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河津桜とマクドナルド

 今日、思い立って妻と娘と三人で三浦海岸の河津桜を見に行った。
 電車もそこそこ混んでいたし、駅前から桜祭りの会場である小松ヶ池公園までの道のりも人が多い。
 とても良い天気で、日がさすと暖かいくらいだが、今年は寒波の影響で河津桜の開花が全体的に遅れているようだ。確かにまだ蕾が目立ち、来週くらいが見頃なのかと思う。三浦海岸の河津桜は道のりに菜の花もたくさん咲いていて、一足早く春を感じられる。

 小松ヶ池は初めて来たが、公園の中に入り池の全貌を見てあっと思った。ここは京浜急行で三崎口に向かう時に窓から忽然と見える謎のため池みたいな水辺じゃないか。これは公園だったのか。
 今は桜もあって出店も出ているから多少賑わっているが、普段は車窓から見る限り殺風景もいいところで、あまりに薄暗く呪われたような水場の雰囲気に、勝手になんらかの事情で閉鎖されてもう使われていない施設でたまに心霊現象が起こるであろう場所、と決めつけていた。こんなパブリックな場所だとは思わなかった。
 そんなことを考えていたばちが当たったのか、奥さんが財布を無くしたと言い出したり(駅にあった)、出店もあんまり目立って面白そうなものもなく(フランクとハットグを食べた)、思ったよりも簡単にお目当ての桜祭りを一周してしまった。
 途中、畑の三浦大根を1本300円で抜かせて売ってくれていた。子供達が歓声をあげながら抜いている。昔だったらうちの子達も大騒ぎして抜いて、3本も抜いてどうするんだよ、なんていったりしていただろうに、もうそんなこともないかと思うとなんだかぎゅっと切なくなる。

 駅に戻り、せっかくだからと海岸に行ってみることにする。さすがにちょっと食べただけなのでお腹も空いているから、どこか食べられるところはないかと思いながら海に向かって歩いた。ところが、みんな考えることは同じなのか、通り沿いにあるごはんやさんはどこもかしこもみんな長蛇の列ができている。

 海岸でトンビが大量に旋回しているのをみる。三浦海岸はいつも風が吹いている。対岸の房総半島が、もうすぐ手が届きそうな距離に見える。房総の鋸山がある断崖と三浦海岸の砂浜は、さながら大きな川が流れているかのようだ。いつも流れる風のために、海もなんだか流れているように見える。その流れの中、ウインドサーフィンやらSUPに乗っていく人の姿が見える。独特の濃い緑色の海。近くで見ると透き通ってきれいなのに、遠目からは少しやわらかい不透明色。東京湾側の海岸ってあんまり実は残っていないから似たようなところが意外と少ない。葉山、江ノ島といった相模湾側とはまた明らかに違った世界を持った海である。

 さて、海まで来てしまったが流石にお腹が空いてきた。しかし、海沿いの定食屋さんは見る限りどこも殺人的に混んでいる。どう考えても1時間近くは待ちそうな行列だ。
 そこで我々がとった選択はそう、マクドナルド。三浦海岸の近くにある、ご存知の方も多いであろうあのマクドナルドである。
 休日に観光で三浦にきてマグロでも海鮮でもなくマクドナルドに行く選択っていうのはなかなかないんじゃないだろうか。
 だが、もとより我ら家族はあんまりそういうの気にしないタイプである。なにしろお腹も空いているからすぐ食べたいし、単純にマクドナルドってなんだかんだいってやっぱりおいしい。なにより、家族でマクドナルドで食べるのってなんかイベント感あって楽しい。

 マクドナルドは、空いているとは言わないが、でも家族三人ですぐに座れるくらいには席は空いていた。周りを見ても、明らかにこの辺に住んでるであろう人みたいな感じである。それはそうであろう。遠くから河津桜観にくる風情になってるのに、なんでまたマクドナルドに行こうと思うのだ。若い子がデートで来たにしたって、ご年配がお友達と来たにしたって、まぁない選択肢かなと思う。少なくとも、さっきお店に並んでいた方々は間違いなくこういう人種ではないはずだ。
 前にテレビのバスを乗り継ぐ旅番組で、生駒里奈さんがお昼に北海道で有名なコンビニの「セイコーマート」のお弁当を食べたいと言い出したら、地のものを食べたい太川陽介さんがものすごく機嫌が悪くなってしまった、という一節を見たことがある。北海道まで来てコンビニ弁当か!というわけである。まぁセイコーマートは有名だからこれに関してはそこまで変な提案でもないと思うが、これが仮にマクドナルドだったら目も当てられないだろう。

 ただ、番組なら面白くなるからともかく、家族で来ていてごはんの選択くらいで機嫌を悪くするというのはなかなか救いようがない。だいいち、機嫌悪くしても別に何も解決しないし、みんなイヤな気分になるだけで、ごはんだって味がしなくなってしまうだろう。それに、これを言ってしまったら身もふたもないが、食事なんて根本的には動くための燃料補給が目的なのであって、当面のカロリー摂取の点で言えば、マグロ食べてもハンバーガー食べても同じなのである。もちろん、おいしいもの食べたいとかせっかくだから土地のものを食べたいという気持ちの問題なのはわかる。要は、別に「怒るほどのことでもないんじゃないか」という話である。

 我々はマクドナルドにしたおかげで大して悩まずにおいしいごはんを食べることができ、スマホであっという間に注文して席に持ってきてもらい、落ち着いて話をした結果、まだ時間が早いのでこれから深海魚特集をやっている八景島シーパラダイスに行こうという案をまとめることができ、入店から30分程度であっという間に駅に向かって進み始めることができた。そしてシーパラダイスで深海魚やカワウソやレッサーパンダやプレーリードッグと戯れてお土産買って帰ることができたのだ。

 もし我らが定食屋に並んでいたら、マックに入ってから外に出た時間でもまだ並んでいただろう。もう待ちくたびれてしまって、結果、このあと水族館に行こうという時間もないしその発想もなかったかもしれない。

 だから、我々の選択は正しかったのだ。いや、選択なんていつだって正しい。思っていたことと違ったからといって不機嫌になんかなる必要ないのだ。定食屋で並んでいたら、それはそれで正しいのだ。おいしいごはんが食べれて、それはそれでかけがえのない思い出になって、ゆっくり余裕を持って家に帰れるから、八景島に行って足が棒になるまで歩き回るような目にもあわずにすんだのだ。

 もう一度言う。自分たちの選択はいつだって正しい。だっていくつかある選択肢の中から自分で悩んで選んだのだから、どれも正しいに決まっている。だから、違う選択をした方が良かった、間違ってた、などと悔やむ必要は絶対にない。
 少なくとも、ごはんの選択くらいでは絶対にない。


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