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水平線が揺れる街より - 2

前回執筆から、だいぶ時間が経ってしまいましたが、5月上旬に執筆した韓国の旅に関する記事をゆるりと記してまいります。

↓前回の記事より

 私が宿泊していたのは、面前に海を垣間見ることができる海雲台ヘウンデという場所から、目と鼻の先ににあるホテルだった。

 午前7時半、3月末の釜山の街はまだまだ寒さが残っている。薄着で部屋を出てきてしまったことを後悔しながら、ホテルの外をぶらぶらと歩いている。夜はあんなにもギラついていたのに、朝を迎えた途端、それはまるで別の街になってしまったかのようだった。

 ネオンの感じが新宿と少し似ていた気がしたし、閑散とした雰囲気も朝のそれと近い感じがしたけれど、でも海雲台の方がもう少し研ぎ澄まされている感じがした。海が近いせいも、あるのかもしれない。

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食べ方の正解が分からず。

 この日、私はどうしてもキンパが食べたくて(2年前に流行した『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』というドラマで、主人公が美味しそうに食べるのを見てしまったので)、街をうろうろすること30分くらい。結局朝早い時間からやっているお店はなくて、チェーン店みたいなところに入った。

 そして何を血迷ったのか、通常のキンパではなく「キトキンパ」というものをオーダーする。何が普通のものと違うかというと、キトキンパはご飯の代わりに錦糸卵が入っているのである。どうも健康志向の女性たちの間で、カロリーが低いからとじわじわとブームになっているそうな。常日頃からどうすれば楽して健康になれるのか。ということを研究している私は、真っ先に飛びつく。いや、かぶりつく。

 しかしながら、一口口にしてみた感想としては……。

 正直、思ったよりも味が薄くて、8巻くらいあったものを全て食べ終わるのが結構一苦労だった。

 口の中がもそもそする。口の中の水分が、小型掃除機ばりにギュイギュイ吸い込まれていく。そして、やたらと量が多い。途中何度か断念しかけたものの、なんとか全て食べ終える。やっぱり私はお米の方が好きかもしれない。楽して健康になる道のりは険しい。私はやっぱり正統派が好み!

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 宿に戻り、身支度を整えた後で、前日に連絡を取り合い決めた友人との待ち合わせ場所へと急ぐ。フラフラと寄り道しながらも、なんとか時間前にたどり着くことができた。余裕を持って出たはずなのに、なぜか何度か電車を間違えた。東京と同じく、ちょっと電車の乗り換えがしづらいのである。そういえば、私は自分が生粋の方向音痴であったことを、とんと忘れていた。

 彼女との待ち合わせ場所の途中には、綺麗な桜の木がさりげなく植っており、遠くから見ても日本の桜の美しさとなんら遜色ない。そういえば、昔カナダに留学していた時にも同じように桜が咲いていたことを思い出した。日本特有の儚い美しさだと思っていたのだけど、割とワールドスタンダードだったらしい。

 彼女は、私よりも早くお店の前に到着していた。友人は昔の面影を残しながらもきっちりと美しき時を刻んでいて、当時出会った頃のことを思い出して、ああ、こうやって時は確実に流れているんだなぁとうっかり涙しそうになった。

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「昔、私が泣いていた時に、そばにいてくれたことを今も思い出すの」

 久方ぶりに会った友人の顔を、私はまじまじと眺める。

 すっかり、私自身が忘れていたことだった。彼女の言葉を、口の中で転がした。余韻が、しばらく消えずに残っている。かつて通っていたカナダの大学。彼女は、その時私と同じグループで、課題を忘れて突然泣き出したことを思い出した。私はその時オロオロするばかりだった気がして、果たして彼女の優しい言葉をかけてあげられたのかどうか、思い出すことができなかった。

 私たちは、約10年ぶりの再会だったので、最初はぎこちない会話ではあったものの、次第に当時の勘を取り戻して、時間の限り話をした。それでもふと感じる少し距離のある物の言い方(これはなんとも形容し難いけれど)にやっぱり確実に時は流れているのだ、と胸がチクチクした。友人は、今高校生相手に英語を教えている。最初思い描いている未来とはかけ離れているけれど、彼女は言う。私はとても幸せなの、と甘噛みのリスのように陽だまりの笑みを浮かべた。

 私たちは今熱中している韓国ドラマの感想を言い合い、そして最近の近況について語り合い、あっという間に友人が仕事へと戻る時間となってしまった。名残惜しさが募った。

 あの頃、確かに二人の間を結びつける磁力のようなものが存在していたのかもしれない。新しい土地における不安なのか、それとも新鮮さなのか、あるいは若さなのか。それはやがて変容し、後に残ったのは一種の小さな石ころのような気がしている。蹴れば遠くに飛ぶかもしれないのに、いつまでもその石を、私たちは蹴り続けていた。

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 友人と別れた後、向かった先はヒンヨウル文化村と言う場所。影島の片隅にあるところで、釜山市内からバスで気軽に向かうことができる。なんでも、韓国の「サントリーニ島」と呼ばれているそうな。実際行ってみてどうだったか、というのはもちろん時とシチュエーションによるかと思うけど、私個人的にはちょっと見えなくも……ない? という感じだった。要はすこぶる微妙な位置関係である。

 とは云いつつも、バス停から降り立ち、島の側面に沿いながら歩いていくと、それなりに明るい気分になってくる。まあちと道が狭いのと、めぼしいカフェがどうにも見つからなかったというところはあるが、周りに囲まれた海と街の組み合わせが個人的にはとても好きだった。

 本当は、また本島に戻ってバスを乗り継いでいく甘川文化村も気にはなっていたものの、すでに友人との久方ぶりの再会と、それからだいぶヒンヨウル文化村を堪能したことによる反動がきていて、元来体力皆無の私は、もうすでにその時点で満足していた。というより、軽い倦怠感である。疲れがすぐにくるということは、私はまだまだ若い! と必死に自分に言い聞かせる。(その間、両足は生まれたての子鹿のようにプルプルしている)

モロッコの方が青かったかな。

 いかにも、という感じで青に染まった階段で記念写真を撮っていた人たちを見てどうにも既視感だなァと思っていたら、いつか5年前に訪れたモロッコとその雰囲気がまるッと丸かぶりな感じで、ちょっと笑ってしまった。みんな、青い階段好きみたいですね。

 そしてなんといっても今日2番目にテンションが上がったのはどこかというと、ヒンヨウル文化村からまたバスに乗って本島に戻り、そこで訪れたロッテデパートである。兎にも角にもこれがまた、広いんだな。なんといっても至る所に試食コーナーがあって、ああ、これコロナですっかり影も形も無くなってしまったやつ! と風を切って意気揚々といくところ行くところでご馳走になり、その度(これはみんなにばら撒くようの)と自分に言い聞かせ、試食した食べ物を片っ端からカゴに積んでいった。

 そしてこの時、お店の人におすすめされた冷麺(多分赤唐辛子の練り込まれたミルミョン)がどうも自分の中に刺さって、また買いたい……とどこか夢見心地だった。それとなんといっても、ナッツマッコリ! 普通のマッコリと違って、ピーナッツの香ばしさが引き立つ逸品だった。また飲みたい。

 そのあと、ホテルに戻るはずがうっかり八兵衛の私がすぐさま姿を現し、人生は常に回り道なのです、ヨホホと言い残して私の右頬掠めて去っていった。気が付けばバスは西面ソミョンへ向かっており、慌てた私はそこで降りる(西面は海雲台からそれなりに距離がある。むしろ逆方向)。全く計画になかったのだが、若者でごった返す中私は一人屋台のおばちゃんから辛さの効いたおでんのようなものでお腹を満たしたのだった。

 とまあ毒にも薬にもならない話をダラダラとしてしまった。とりあえず、あと1話続きます。<続く>


ハイカラな赤いランプ


観光地を支えるおじさまたち


自称サントリーニ島(確かに見える?)

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だいふくだるま
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