マガジンのカバー画像

晴読雨読

61
晴レノ日モ雨ノ日モ、私ハ本ヲ読ム
運営しているクリエイター

#本紹介

あたまの中の栞 - 皐月 -

 川の流れる音が聞こえてくる。澱みなく、スラスラと落ちていく、川上から川下へと緩やかに。私は水の流れる音が好きで、その感触を確かめたくてそっと手を伸ばしたのに、その冷たさに思わず条件反射的に手を引っ込めてしまう。何事も手を伸ばさないと、その感触はわからないと思った。  鯉のぼりがゆらゆらとたなびく姿を見たときに、彼らがそのまま川に落ちて力強く泳ぐ様を想像し、空を眺めると川の色と違わぬ蒼、時折流れる雲の姿に水が流れていく景色を思い浮かべた。この季節はとても空気が変わりやすく、

あたまの中の栞 - 卯月 -

 4月になってようやくポカポカとした陽気に包まれ、ほっと一息ついていました。新しい年度に入ったことで心機一転。ちょうど友人たちから誘われて、桜を見ながらお花見をしたり写真を撮りに行ったりして、割と充実していた気がします。世間ではすっかり自粛モードは解除され、たくさんの人たちで花見スポットは賑やかになっていました。  この季節は「読書の春」と言ってもいいくらい、何かやる気に満ち満ちていて、心なしかいつもよりも本を読めたような気がします。大切なのは量ではなく質で、自分の中できち

あたまの中の栞 - 弥生 -

 春の麗らかな暖かさに包まれて、少しずつですがいろんなことへの気力が高まりつつあります。年度末と年度始まりは忙しくしていたのですが、それもひと段落し、あとは来週に迫った金色休暇に向けて準備を重ねています。今年は私の友人であるスケさんカクさん(水戸黄門はきっと別にいるはず)と、共通の友人カップルと一緒に東北へキャンプをしにいく予定。未来が楽しみばかりで、今からニヒヒと一人で笑っています。  もう気がつけば4月もあと少しで終わりですが、このタイミングで先月読んだ本の振り返りを行

あたまの中の栞 - 睦月 -

 約1年ぶりに、先月で読んだ本の振り返りを行うシリーズ復活したいと思います。振り返ると、1月は何をしていたか思いのほか目まぐるしく過ぎていきました。年明けすぐには、病で臥せりこんな年の始まり方があるのだなと天井を見上げていた記憶しかありません。  病でひ弱になると、なぜか楽をしたくなるのか、1日中将棋アプリを飽きもせずやっており、これは……やばいと思い始めたのが、月の中盤あたり。とは言いつつも、昇級を前にしてどうしても上に行けないのが悔しくてただただひたすらパチパチやってい

あたまの中の栞 - 霜月 -

 本当に11月は私にとって鬼門となる月だった。たぶん、これから何十年と生きていく中でそれは単なる一コマなんだろうけれど、きっとあの時の自分が目の前にいたらピシャリと頬を叩いて正気に戻りなさい!と言うはずだ。残念ながら、過ぎ去った時間は戻ってくることがない。  ちなみに、これはもしかしたら好みの問題なのか、はたまた私が単純に慣れていないだけなのかはわからないが、個人的に今のnoteの仕様はあまり好きではない。ルビを振れるようになったところまでは良いのだが、どうも機能が多過ぎる

ものを書くことについて

 今日はギリギリの曇り模様。ここずっと毎週のように雨だったのでなんだか外に出るのが億劫で大体家に引きこもっていた。ようやく外に出かけられそうだったのでいそいそと玄関から出てみる。どこからかミンミンと忙しない蝉の鳴き声がする。気だるい暑さの中で自転車を漕ぐと、風が気持ちよかった。  さてここ1週間ほど会社の新人さん向けにずっと研修をしていたお陰できちんと本が読めていなかったので、ここぞとばかりに本を読んだ。その中で今日読み終わったのが、松岡圭祐さんの『小説家になって億を稼ごう

記憶は決して色褪せない

 自分の幼少期の頃を、思い出そうとしている。まだ物心つく前のことで、善悪の区別もついていなかった。その頃の自分は、誰かと接するときや何か行動を起こすときなど、そこには一切の偏見や先入観が存在していなかった気がする。確かに、この世界にあるすべての物事は新鮮だった。  今では、ある程度自分の中で経験や知識が蓄積された一方で、どこか物事をフラットな目で見ることができていないのではないかという思いに駆られてしまう。そんなとき、原点に一度戻るために読むのがアメリカ人作家Truman

感性が消え去った景色の中で

 人は誰しも、強弱の違いはあれど個人的な執着を示すものが1つか2つあるように思う。そして一度固執してしまうと、その場所からどうにも逃げられなくなる。それは時に人生を豊かにもするし、一方で奈落の底に追いやる可能性も示唆している。 *  先日、平山瑞穂さんの『遠い夏、僕らは見ていた』という本を読了した。読んで感じたのは、人はひとつのことに執着すると視野が途端に狭くなるということ。自分の世界を広げてくれるものはこの世にいくらでもあるというのに、ひとつの考えに縛られ、どんな些細な

#2 日常を生きる(『ひと』著:小野寺史宜)

コロナの話題が世間を席巻するようになってからもう早いもので1ヶ月以上がたってしまったことになる。緊急事態宣言が発令されて以来、家の外に出ることがなんだか不謹慎なことのようになってしまった。そんな中で、やはり一人暮らしともなると人と関わりをもてないことが寂しく感じる。 とはいえ、人々は今の状況をうまくとらえつつ、ほかの人とのかかわりを持つすべを見出しつつある。その代表的な例が、テレビ会議による飲み会なのだが、どうしてもいまだになれることができない。それはうまく言葉で言い現わ

#1.  あしたが来ること(『昨夜のカレー、明日のパン』著:木皿泉)

どうにも外出規制の結果、家に閉じこもりがちになり、本や映画と向き合う時間がこれまでより増えたことで以前よりも涙脆くなってしまった気がする。 そんな中読んだ本の中の一冊が、木皿泉さんが書かれた『昨夜のカレー、明日のパン』という本。読んでいるうちに、本に書かれたことばがじわじわと自分の中に広がっていく。 木皿泉さん、どうもどこか既視感を覚えるなと思っていたら以前日テレ系でやっていた『野ぶたをプロデュース』というドラマの脚本を書かれていた人らしい。正確には、夫婦で一緒にやっ