あたまの中の栞 -皐月-
そろそろ春の暖かい季節も通り過ぎて、ジメジメとした季節に突入しようとしている。5月は個人的にはとても好きな季節。都会ではあまり見かけなくなったけど、私が住んでいる田舎町ではところどころで鯉のぼりを見ることができる。柏餅も食べることができるし、黄金色に輝く休みだってある。
なかなか贅沢かつ楽しみが詰まった月だと思う。例年であれば、だいたい休みを数珠のように繋げて、海外へ特に目的地を定めるでもなくプラッと飛ぶ。残念ながら依然として「名前を言ってはいけないあいつら」が猛威を振るっていたので、今年は大人しく家にいた。おかげでその間、ほとんど家で過ごす。キャンプには行ったけど。
そのため、例年の5月に比べるとそれなりにたくさんの本を読むことができたかな。いまだ志半ばで終わっている本は、ジメジメとした季節へ繰り越し。晴れる日が多いといいな。外で本を読みたい。
先月読んだ本について、改めて振り返ってみたいと思います。
1. 約束の果て 黒と紫の国:高丘哲次
内志正しくして、外体直しくして、初めて鵠を捉えることが出来る(新潮社 p.32)
漢字が多い…!とにかく漢字が多い。漢字を読むのはそれほど苦ではないと思っていたけど、あまりにもこの作品では難しい漢字ばかりが出てくるので、途中で心が折れそうになった。おそらく昔の中国をモデルとして架空の国を作り上げたせいなのだろうか。
全体像にしても、最初飲み込むことにひどく苦労したのだが、途中から急に展開が早くなり、すらすらと頭の中に入ってくるようになった。最後の結末についてはなるほど、そうなっているのかという感じだ。
ファンタジーって、私の中では『ライラの冒険』、『指輪物語』、『モモ』あたりが思い浮かぶのだが、改めてその世界観を一から築こうと思うとなかなか難しいな、と思う今日この頃。池上永一さんの『テンペスト』を初めて読んだ時もなかなかの衝撃だった。
2. ファンタジーを読む ―『指輪物語』、『ハリー・ポッター』、そしてネオ・ファンタジーへ―:井辻朱美
私の友達に『ハリー・ポッター』シリーズを異様に読み込んでいる人がいて、話を聞けば聞くほどそんな深い世界観になっていたのか、と心底驚いた。昔読んだ覚えはあるけど、割とサラリと読んでしまってた気がする。
ファンタジーは自分で空想の世界を作り出すことができるから、いくらでも自分だけの世界を練り込むことができる。とはいえ、物語が破綻していてはいくらファンタジーといえども散逸的な言葉が並んでいるだけだ。
思えば小説に限らずディズニーランドから始まり、人々の心を今もなお捉えて離さない世界観は、その実裏側によく考え抜かれた舞台設定やら背景やらが潜んでいることに今更ながら気がついた。
虚構だけど、どこか自分の生活と細やかながらも繋がっている。欲張らなければ、『蜘蛛の糸』のように途中で切れたりしない。あのワクワク感はどうやって作り出せるのかその糸口がわかったような気がした本だった。
また『ハリー・ポッター』シリーズを一から読み直そうかしら。
見ていることの背後にもっと深い意味がある(青土社 p.45)
3. ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則:ロバート・マッキー
筆者はシナリオ作家というだけあって、本当に文章がわかりやすくてわりかしふむふむと思いながら読んだ。それなりにページ数が多いため、途中サラッと飛ばした部分もあるが、ことあるごとにまた読み直したいと思う。
冒頭で本を読む体験は、旅をともなうものだと書いてある部分があって確かに物語を目で追っている時って、そのまま新しい場所を歩いている気がするなと妙に納得した。それはすなわち、人生からは得られないものを与えてくれるもの。
とにかく登場人物の作り込みから俗にいう起承転結に至るまでどんなふうにストーリーを練っていけば良いか、著名な映画をあげながら解説してくれる。「ストーリーは、書いている自分が何度も驚きを覚えるものでなくてはならない」と書いてあって、うわぁこれこそ物語の真髄だ、と思った。
すぐれたストーリーはどれも、制限のある、理解不能な世界を舞台としている(フィルムアート社 p.91)
4. BUTTER:柚木麻子
柚木麻子さんの作品はこれまでいくつか読んできたけれど、やっぱしこの作品はその中でもぎゅっとその良さが凝縮されている気がした。美味しそうな料理の数々の裏にドロドロとした人と人の距離感が描かれていて、そのギャップがどうにもクセになる。
思えば『本屋さんのダイアナ』でも『ナイルパーチの女子会』でも女性同士の関係性が描かれていて、いつも読むたびに本当に見事だと思ってしまう。確か以前の栞でも紹介したかな。今回主人公はもう立派な大人の女性だけど、昔からの友人同士の関係性って歳を経ても変わらないのかなとなんとなくぼんやり考えてしまう。
なぜか昔読んだ原田マハさんの『でーれーガールズ』を思い出した。
人から強制されたら、なんでも仕事になって、楽しさなんて消えてしまうでしょう?(新潮社 p.303)
5. また、同じ夢を見ていた:住野よる
何かといろんなものを「人生」と言い換える女の子が主人公。早くから己の感受性を武器にしている子にとってこの世の中ではなぜか生きづらいんだ、と思いながら読んでいた。
思えば幼い頃は物語の世界と現実の世界との狭間でどうやってバランスとったらいいか悩んでいたことを思い出した。思えばあの頃の自分はどうにも斜に構えて嫌な子供だった(そのクセ異常に落ち着きがなかった)。今ももしかしたらそんなに変わらないかも。三つ子の魂百までと言うし。
私は、世界中の人が物語を好きになれば、世界は平和になるのかもしれないと思いました。(p.52)
6. 希望の糸:東野圭吾
ちょっと久しぶりに東野圭吾さんの本を読んだかもしれない。大学生の頃はさくっと気軽に読めるものだからよく図書館や本屋さんで同じ著者のものばかりかき集めてよく空き時間によく読んでいた。とにかくセリフもほどよくあって読み進めやすい。そしてジャンルが多岐にわたる。
思えば『さまよう刃』、『白夜行』を読んだ時あまりにもしんどくて情景描写をしばらく引きずったことを思い出す。『秘密』、『どちらかが彼女を殺した』なんかも当時夢中で読んだっけな。今もう一度同じ作品を読んだらどんな感想を持つんだろう。
本作品は阿部寛さん主演でドラマ化・映画化もされた加賀恭一郎シリーズである。とは言いつつも、主人公が加賀ではないところがまた奥ゆかしい。中心人物である刑事の松宮の過去とも相まって、最後の結末を読んだときになるほどそんなふうに繋がるのか、と思ってほぅとため息を吐いた。
たとえ会えなくても、自分にとって大切な人間と見えない糸で繋がっていると思えたら、それだけで幸せだって。(p.330)
7. あとを継ぐ人:田中兆子
後継者問題に頭を悩ませる人が多い昨今。私自身も昔はなぜか無性に親に反発したいと思う年頃があって、絶対に同じ道は歩まないと思っていろいろ人生思い悩んでいたことを思い出す。
本作品は内容としては全く重くなくて、ちょっとした息抜きとして読むには良い本だった。確かにこれまで自分が強固に築いてきた城を後の人たちに託すのってなかなか勇気がいると思いながらも、託された子どもだったその期待に応えるためには人並みならぬ努力を重ねる必要がある。最後はどれもほっこりするような終わり方だった。
子どもは結局自分の生き方を親に認めてもらいたいという気落ちがどこかにあるんだろうな。
でも、孤独を知っている人ほど、相手を深く思いやれるのではないかと思います。(p.77)
8. げいさい:会田誠
なんか大学時代を思い出した。今はかすみゆく青春時代。あの頃はあの頃で確かにいろんなことに悩んでいた気がする。もしかしたら今振り返るとどうでもいいことばかりかもしれないけど。
それと本作品で初めて美大や芸大の仕組みを知った。なかなか狭き門なんだな。普通の受験勉強とさほど変わらないどころか、むしろ厳しいのではないかとさえ思えてくる。それにしても大学時代自分は本当にチャランポランな生活をしていた。楽しかった学祭の頃に戻りたくなる。
学生のお祭り騒ぎというと、私の中で森見登美彦さんの『四畳半神話大系』を超えるものはやっぱりないんだよな。あのくだらなさが時々欲しくなる。ノイタミナでやってたアニメも最高だった。
要するに、ただ美術をやっているだけで、日本社会を見下す人生態度になる——一生真面目で、規律に厳しく、我を出さないことが美徳とされる日本社会を。(p.98)
9. 文芸オタクの私が教えるバズる文章教室:三宅香帆
最近文章の書き方についての本ばかり読んでいる。いかに自分がいわゆるお決まり事みたいなものを無視して書いていたことに気がつく。所詮「井の中の蛙大海を知らず」というやつである。「されど…」といつか続くようになればいいと思っているけど。結局いろんな人の文章を読んで分析していくしかないんだろうな。自分が書く側になって、最近小説を読んでいてもふと分析している自分がいて思わず笑う。
「限られた視点から、物事の善悪を決めつけない」ことの必然性に気づかせてくれます。(サンクチュアリ p.223)
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今月は一体どんな月になるのだろう。ねちっこい雨は嫌いだ。髪の毛がぼさぼさになるのが目に見える。今書いている小説がひと段落したころにはきっとじわりじわりとセミが鳴き始めるだろう。空想の世界にひたすら浸るのもそれはそれで好きな時間だけど、もう少ししたら現実の世界でも心躍る場所へ足を延ばせたらいいな、と思う。百聞は一見に如かずというけど、この世界は想像よりも色彩にあふれているから。