たこやきくんの思い出
「たこやきくん」というスナック菓子をご存知だろうか。
たこ焼きっぽい見た目と味の、ソース味の丸いパフ状のお菓子である。
ぼくは小学生の頃これが好きでおやつによく買ってもらっていた。バーベQ味かたこやきくんである。
なんだったら、本物のたこ焼きよりも先にたこやきくんから入ったかもしれない。関東ということもあってあまり身近でたこ焼きを見ることがなく、お祭りで初めてたこ焼きを食べた時にはなんかむしろそっちに違和感を感じたくらいだ。
さてそのたこやきくんが、どういうわけか急に今の我が家の食卓にぽんと置かれていた。間違えるわけもない、特徴的なパッケージとタコさんのキャラクター。そして「おいしいよ」ののぼり。
名前がどういうわけか「たこやきくん」ではなく「たこやき亭」になっていたが、顔は忘れないというのはこのこと、この見た目は明らかにかつてのたこ焼きくんである。
早速開封して食べてみる。
こ、これは。。
うまい。
うますぎる。
サクサクふわふわの食感も絶妙ながら、なんといってもフレーバーの妙、口に入れた瞬間から鼻に抜けていくソースの香りが絶品である。
いわゆるシーズニング系のパウダーよりももっと濃い、液体ソースのような香ばしさがある。
とまらない。
気がつくと一気に食べすすめてしまっていた。
匂いや味というのは、記憶も一緒に呼び覚ますこともあるという。
今回のたこやきくんもそうだ。もう、何十年も食べていなかったが、間違いなく味は当時のままである。
こんなにも美味しかったかと驚くとともに、どこかでそうだったこの味だったと安心している自分がいる。
とともに、当時の小学生の時の状況や画像をかなりの解像度で思い出していた。
たこやきくんで思い出深いのは、小学校四年生の時の担任だった堀口先生だ。
堀口先生はおもしろくて若いお兄ちゃん先生で、今見たら全然違うとは思うが、当時は松田優作みたいなイメージを持っていた。長身で、ちょっと髪の毛が長くて、スポーツが得意で、言葉づかいも若者で、おもしろかった。いつもみんなを笑わせていた。
小学校の時のおもしろい若い男の先生は、どこでも人気があるものである。たぶんだが、美人の女の先生よりも人気なんじゃないだろうか。
特に男子にとっては、自分より少し上の世界を知っているお兄さんというのはいつの時代もひたすらにかっこよくて、憧れる存在なのは間違いない。
その堀口先生が家庭訪問の日、家を回るごとにその家の生徒がついてきてしまい、なんだか最後には大集団になってしまったことがあった。みんな、先生が家に来てくれたことも嬉しかったし、学校の外で先生と一緒にいるのも楽しくて、そのまま離れがたかったのだろう。
先生もやさしくて、「なんだよお前ら〜」なんていいながら追い払うでもなくみんなを連れて回り、最後の家が終わると、「内緒だからな」といってお菓子をみんなにおごってくれた。
ガムだのなんだのをみんな買ってもらったと思うのだが、なんでだかそのときにぼくはたこやきくんを買ってもらったのを覚えている。
「お菓子をおごってもらう」みたいな経験も初めてで、なんだかとてもうれしかった。今だったら問題になるのだろうか。でも、40年以上たったいまでもいい思い出として鮮明に覚えているのだから、やっぱりそれは意味がある教育だったんじゃないかと思う。
小学校四年生というのはは、自分の家庭にその後離婚や引っ越しといった運命が巡ってくるちょうど1年前だ。
ひたすらに楽しいことしか知らない眩しい光の中の世界。
その記憶と思い出。
たこやきくんが持ってきたもの。
あらためて、その風味の変わらなさは、簡単な言い方だが、なんだかしあわせの味である。
振り返ってみるとあんなにもつらいことばかりあったような気がするが、たこやきくんの味はそれを経験する前の、まだ自分が明らかに子供の時代の、楽しくて希望しかない毎日の味そのものなのだ。
またひとつ、たこやきくんを口に放り投げる。
その香りがぐっと濃縮された時間のトンネルを潜り抜け、先生の家庭訪問について行ったあの日あの時、少し雨上がりだったあの日に連れていく。
「あんまりお母さんに言うなよな」といった先生。いたずらっぽく友達たちと顔を見合わせる空気。秘密を共有した感覚。明日が楽しみな日々。