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昭和の小学生、ネパールに行く(7)_Nepal in 1979
1979年、小学2年生の時に初めての海外旅行で母と二人でネパールに行きました。最終章です。
さて、1980年1月4日の今日はネパールを発って日本に帰る日である。ほぼ帰るだけなのだが、40年前の旅程も面白いかと思い、とりあえず母の日記に書いてあるまま書いていく。
午前中はお土産を買いに母はカトマンズの街に出たそうだ。ぼくはもう行きたくないと言ってホテルにいたらしい。母はホテルに十二時過ぎに帰ってきて、一緒にお昼を食べる。
カトマンズ発の飛行機は三時半発の予定だったが、当然のように遅れ、五時半になった。
この79年暮れから80年にかけての正月休み、カトマンズには日本人が500人もいたそうだ。空港はさまざまなグループの日本人でいっぱいだったと言う。
そして、みんなで飛行機を待つ。
殺風景な待合室で、飛ぶんだか飛ばないんだか全くわからない飛行機をじっと待つ。
さっきは三時の飛行機が五時半になったと言っていたが、その五時半もいつの間にかとうに過ぎてしまった。
ぼくはお腹がすいたお腹がすいたと言っていたようだが、空港内にはレストランもなければ食べ物も売っていないので、これまたただ何もせず待っているしかなかった。
結局、ぼくたちの乗るロイヤルネパールの飛行機は七時にインドのカルカッタに向かって飛んだ。
カトマンズの街の灯が星くずのようだった、と母の日記には書いてあった。
カルカッタまでは一時間二十分ほどで到着した。カトマンズの空港に比べるととても大きくて立派である。カルカッタで、なんらかの通関手続的なもので一時間以上並んだと日記に書いてある。いやいや大変である。
ここからはエアーインディアで成田まで。しかし、例の如くエアーインディアも全く当てにならない。やはり、いつ飛ぶともしれない飛行機を待合室で待つ。
ただし、ここではなんとサンドイッチや飲み物などのサービスがあるのだ。サンドイッチとコーラ、ポテトをもらう。もらっておいてなんだが、サンドイッチのパンはやたらと薬くさくて、そして誰もが塩味を期待するポテトはなんと砂糖漬けにしてあり、あまりの甘さにびっくりしてしまった、と日記にある。
などと言っているうちに午前〇時ごろ飛行機は出発。エアーインディア初のジャンボ機の初飛行のフライトだった(ジャンボ機、という言い回しがまた懐かしい)。新しい飛行機なので、飛行機の中はとてもきれいで快適だった。
この便もバンコクに停まるトランジットがあったらしい。行きのパンナム世界一周便もそうだが、この頃はこう細切れに停まっていくのが多かったのだろうか。
朝の六時半に朝食で起こされる。軽いケーキのようなものだった。
その後は香港に到着。行きは夜でよくみえなかったが、今回は島だの高層アパートだのがよく見えたと言う。
飛行機は三時間遅れで午後三時に成田に着いた。横浜シティエアターミナルで父と弟と待ち合わせることになっている。
到着すると、弟がぼくを見つけ、「ダイちゃんだ!!」と叫んですごい勢いで駆け寄ってきた。その光景は今でもすごく覚えている。よく考えたら、こんなに長いこと弟と離れていたことはこれまでなかったのだ。ふだん一緒にいる時間でいったら、母よりも弟の方がずっと長い。家でだって一緒に遊んでいるわけだし、弟にしてみたらそれこそ生まれてからぼくがこんなにいないことはなかったのである。
兄貴がいなくてのびのびもしただろうが、やっぱりちょっと久々の再会は特別な感情だったんじゃないだろうか(当時4歳だけど)。ぼくも、うれしくて少し気恥ずかしいような気分だった。
母は、日記に弟のことを「どことなく大人になった気がした」と書いている。母だってそれは心配だったろうと思う。今親になったら思うけど、やっぱりほっとしたし、4歳の子がお留守番偉かったね、と思うんじゃないかな。
帰ってきてから、ぼくは「もうネパールには行きたくない」と言っていたそうだ。母は日記に、「今はまだ帰ったばかりで、気持ちも落ち着いていないだろうが、きっとそのうち、多様な人のことを思いやる気持ちがわかってくると思う」と書いている。
小学生のぼくがネパールから帰ってきて、どんなことを考えていたのかはもうはっきりとは覚えていないが、聞かされて考えていたより、テレビで見るお話やアニメより、もっとずっとリアルな世界の姿がどんと強制的に身体の中に飛び込んできたことはよく覚えている。当時はその刺激が強すぎたが、何年経ってもぼくの中に刻み込まれたその痕跡はずっと形を保っており、自分の中の大事なものとなっている。
何度か書いているように、この15年後、社会人になったぼくは再びネパールを訪れた。
この時の印象はひとつで、とにかくすばらしく優しい人たちの国だ、ということである。小さい頃に感じて覚えていたネパールの空気に、小さい頃には感じることのできなかった現実の人格を上書きすることで、記憶がアップデートされたような気分だった。大人になっての裁縫によって、入れ物に魂が入ったというか、絵に鮮やかな色彩がついて完成したというか、そういうちょっと達成感にも似た感覚を覚えることができた。
帰ってきてから、ぼくは同じ歳のネパールの少年テンジンくんとしばらく文通をしていた。テンジンくんはとてもきれいな英語の手紙をくれた。ぼくは一生懸命調べながら、頑張って英語の手紙を書いた。何を書いたかは全然覚えていないが、とにかく大変で、書き上げた時にものすごい達成感があったことは覚えている。この文字を送ることで、言葉が通じない人にも自分の気持ちを送ることができる。不思議だなぁと思った。そして、会っていた時は全然お互い話が通じたことはなかったけれど、こんなにぼくのことを覚えていてくれて、手紙を書こうと思ってくれたなんて、そんなふうに思っているとは全くわからなかったから、うれしかった。ぼくだってしっかりその気持ちを伝えなくちゃと思った。
この時にテンジンくんと出会ってその後に影響しているのは、もしかすると、外国人相手の壁が一枚とれた、と言うことかもしれない。
つまり、全然知らない国の人で言葉が通じなくても、人間だいたい似たようなことを考えているものだから、こっちが好きだと言えばまぁ大体向こうも好きだと言ってくれるんじゃないかと言う理論である。そう思うと、なんだか通じなかったらどうしようとか、間違って話したらどうしようと言うことはあんまり気にならないで話しかけることができる。
まぁ間違っていない気がする。
(おわり)
※ここから先はネパールの「人」の写真を集めました。
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