新幹線の忘れ物
最近、仕事で出張が続いていたことがあった。
出張って、なんだかんだいって移動にやっぱり時間がとられるし、座っているだけとはいえ長距離の移動はそれなりに疲労もたまるものである。
その日も早朝から出発して東北の方まで行く出張があり、出先でばたばたと働き、帰りの新幹線でもずっとパソコンを開いて作業をしていた。
自分は普段はiPadでメモをとっているので、それを見ながらPCで整理するみたいな作業である。iPadでメモなんていうといかにも今風な感じもするかもしれない。でも別に最先端が好きでそうしているとかというより、この方が圧倒的に便利だからiPadを使っている。年も年なので、「使いこなしてますね」的な言われ方をするのだが、それはむしろ逆で、歳をとってもろもろ処理能力が追いつかないからこういう文明の利器を使っているのだ。だって、紙のメモだと後で見返したときに本当にどこからがどの話なのか本当にわからなくなってしまうし、自分の字が読めなくて何を書いてあるのか全然わからないし、重いし、デメリットの方が壊滅的に多い。
最近ではビジネスパーソンで流行っているNotionも積極的に仕事に取り入れているが、これだって別に若く見えたいとかかっこつけたいというわけではなくて、こんな便利なもの使わない理由がないから使っているというのが正直なところだ。もはやこれがないと完全に自分の仕事が整理できなくて、今何を抱えていて何が優先なのかがわからなくなってしまう。
とかなんとかいいながら、あんまり作業が終わりきらないうちに東京に着いてしまった。ばたばたとPCを片付けて新幹線を降り、東海道線に乗り換える。ここはカッコつけて、ビジネスマン風にグリーン車に乗り込み、引き続きPCを広げる。
ここで気づく。
iPadがない。
ものをなくしたかもしれない人特有の余裕のない動きで、出張の荷物が詰まったカバンの中をかきまわす。
ない。絶対にない。
これはまずい。
新幹線だ。慌てて降りたからだ。
そうだ、あのとき、隣にも満員に人がいたから、座席の前のトランヴェールが入っているポケットの中に差し込んだのだ。そしてそのまま置いてきたんだ。
もう結構肌寒い日だったが、全身から汗が出てくる。
こういうときはどうするのだ。
「忘れ物 新幹線」で検索する。
すると、「新幹線忘れ物問い合わせ窓口」のページが見つかる。
早速確認しようとしてページを進めると、まぁ仕方ないのだが、例によって会員登録やパスワード登録などの諸作業があり、確認メールとの間を行ったり来たりする。わさわさしながら登録作業を行い、WEBの問い合わせをスタートすると、忘れ物の特徴などを事細かに登録するフォームがある。
黒のiPad Air、カバー付き、ペン付き、紺のスタンド付き
もろもろ書いてすすめると、紛失した車両の情報を各ページに移行する。待ってました。これはすぐに答えられる。というより席番まで正確に記入することができる。
はやぶさ。
はやぶさが出てこない。
違う!
これはJR東海の東海道新幹線のページじゃないか!!
イライラしながらページを即座に閉じる。
JR東日本はまた全く忘れ物問い合わせのシステムが違い、また1から会員登録を行う。
まったくもきもきしながらおんなじ作業を繰り返し、メールアドレスを教えて確認メールからなんだかんだの作業を行う。
今度は忘れ物を入力して新幹線の号車まで登録できた。
ひと作業だ。
この登録後、忘れ物が見つかった場合はメールで連絡が来ることになっている。
しかし、とは言ってもほんのさっきなくした物である。
もしかしたら、東京駅の忘れ物センターには届いているかもしれない。
そう思った自分は東京に一回引き返してみることにした。そう、グリーン車はただただ忘れ物の問い合わせをする座席として機能したのだ。
そして今度は普通車で東京に戻り、忘れ物センターに行く。
「あの、こんな忘れ物なんですけど」
係の方が探してくれる。
しばしの無言。
審判が下されるのを待つ。
そして敗訴。ずっとPCで調べていた係の方が申し訳なさそうにこちらを見る。
残念ながらまだセンターには届いていないようだった。おとなしくメールで連絡が来るのを待つことにする。
まったく、素直に家に帰るで正解だったのだ。グリーン車を駆使したこの往復時間は完全に無駄足に終わってしまった。
忘れ物センターって、やっぱり普通の状況じゃない人がやってくるから、なかなかにドラマシチュエーションが多い。
この日も、隣では地方から来たと思しき親子連れが携帯をなくしたと言って半狂乱になっていた。
不思議な物で、こっちも相当焦っていたが、なんだかそれを見ていたらだんだん落ち着いてきた。泥酔している人がいるとこっちがさめてくるのと同じ理屈である。
というのはiPadなんか、携帯に比べたらなくても正直そこまで支障があるわけでもない。仕事のメモなんて別にiPadでなくてもできるからだ。
2度目の帰りの電車に乗りながら、ただこういう時は最悪のことを先に考えるのだが、もうこれは出てこないかもしれないなと思った時、何が困るかというと、仕事のメモはまぁ正直大したことは書いてないのだけど、演奏で使う譜面をほぼ全部入れてしまっているのがつらい。
しかしそれだって、バックアップはとっているので、新しいiPadさえあれば復活は可能なのだ。この辺も便利なところである。
さらにこの日は冷たい雨が降っており、びしょびしょになりながら意気消沈して帰る。
翌日の昼過ぎ、ついに「iPadが見つかった」旨のメールが届く。
見てみると
「新青森駅で保管している。取りに来ますか?」
行けるか!
笑ってしまった。そうか、あの新幹線が折り返して新青森まで行ってしまって、そこで見つかったんだ。
どうしたものかと思ったら、宅配便で送る、という文字があったので、迷わずそれを押す。
すると、なんの説明もないまま、「最寄りのJRの駅に行ってください」とだけ言われる。
意味がよくわからないが、最寄りの駅に行ってみる。
上記のことを伝えると、駅員さんがすごく丁寧に結構な時間をかけて、方々に電話などをかけて処理をしてくれ(10分くらい拘束してしまった気がする)、
「これで終了しましたので、2日後くらいに着くと思います」
と言う。
すごい、こんなシステムなのか。また2日後くらいにここにくると届いているのか。
と思ったら、違った。家に届けてくれるのである。身分証明のためかと思って書面に書いた住所を使って自宅に着払いで送ってくれるのだ。これはとんだサービスである。
2日後、本当にiPadは送られてきた。その梱包がまるで通販業者のように見事な梱包で、ラップを駆使して動かないように固定されていた状態になっていたので驚いてしまった。
だって、こんなの100%こっちが悪いのだ。
JRには何の落ち度もないのに、こんなことまで無償でしてくれるとは、しかもこんな短時間で、考えられない。
それこそ、筋で言ったら「新青森まで取りに来い」と言われても仕方ない話である。だってJRはそれでも何も困らないのだ。
この期間、もしかしたら見つけた人がいるかななどと気になってX(twitter)などで「新幹線 iPad 忘れ物」などで検索すると
「新幹線にiPad忘れて詰んだ」
「【悲報】iPad新幹線に忘れる」
という投稿がいくつも見つかった。やっぱりiPadを忘れるのはよくあることらしい。でもその都度これほどの手間をかけさせていると思うと当事者の一人とrして申し訳なく思う。今回に関してはほんとうに感謝の気持ちでいっぱいである。