある声に振り向くと、部屋の入り口に
レミアが立っていた。青い瞳でこちらを見ている。
どうやら、まだ夢の世界の中のようだ。
「え・・と、ここは、お前の家?」
「そうよ。私の家。ところで、元気になった?
元気なら、早く出ていって。いつまでも寝てられたら
困るもん」
「・・・俺って、ひょっとして結構寝てた?」
レミアは丸テーブルの横にある木製のイスに
腰かけた。
「夕方、連れて帰って、ベッドに寝かせて、
次の日の朝が来たのが、今だよ」
そんなに寝てたのかー。真一は現実世界の
事が気になった。時間は分からないが、
おそらく12時間ぐらい寝ている。
現実世界で寝たのが17時頃、洞窟を彷徨って
1~2時間。現実世界は19時。
それから12時間寝てたから、現実世界は
今、朝7時!!!
「やばい!遅刻する!」
真一はベッドから飛び起き、立ち上がった。
「なんだ、突然に!?遅刻?アンタ、どこかで
待ち合わせしてんの?」
「そうじゃないよ!えっとな、俺の現実世界には
学校ってのがあって、遅刻したらマズいんだよ!」
「学校ぐらい分かるわ。この国にもあるから。
あぁ、トウキョウとかいう国の学校か。まぁ、諦め
なさい。アンタの国に帰ろうと思ったら、また頂上の
洞窟まで行かなきゃいけないし、アンタのひ弱な足
だったら、頂上まで相当時間がかかるはずだよ」
「そ・・・そんなぁ・・・」
真一は愕然とした。高校生活、今まで無遅刻、
無欠席だったのに・・・
パシン!
「!?」
真一の目の前が一瞬、暗くなる。
いきなり、レミアに頭をはたかれた。
あまりの突然の出来事に声が出ない。
「遅刻ぐらいで、人生終わりましたみたいな
顔をするな、情けない。」
「あ・・・ええ・・・と・・・」
女の子にはたかれたのは久々だ。小学校以来か。
それにしてもあまりに予想外の出来事に
真一は声も出ない。
しかし、やりきれない怒りが徐々にこみ上げて
くる。
「じゃあ、俺を夢から覚ましてくれよ!」
「・・・・はぁ?アンタ、もう目を覚ましてる
じゃない。頭おかしいの?」
「まだ、覚めてないんだよ。俺の本当の世界は
ここじゃないんだよー!」
「・・・・・」
しばしの沈黙があったが、やがてレミアは口を
開いた。
「分かった、分かったから。もうちょっと休んで
行っていいよ。それで落ち着いたら、ここを
出て行きなよ」
そう言ってレミアはそそくさと部屋から
姿を消した。
「・・・頭がおかしい人に見られたかな?」
冷静さを徐々に取り戻してきたようだ。
「多分、母さんが起こしに来てくれるはずだ。
その時に目が覚めるに違いない。」
希望的観測で、真一は気をとりなおした。
改めて、今の状況を冷静に見てみる。
・・・体が軽い。しっかり寝たおかげだ。
上半身は、破れた黒いTシャツを着ているが、
だらりと下がって、半裸に近い。
下は紺色の半パン。こちらは元のままだ。
となりの部屋から、トントンという音と
水が沸騰する音が聞こえる。
「料理してんのかな?」
真一は部屋から出て、隣の部屋を覗いてみた。
厨房になっており、炉がひとつあった。
そこでは赤い火が燃え盛っており、
炉に置かれた鍋の水が沸騰していた。
その横ではレミアが野菜を切っている。
「おーい、もしかして何か作ってくれてんの?」
話しかけられたレミアは、目も合わせず答える。
「そうよ。最初は自分の分だけ作ろうと思った
けど、しょうがない、アンタの分まで作ってあげるよ。」
また静寂が訪れる。グツグツという音と、キュウリ
だか、キャベツだが分からない野菜を、ナイフで
トントンと切る音だけが聞こえる。
「え・・・と・・・あのな・・・さっきは
取り乱してた。えと・・・そう、そうだ。
遅刻するのが嫌でな。わ、悪かった」
一瞬、レミアがこちらを見る。
「・・・そうなの。遅刻ぐらいでねー。
ま、気にしなくていいわ。ご飯、食べて元気に
なったら、さっさと村を出て、目的の場所が
どこか知らないが、そこへ行くのね」
少しは彼女も冷静になったようだが、
どこか愛想がないのは変わらない。
静かに待っているのも性に合わないので
聞いてみる。
「レミア、お前、なぜ山頂の洞窟の前で、
出てくる人を待っているんだ?」
「・・・それは、この国が危機を迎えているからよ」
真一には意味が分からない。レミアが続けてしゃべる。
「ギガルデスという魔王の名前は聞いたことある?」
真一は首を振る。「いいや、初めて聞いた」
「旧世界時代に封印されたバケモノでね。最近、こいつの
封印が解かれ、地上世界を支配しようと、多くの
魔物を操って、侵攻を始めたんだ」
話は分かるけど、自分の質問の答えになっていない。
そんな真一の思いなど気づくこともなく、レミアは
しゃべり続ける。
「バルシレン4国のうち、レーザー国がまず滅ぼされた。
ギガルデスは滅ぼしたレーザー国を根城にして、
他の3国を支配しようとしている」
バルシレン?レーザー?自分の夢とはいえ、
分からなすぎる。
「我が国のガムル山脈、つまりこの辺り。この
山々の頂上のどこかに、神の国へとつながるといわれる
洞窟があり、その洞窟から出てきた者は、この世界を
作った神だと・・・予言者は言っていたのよ」
すごい予言者だ!当たってるじゃないか!
真一が感心していると、
「しかしそれは間違いだった。アンタみたいな
ひ弱な人間が出てくるなんてね・・・」
レミアは沸騰した鍋に、さきほど切った野菜を入れて
蓋をした。
炉の上に置かれたもうひとつの釜には、お米の
炊けた臭いがする。お米かどうかは分からないが。
「そう言われると、なんだが、確かに俺はこの
世界の神様に違いないよ、うん。信じろってのが
難しいだろうけどな」
「当たり前よ。信じられるもんか」
「俺もこの世界に来たばかりで、この世界のことは
何も分からないんだ。色々と教えてくれると助かる
んだけど・・・」
「アンタがもし神様だとして、自分の作った世界を
何も知らないの・・・・?」
真一はうなづく。真一がこの世界の創造主だと
いうことは1ミリも信じていなかったレミアだが、
やがて、中央にあるテーブルのイスに腰かけた。
料理が出来るまでしばし時間があるらしい。
真一が神様だということは、地の果てに置いた
まま、レミアは口を開いた。
「この世界は4つの国で出来ている。
緑の国エルミタージュ、
砂漠の国ソード、
水の国グランムール、
そして滅ぼされた機械帝国ソードだ。
この4国をバルシレン4国と言う」
「この4国以外は何も国がないのか?」
レミアが足を組み替えた。
「どの国も高い山脈で囲まれているんだ。
この山脈の向こう側には誰も足を踏み入れた
ことがない。」
レミアが続ける。
「長い歴史の中、この4国は互いに争ったり、
手を取り合ったりして、4国のバランスは
保たれてい・・・」
ガシャーン!!
外で何かが倒れる音が聞こえ、その直後に
外から声がする。
「レミア様!お逃げください!!!」
ドガっ!!
扉がぶち破られ、外から巨大な黒い生き物が
荒々しく入ってきた。
二人とも思わず立ち上がった。真一はこの
外から突然やってきたバケモノを見る。
2メートル50センチはあると思われる天井に
まで届きそうな高さ。かろうじて人の形を
してはいるが、目つきは鋭く、口は横に
大きく割れていた。全身真っ黒で、背中に
生えた不気味なコウモリのような羽、手から
生えている鋭い鉤爪。
チラッとレミアの顔を見た。知り合いじゃなさ
そうだ。怪物が口を開いた。
「レミア姫、一緒に来てもらおうか。抵抗すれば
死人が増えるだけだぞ」
この世の者とは思えない、不気味な声が響く。
レミアは動けないでいた。
真一は思った。応戦しようにも武器がない。
部屋のまわりには、それらしき物が・・・・
さきほどまでレミアが使っていたナイフが
料理台の上に置いてあるのが見えた。
レミアは動かない。いや、動けないようだ。
真一はさっと動いたかと思うと、料理台の
上にあるナイフを取り、魔物に近づき
腹の部分に突き立てようとした。
一瞬だった。魔物の手が、鋭い爪が、真一の
胸あたりにめり込み、貫通して貫いた。
「が!!!」
真一はナイフを床に落とし、そのまま
絶命した。
「小松原っ!!」
レミアは叫んだが、真一の耳には届かなかった。
即死だった。