XRミライ的お出かけ

 今日は昼飯がてら、本でも読みに行くか。
 ARゴーグルとグローブを付けて、モバイルバッテリーまみれのカバンと一緒に家を出る。

 XRの概念が大衆に深く浸透してはやX年、このゴーグルのようなXRデバイスは国民の必需品となった。
 そして同時に、現実の「モノ」は少しずつ姿を消していった。
 例えば、僕がいるこの歩道もそうだ。
 商店の看板、デジタルサイネージ等、歩道に出して宣伝するためのオブジェはARゴーグルの普及により、その必要性を失いはじめる。
 ゴーグルのスイッチを入れると、パチンコ屋の前ではパチンコ玉のパーティクルが乱射されていたり、飲食店の前では3Dモデルで作られた看板娘が手を振って客を誘ったり、現実でやろうとしたらとてつもないコストになるであろう宣伝がなされている。……中にはキューブに店のロゴを貼り付けただけの雑なモノもあるが。
 ARを使った宣伝手法が主流になると、路上に置かれるモノはそこを行き交う人々の障害とみなされるようになっていく。
 「公道上にモノを設置するには高額の許可料が必要」とする条例を定めた自治体が出てくるようになると、これらのモノは道路から姿を消した。
 建物の壁に設置される形の看板広告は生き残っているものの、そこに掲載される広告はほぼ全てARマーカー付きになっている。

 さて、辿り着いたのは最初の目的地、ラーメン屋である。
 店の前にはチャイナ服姿の3Dアバターの女の子。コレに一目惚れしてから行きつけになっちゃったんだよな。
 中に入ると、壁一面に中華風のネオンがきらめいている。これもAR装飾だ。ゴーグルのスイッチを切れば、そこには灰色のまっ平らな壁しかない。
 ARメニューの中から注文する品を決める。メニューの文字をグローブで触れると、プレビューとして3Dスキャンされたラーメンのモデルが目の前に現れる。もちろん原寸大だ。
 店によっては、ここで出るプレビューと実際のラーメンとで見た目の差が大きすぎて「君、写真と違わない?」とトラブルになることもあるが、ここは信頼できるので問題なし。
 チャーシュー麺、麺の太さは固め、大盛りオプション有効。注文ボタンにグローブで触れると、電子マネー決済が実行される。そして、看板娘の女の子アバターが笑顔で頭を下げてくれた。
 ちなみに、厨房にいる店のオヤジがこの子のモデラーだ。まさに「オヤジ」である。

 「ごちそうさまでした」
 手を合わせて、席を立つ。次に行くのは図書館だ。
 とは言っても、昔のような巨大な書庫まみれの建物ではない。元は「漫画喫茶」と呼ばれていた場所が、今では図書館になっている。
 ビルに入り3Fのカウンターへ行き、手続きを済ませたらまずはドリンクとポテトチップスの確保だ。
 ARデバイスで電子書籍を読む形になるので、片手分のグローブがあれば良い。もう片方の手ではジュースを飲もうがポテチをつまもうが何ら問題はない。
 店舗のデータベースに収録された全ての本は、椅子に座りながら検索し、閲覧できる。丁度いいところまで読み進んだのに次の巻を誰かが持っていっている、みたいなことも発生しないので快適だ。
 漫画も小説も実用書もだいたい網羅してくれているので、大体の人間は読むものに困らないだろう。ここではひたすら時間が溶けていく。

 「……さて」
 読書を堪能したあと、僕は最後の目的地にやってきた。
 人気のない雑居ビルの奥に『紙本、あり〼』とだけ書かれたドアがある。
 ドアノブを回し、開ける。
 「……よう、久しぶりだな坊主」
 白髪交じりの中年男性がニヤリと笑って出迎える。
 「仕入れといたぜ、少年チャンピオンの1974年24号と、1975年4号だ。読んで行きな」
 手渡された2冊を受け取り、読書スペースへ向かった。

 電子データ化される書籍類は、原則として最新のバージョンが選ばれる。
 また、法規制や様々な自主規制の影響も避けられなくなっている。
 だから、こういう店があり、こういう店を利用する僕みたいなひねくれ者がいるというわけだ。

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