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【1分小説】代償

久しぶりに友達の愛梨の家にお邪魔することになった。数ヶ月前は憔悴し、やつれ切っていた彼女は笑顔で出迎えてくれて、見違えるほど溌剌としていた。

彼女は私をリビングに通すなり嬉々とした声で
「見てよこれ。こないだ電話で話したやつよ」
「あぁ、これが全自動・・・」
「そうそう、全自動オールインワン掃除ロボットね。ほら、一生懸命床掃除してる姿、なかなか可愛げがあるでしょう?」
掃除ロボットと呼ばれたそれは、素早くリズミカルな動きで黙々と床を磨いていた。その健気な姿は、なんとなく愛らしさを感じさせるものもある。


「ボタン一つで動く全自動掃除ロボットなんてのが今は流行ってるみたいだけど、うちのはもっと凄いよ。ボタンなんか押さなくたって、散らかるとひとりでに掃除してくれるんだから。窓拭きも天井の埃取りもトイレ掃除もできるからね。それにほら」
彼女は着ていたカーディガンを床に放り投げると、弾かれるように素早く動く掃除ロボットがカーディガンを回収し、忙しない動きでリビングから出ていった。
「今のは?」
「クローゼットにしまいに行ったんじゃない?うちは物を元あった場所に戻さなくてもいいのよ。さっきみたいに全部掃除ロボットが戻してくれるから」



掃除ロボットがリビングに戻ってくると、彼女の横で静止し微動だにしない。新たな指令を待っているようだ。今や彼女は完全にこの家の女王様だ。けれど私はその光景が何だか微笑ましく思う。


「掃除の次は炊事に洗濯に、ついでに親戚中の冠婚葬祭の手伝いや、お客のもてなし方も教えるつもり。私は仕事があるんだからね。あっ、夜は映画でも観ながらマッサージでもしてもらおうかな」
「それはいいね」
愛梨の楽しげな表情を見ていて私はほっとした。


「そいえばあの大きな檻は何?ペットなんて飼ってたっけ?」
窓から庭の一角に大きな鉄製の檻が見えた。犬でも飼い始めたのだろうか。
「見る?」
愛梨は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

大きな鉄製の檻の中には動物用の餌入れが二つ。片方には水が入っていた。
「一応これがロボットの充電ステーションよ」
「この檻が?」
「目を離したらどこ行くか分からないからね」




掃除ロボットは床磨きを再開していた。
「あれ、さっきより少し動きが鈍くない?」
私の疑問に彼女は苦笑いしながら答えた。
「連続稼働時間はせいぜい20時間前後ってところね。昨日から動かし続けてるし、ちょっと疲れてるみたいね。そろそろ一旦休ませるか」
彼女に誘導され、掃除ロボットは外の檻の中へ入れられた。
「30分も休ませたらまた動けるわ。次は庭の草むしりをお願いしようかな」




掃除ロボットは檻の中で体育座りをして虚ろな目をしている。言葉は発さない。疲労がピークに達しているようだが、同情の余地はない。然るべき代償だ。彼の浮気によって愛梨は深く傷つき、夜な夜な涙を流す日々を過ごした。
しかし彼女は離婚という道を選ばず、あまつさえ失敗を許し、彼を掃除ロボットとして受け入れた。その愛梨の深い愛情と寛大さに、私は友達として誇りに思った。



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