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Lew Tabackinとの共演

 ルー・タバキン(Lew Tabackn)はアメリカ・ニューヨークのレジェンド的なジャズテナーサックス&フルート奏者です。
 これも世界的レジェンドであるジャズピアニスト・穐吉敏子さんとご夫婦であることでも知られていますね。
 日本では特に、トシコ・タバキンビッグバンドというジャズビッグバンドを率いて活躍されていたことを思い出すジャズファンも多いのではないでしょうか。

 そんなルーさんと初めてお会いしたのは2010年ごろの話です。当時自分が所属していた、穐吉敏子の曲ばかりやるビッグバンドが、なんとご本人であるルーさん、穐吉さんと共演する機会をいただいたのです。
 この経緯もドラマはあるのですが、ここでは簡単にいうと、自分が当時ご一緒していたバンドのリーダーである内田さんというトランペッターの方からのご縁でご一緒することができました。
 彼はとにかく穐吉敏子の音楽が大好きな方でした。
 あまりに好きすぎて自分で穐吉敏子の曲だけを演奏するビッグバンドを組織し、またあまりに好きすぎて日本在住とは思えないほどの頻度でニューヨークの穐吉さんのライブに足を運んでいて本人と色々話をしていたところ、じゃあ一度演奏しようか、という話になったというわけです。

 というわけで、ぼく自身は特になにもしたわけではないのですが、単純に運がいいというそれだけの理由で、なんと穐吉敏子の曲をご本人である敏子さん・ルーさんと共演させていただくことになりました。
 これはジャズ的にはかなり凄いことで、例えるとサザンのコピーバンドに桑田佳祐本人がくるようなものです。ものすごく緊張もしたけれど、でも楽しみでした。

 初めてルーさん・敏子さんがリハーサルに登場してご一緒した時、まずはお二人の優しいお人柄にとても感激したのを覚えています。
 その中で、ルー・タバキンが楽器を吹き始めた時の衝撃はすごいものでした。なんと暖かくて包み込むような音色だろう。しかもとても大きな音で、考えられないくらい正確に吹いている。本当に、ケタが違うとはこのことだと思いました。
 特にフルートの音色は異次元としか言いようがなく、今まで全く聞いたことのない、ホールの空間を一瞬で完全に支配する音でした。濃密で、するどくて、深い。聞いているだけで体の血管の中を全部音が通り抜けていくような、そんな音を聞いたのは初めてでした。

 ぼくらとの公演の本番でのルーさん、敏子さんの演奏は圧巻で、満員のお客様から万雷の拍手を浴びる名演を残してくれました。どの演奏でも決して手を抜くことはなく、全力で演奏してくれました。
 ルーさんも、敏子さんも、ものすごく練習します。80歳をとうに超えたいまでも、できるのであれば毎日練習しているそうです。音楽や、演奏に対する真摯な姿勢と人間性には尊敬しかありません。


 さて、その後、敏子さんとは2回、ルーさんとは正確にはわからないのですが5回や6回できかないくらい何度も本番をご一緒させていただきました。
 なにしろ、本家の敏子・タバキンビッグバンドは2003年に解散してしまっているので、二人がビッグバンドで演奏する姿というのは他ではあまり見ることができないのです。なんとなく年一回の彼らの日本ツアーの際に、滞在中の1日を使ってぼくらとのコンサートが企画されるようになっていました。

 ところが、そこにコロナがやってきまして、さすがに移動も演奏もままならず、しばらく一緒に演奏することはできなくなってしまいました。
 そして、そこに衝撃の一報が我らを襲いました。
 バンドリーダーの内田さんが急逝してしまったのです。

 もとよりバンドリーダーである内田さんの求心力と情熱(実際、一緒に演奏するプログラムを実行するのは相当大変なので)があってこそ成り立っていたので、バンドも休業状態になってしまいました。

 もう、敏子さんやルーさんと会うことはないのかもしれないな。

 なんとなく漠然とそんなことを思っていた2024年、バンドの復活とルーさんとのライブ開催の話が約5年ぶりに持ち上がりました。内田さんを慕うバンドの残党たちが再びライブに向けて動き出したのです。

 そして、先日9/29にルー・タバキンとのコンサートが実現しました。
 本番数日前、スタジオでのバンドリハーサルにルーさんが現れた時、緊張感ももちろんなのですが、むしろ変わらぬ姿にちょっと安心したのを覚えています。いや、うれしかったですね。
 もう84歳だというのに、ルー・タバキンの演奏は前にもまして凄みのあるほど素晴らしかったです。
 本番も大成功でした。早々にSoldOutしてしまった会場の満員のお客さんは大歓声で喜んでくれました。体感ですが、今までで一番すごい盛り上がりだったように思います。本当に誇らしく、嬉しく、感慨深かったです。


 あらためて、ぼくはルーさんの演奏や人となりが大好きです。

 演奏が素晴らしいのはもちろんいうまでもないことですが、楽器のことを教えてくれるのも上手だし、あんなレジェンドプレイヤーなのに友達みたいな目線でいつも話をしてくれます。本当に優しいですね。

 なんだか、どこかお父さんみたいな感じで見ている時すらあります(笑)。
 実際本当の父親と同じような世代ですし、よく考えたらこんなに同じ時間を共有したりたくさん話をする84歳の人って他にいないものね。それくらい大切に思っている人です。

 こんないきさつもあってか、ルーさんとは今回いつもよりも結構色々お話しさせていただいたような気がします。
 といっても、深い話をしたわけではなく、本当にどうでもいいような、たわいもない話をずっとしていました。

:その衣装いいね!(お前のネクタイもいいじゃん)
:そのお菓子おいしい?(うまいよ)
:それチーズケーキ?(そう書いてあるけど、チーズケーキじゃないな、チーズカステラだな)
:なにそれネック変えた?(変えてねえよ)
:最近リード何使ってるの?(アメリカでしか売ってない⚪︎⚪︎の4半)
:ぼくラヴォーズ使ってたんだけど、最近ダメじゃない?(マジでそう!全然ダメだ!)
:料理きたよ(お前も食えよ)エビ食べられないんだよ(なんで?)アレルギーなの(理解)
:いまでも毎日練習してる?(できるときはしてるよ)
:今回めちゃくちゃ日本中あちこちで演奏してるね(新幹線乗りまくりだよ)
:あとどれくらい日本にいるんだっけ?(3週間いて、あと1週間)
:明後日盛岡行くの!遠いね、大変!(まあ明日休みだし大丈夫)

・・みたいなとりとめもない話です。

 内田さんの話もしました。
「内田さん、喜んでるよなぁ。。Autumun Seaから、Teng、Pollination、Farewell、Chasing、最後にHope、アンコールでHangin' Looseの曲の流れ(全部、このバンドで思い入れのある曲です)、良かったな。
 最後のHopeの前にに内田さんのことをルーさんマイクで話してくれたでしょう、そこからのHopeは泣きそうになっちゃったよ」
 と言ったら、
「本当にそうだよな。。」
 ってルーさんも言っていました。

「ルーさん、長崎で一緒に演奏したHopeあるでしょう?」
「あれめちゃ覚えてる」
「あれは本当に印象に残ってるけど、今日はそれ思い出したね」
「間違いない」
「今度、長崎行くんだよ、メンバーで。内田さんに会いに行くんだ。長崎のメンバー覚えてる?」
「覚えてるよもちろん」
「彼らと演奏するよ」
「それはいい」

 旅立たれても、残された者たちに何かを残してくれるのは本当の遺産なんじゃないかと思います。内田さんは、確かにご縁を繋いでくれました。
 内田さん、聴いてくれたと思いますが、どうでしょう。今回、いい演奏できたんじゃないでしょうか。

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