他界、という言葉(生誕祭2)

(続きです)

するととある握手会の最中、少しだけ話したことのあるヲタクDが私に声をかけてきた。
Dは別のメンバー推しの人だった。

「すいません、俺の友達のCが●●(我々の推し)のとこに行ったときに生誕二つに割れてるみたいじゃん、って言ったら『そうなの!困っちゃうね。悲しいよ…。だからCがまとめてよ!』って言われたみたいなんで。なのでCが生誕委員長になります」

と捲し立てられた。
Cも別のメンバー推し。

は?
え?
なにそれ?
●●がそう言ったの?
本当に?
彼女が?

Dは●●推しではないよ?
Cも●●推しじゃないこと、知ってるよね?



でもその瞬間の私は上記の感情よりも先に

「●●が我々のせいで傷ついてたのか…」

という思考が先行した。
ヲタクが過ぎる。
その日持っていた●●との握手券を使う勇気が出なかった。


その日の夜Aさん、B、C、Dと私の5人でオンラインで話し合うことになった。

5人で話をしているウィンドウと別にAさんと個別にやり取りをするウィンドウを立てて。

Aさんとの個別ウィンドウで

「どうしたいですか?」

と問うと、

「私に付いてきてくれた人もいるので、私は委員長をやりたいです」

と断言した。してくれた。
それならば。
Aさんを委員長に推挙してしまったのは私。
当然Aさんのバックアップに回ろうと、5人のウィンドウ(決戦場ww)へ向かった。

Cからは

「●●から直接お願いされました。だから私が正です。あなたたちはいたずらに混乱をもたらし、この瞬間も大きくしています」

的なことを言われた。

その後もCとDからは揉めてしまっていることへの指摘、そもそもなんでAさん?みたいな人格否定みたいな言葉が画面を踊った。

Bさんは早々に
「Dさんに付いていく」
と言い始めた。

そんなにすぐに折れます??
まじで?あんなに強情だったのに?

こうなるとAさん VS CDになる。

Dの話は「●●が言った!」という御旗からの勅語の刃として私たちに突き刺さる。

そのやり取りは1時間を超えていた。

Aさんとの個別ウィンドウが更新された。

「もう僕は降ります。これ以上迷惑かけられないから…」

という文字が流れてきた。
いや、がんばろうよ!という言葉は飲み込んだ。
文字が打てずにうなだれた。
私が責任感がないばかりに…。

Aさんは乃木坂が初めてイベントを行った際に●●の最初の人、「鍵開け」をした人だった。
私は少し後から乃木坂推しになったので「最初の人」というリスペクトがあった。
ただ最初の人という事だけでなく、Aさんの優しい人柄も大好きだった。
現場でもいつも優しく笑う人だった。

Aさんとのウィンドウが更新される。

「僕は●●推し、辞めます。乃木坂ファンを辞めます。混乱の責任を取らないと」

…待ってよ…それはちがうよ…悪いのは俺だから…

ヲタクをやっていてこんな辛い瞬間がやってくるなんて…
俺は誰かの大好きなことを奪うようなことをしてしまった…

大きな後悔が画面の文字を滲ませた。

「Aさん、ホントにごめんなさい。Aさんが乃木坂ファンを辞めるなら、俺も無理。もうあそこにはいられない。だから俺も辞めます」

と書いた。

「Aさん本当にごめんなさい。ごめんなさいしか言えない。Aさん、●●が卒業したら一緒にご飯でも行きましょうね…」

数秒後。
5人のウィンドウにAさんの

「わかりました。Dさん、後のことはお任せしていいですか」

の文字が入力された。



私は乃木坂の現場から去る準備に入った。
ヲタクを辞めること=「他界」と言う。

ファンを辞めることなんて想定もしていなかった。
一番の楽しみ、生活のど真ん中に乃木坂が、●●があった。
それを自ら放棄することになるなんて…。



5人のやり取りのすぐあと写真集のお渡し会、というヲタクらしいイベントがあった。今の乃木坂でもやってるのかなぁ。

私は違う理由を付けて、現場を離れることに。
家族にバレちゃって!みたいな。
その理由にみんな笑ってくれて。でも何人かには何かあったと悟られてて。
Aさんもほぼ同じ理由で。二人同時に辞めるって変か…。


とはいえ私の最後の特典会参加、ということの重さを真剣に悲しんでくれる人もいて…。
「ホントに最後なんですか?寂しいじゃないですか…なんとかならないんですか?」
最近から話すようになった人からも声を掛けられた。
ありがたいなぁ…



そろそろ列に並ばないと。

これが最後か…と思うとあの列に入りたくない…。

色んな事を思いながら、お渡し会で●●の前に。
これで最後!と伝えた。

●●「は?え?どういうこと?ねぇ!」

という声を最後にブースから離れた。

生誕委員のグループLINEには新しい委員長が座り、Aさんと私は抜けた。
きっと事の顛末の説明があったのだろう。
5人のオンラインでのやり取りの数日後には何十という連絡が来た。
悲しんでくれた人、怒っている人、色々。

ごめんなさい、という想いのまま数日はスマホは開かなかった。


私はその後、ヲタ友に誘われ違うグループ▲▼に(笑)。
結局ヲタク。
救ってくれるのもヲタク。

これで全て終わった。乃木坂は俺にとってパラレルワールドになった。




と思っても本当は未練タラタラ。


また●●に会いたいなぁ…と毎日考えては、イヤダメだ…それは筋が通らない…。
Aさんへの贖罪の気持ちが襟を正そうとする。
その襟はなんだったのかはわからないけど。ふにゃふにゃだったことは間違いないです。


そんな折、乃木坂のヲタ友たちから乃木の現場で●●のところに行った際、貴重な時間を使って私の話をしてくれているらしく。

私が違うグループに行っていることを伝えた人から、●●からの伝言ね…とメッセージが。

●●「別のとこ行ってる?秋葉原?帰ってこいって言っといて!」

こ、こわい…。アイドルって…
でも嬉しかった。面白いなぁ●●は…。元気かな…
ってまだ数週間しか経ってないのに。


私の手元には当然のように握手券なんて向こう数カ月分くらいあって。
そんなときAさんから連絡が。

Aさん

「券持ってるなら、行ってあげてください。やっぱり悲しいと思うんです、いきなりいなくなったのは」

きっと察してくれて、連絡してくれたんだと思う。
本当に優しい人だったから。

私はどうしたか?
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、その後結局行ってしまう。
本当に心弱い。
ヲタクの矜持ってなんだ?


握手会にて。

●●「色々聞かせてもらいましょうか?」
私「いや…ねぇ…」
●●「家族にバレたから来れない、と言ったよね?」
私「ね、ねぇ…まぁほかにも色々あって…」
●●「▲▼とか?」
私「は…はははっはははっは…」
●●「握手してるんだ?」
私「人違いでは?」
●●「うそつかない!」
私「いきました…」
●●「…秋葉原なんて行ってないで帰ってきなさい!」


こういうやり取り、ヲタクとしてはどうなのかわからないですけど、当時の私は心から面白くて、何よりうれしくて。

でもAさんはまだ戻ってこれていない。
自分だけ楽しんだこと、その罪悪感はその日の楽しかった想いを超え、大きく心を覆った。


やっぱりここまでにするか…。

また翌週からは私は秋葉原へ。地下に潜る。
バカすぎる。
もう行かないですよー、のポーズで罪悪感を薄める。
誰も気にしてもないのに。


生誕祭をする日が近くなってきたな、と思いつつも新しい現場で楽しめるようになってきた頃。
我々を退けて生誕委員長になったDから連絡が。

え、今更なんだ?とメッセージを開く。

D「すいません…。あの…実は●●から言われたって言った事、嘘っていうか…。●●に言われたっていうか、生誕別れてるみたいだけど、大丈夫?っていったら、なんとか言っといてよ、って言われただけだったんです…。ちょっとこんなことになると思ってなくって…すいません…」

は?
え?どういうこと?


「本当にすいません…なので私は生誕の日、現場行かないんで…私の券つかってください…」


…。
ちょっと待て…。
ちょっと待ってくれよ…。


これは夢?
そんな話ある?
嘘?
俺とAさんを他界させてまで?
あの瞬間に言い出さずに?


Dとのやり取りを終え、天井を見上げる。


Aさんに伝えなきゃ…でもなんて言えば?
Aさんに連絡をする。

「Aさん、今Dから連絡があって…。」

説明をする。電話の向こうで深いため息が聞こえる。

色々思う事はあった。罵詈雑言を共有したかった。けど一番言いたい事だけ、シンプルに伝えた。



「Aさん、一緒に戻りませんか?戻ってくれませんか?」




電話の向こうでAさんは泣いていた。戻らない時間と、戻れる嬉しさと。

Aさんの復帰はなにより嬉しかった。

Aさんは復帰した最初の握手会でスライディング土下座をして●●を笑わせていた。
Aさん、ヲタクだなぁ…。
みんな大笑い。

でもそれを見て泣いてしまった。
笑い泣きみたいなフリをしたけど。
私を見ていた少し年上だったヲタ友が、全て察して肩を叩いてきた。

生誕ブースには私とAさんが抜けたことで、Dと準備を進めてくれた二人の若いヲタクがいた。
私を見るなり二人は子供のように泣いていた。色々押し付けちゃったね…
本当にごめんなさい。
っていうかなんでこんなことになったんだろう…。


っていうか生誕祭ってなんなの?
推しのお祝いするものじゃないの?
なんでヲタクの自尊心みたいなのに振り回されなきゃいけなかったんだ?
Bなんて俺よりも年上のおじさんだったのに。
おっさんになって、俺が一番って発想…。それは仕事とかで発揮しようよ。
歳とってんのに、若い子に噛みつくなよ…。
おじさんは若い人が楽しいって思うアシスト役。
アイディアが無いんです、って言われたら一緒に考えたらいいじゃん。
みんなで楽しんでるかを考えて、独りよがりかどうかを考えようよ。
やりたいことやりたいなら、一人でやってくれよ。

とかね。色々思った。
自分を省みる必要もあるな、とも思った。どっちかっていうと自戒の気持ちを強くもつキッカケになったのかも。
生誕っていうものに、強い嫌悪を持ってしまった。
その後、●●の生誕には一切入らなかった。仲は良かったけど。
すげー相談される人になっちゃったりもしたけど、入る事だけはもう出来なくなってた。


もう生誕はやらない。
どこでも。
今後一切。
ヲタクの友達も増やさない。


2014年の6月、そう誓った。









2024年の私へ。

また生誕やっとるがな…
なんならグループ全体のヲタクとも何人ともつながって遊んでるがな。
オフり隊ってなんだよw楽しいじゃないかw

でも今度の仲間は老い先短い自分にとって、仲間になれそうな人たちばっかりで、よかったね。

おじさんと遊んでくれるなんて、ありがたい。若い人が楽しんで応援出来る環境をプライオリティにして。
笑われるおじさん、くらいが性に合ってる。
今はそう出来てるかな?だといいんだけど。
若い人たちが生誕で病んだりしないように手助け出来る立ち位置を探していかなきゃなぁ。

ヲタクは推しが幸せなアイドル活動を出来るように応援するのみ。アイドルを辞める時、幸せだったと思えるように。

その子のアイドル人生を振り返った時に



「あぁ、あんなおもろいおじさんいたなぁ」



って思えてもらえたら、それでいい。



っていう話。






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