がんの放射線治療でひろがる可能性
がんの三大標準治療のひとつ、放射線療法。大同病院では常勤医を2名揃え、IMRT(強度変調放射線治療)をはじめとした高度な治療を行っています。また緩和照射にも力を入れ、がんサポートチームなどとも組んで、患者さんのニーズや想いを汲んだ治療に徹しています。そんな放射線治療科を率いるのは髙間夏子医師。この道をめざしたワケや、どんな想いで日々診療を提供しているのか、話を聞きました。(2024年10月2日配信)
たった一日の放射線科研修が人生を変えた
イズミン 髙間先生はなぜ、この放射線治療という領域を選ばれたんですか。
タカマ 中学・高校時代から何となく、人それぞれが幸せと感じる場所に少しでも長くいられるようにサポートできる仕事に就きたいと、漠然と考えていました。ただ人を笑顔にしたいとか、人を幸せにしたいと思っても、人それぞれが幸せに感じる場面、笑顔がこぼれる場面は異なります。それぞれが幸せに感じていた場所を、意に反して急に離れざるを得ない状況に陥る大きな要因の一つに、大病を患うということが挙げられると思います。その状況から、また人が幸せに感じる場所にそれぞれ戻れる直接的なサポートをできるお仕事は何だろうと考えた結果、医学を選びました。
イズミン なぜこの比較的マイナーな放射線治療と出会われたのか、興味があります。
タカマ 正直、自分自身も医者になった当初に、放射線治療医になるとは思っていませんでした。ただ何となく人が亡くなる要因の第1位を占めている「がん」に携わる領域に進みたいとは考えていました。初期研修医になりたての頃は、手術を巧みにこなす外科医や、抗がん治療など行う内科医が花形だと思っていました。
残念ながら、長時間の外科手術を毎日こなすのには体力的にやや不安があったため、まず外科領域を選択肢から外し、初期研修ではがん患者さんの多い領域の内科やがんを患った方々の心をサポートするサイコオンコロジー(精神科)を中心に回りました。その中で、たまたま呼吸器内科のローテーション中に、肺がん患者さんの放射線治療の実際を見るために、1日放射線治療科を見学したのです。そこで、手術や抗がん剤治療ができない患者さんたちが、体への侵襲少なく、CTを撮るのと同じような感覚で、ただ放射線治療台の上で10分程度安静にしているだけで治療が終わり、そのまま「ありがとう、また明日ね」と笑顔で帰宅していくがん治療風景に出くわしました。その光景に感銘を受けたのを今でも覚えています。
その日の見学後、すぐにいろいろ放射線科の研修先を調べ、最終的に名古屋市立大学の放射線科医局の門を叩きました。そこでは、子育て世代の女性医師たちが、みんな生き生きとしながら、大学での研修や関連病院でのお仕事を継続されている環境を目の当たりにしたのも、この道を選ぶ大きな決め手でした。
外科手術の場合、当然一度手術に入ったら、その手術が終わるまで手術場から離れることは難しいですよね。もちろん放射線治療医も、治療計画用の画像をもとに、どのように患者さんのお体に放射線を入れて治療機器を回せば、がん病変部にうまく放射線を集中させ、副作用も少ない、最善の放射線治療ができるのか、という放射線治療計画を立案する必要があります。その作業は手術と同様、細かな制度を要するため、集中力を求められる世界でもあり、一つの治療計画を立案するには、おおむね半日から1日程度の時間を要する場合も多いです。
ただ、手術の執刀と異なり、放射線治療の計画立案は計画途中にその都度、治療計画過程を計画装置に保存することができるんですよね。そのためどうしてもやむを得ない場合、その時点までに自分が計画立案した内容を治療計画装置に保存させ、一旦席を外すことも可能です。このことは、子育て中の女性医師が常勤医を継続する上で問題となりやすい場面、例えば担当患者さんの治療計画途中に急な子供の発熱で保育園に呼び出されてしまい、一旦仕事を離れざるをえないといったような事態に遭遇した場合にも役立ちます。もちろん治療計画に急な穴を開けた分は、治療計画完成期日までに、プライベート時間のどこかをリスケジュールして仕事に戻る必要はありますが、裏を返せば、急な仕事の穴は開けたからといって、自分の仕事上の責任を他の先生に丸投げすることなく、急用に対処した上で、もう一度落ち着いた心で再度治療計画に戻り、自分の担当の計画立案を再開できるわけです。
イズミン なるほど、仕事と子育て両立するというのは、本当に女性医師の方にとっては課題になりますものね。
タカマ はい。そのため、子育て中の女性医師であっても、自分のやる気さえあれば、子育てを理由に医師としての成長を諦める必要なく、急な家庭事情に対処しやすい職場環境を構築しながらも、自分の担当患者さんを最後まで責任持って受け持つ。そんな空気感を、放射線治療専門医の女性医師先輩方から直接肌で感じ取れたことこそが、最終的に放射線治療医の道を選ぶ決定打になったと思います。
シノハラ 先生が決断されたころは、今よりももっと、お仕事と子育ての両立という点で難しいこともあったんでしょうね。今は職場でお互い助け合って、女性医師も子育てしながらのびのびと活躍できるような環境も少しずつ整ってきました。さまざまな科でも女性が思いっきり活躍できるような職場環境にしていきたいですね。
がんを治すための「根治治療」
イズミン 放射線治療には大きく分けて、根治治療と緩和照射という領域があるんですよね。
タカマ はい。放射線治療は、がん治療のさまざまな段階でうまく活用することが可能な分野です。そのため、がん細胞を死滅させ、がんを治すことを目標にした根治治療のほか、がんの進行によって引き起こされる、さまざまな苦痛を伴う症状を和らげることを目標とした緩和照射に大別することができます。
イズミン どんながんでも対象になるんですか。
タカマ はい。基本的には全てのがんが放射線治療の対象となり得ます。もちろん、がんの中でも放射線感受性が高い、つまり放射線が効きやすい領域のがんが存在するのは事実です。ただ、そうした放射線感受性の違いも考慮した上で、1回に当てる放射線の強さや、一連の治療を通して当たる放射線の総線量などを考えていくのも私たちの仕事の一つですので、放射線の効きやすさの有無で放射線治療効果の差を過度に心配される必要はないと思います。
シノハラ がんの標準治療には、放射線治療のほか、手術、化学療法、免疫療法とあるわけですけれども、やはり組み合わせ方にもいろいろあるんですか。
タカマ 同じ領域のがんであっても、それぞれの進行度に応じて、手術や抗がん剤、免疫療法、放射線をどのように組み合わせて治療していくのが良いか、標準的な治療方法が定められていることも多いです。
例えば、早期肺がんの場合、何らかの理由で手術の適用が困難であった場合でも、放射線治療だけで病気を治すことを目指せるケースもあります。一方、同じ肺がんでも、進行度の具合に応じては、放射線治療と化学療法を最初に組み合わせ、その後に免疫療法を実施することが望ましいケースもあります。
手術での切除が可能な直腸がんの場合でも、手術前に放射線治療と化学療法を組み合わせて治療することで手術の成績を上げるチャンスが生まれるケースもありますし、乳がん温存術後に放射線治療を組み合わせることで、治療成績の向上に繋がるケースもあります。
なので、お一人おひとりの状況により、どのような治療提案が望ましいかは変わりますので、主治医の先生方と、都度相談しながら方針を決定していくことが実際には多いですね。
つらい症状を緩和する
シノハラ もうひとつの「緩和照射」についても詳しく教えてください。
タカマ がん治療の過程においては、ときに患者さんがこれまでの日常生活を送るのが困難になるような、嫌な症状を伴うことがあります。痛みや呼吸のしづらさ、がんの場所から出血を起こしやすい状態などです。そういった苦痛症状を和らげる目的で緩和照射が役立つ場合があります。
イズミン 放射線で痛みが治まるとか、緩和医療っていうことはちょっとイメージがしにくいんですけれども、具体的にはどんな治療なのですか?
タカマ 本当にお一人おひとりの、そのときの苦痛症状に応じて放射線治療をする箇所が異なります。そのため、緩和照射の適応判断をする際には、特に毎回の診察時の患者さんや患者さんご家族との会話や観察を大事にしています。
お困りごとの苦痛症状をもたらしているがん病変がどこの部分なのか、CTやMRI画像上、特定さえできれば、そのがん病変を治療ターゲットとした放射線治療をご提案することが可能です。また、緩和照射の場合、がんを治しきることを目指す根治照射と比べ、がんの進行をある程度抑え、症状を和らげることを目指した治療となりますので、放射線を当てる総線量は、一般的にマイルドなものになります。
そのため最短では1回のみの照射で完結する場合もありますし、そうでなくても1~2週間程度の、比較的短時間での治療をご提示できる場合が多いです。
患者さんの大切な時間を取り戻す
イズミン 緩和照射の具体的なエピソードを何か教えていただけますか?
タカマ 例えば、私が当院に赴任してから私と同じぐらいの年齢の、進行肺がんの患者さんを担当させていただきました。その方には奥さんと小学校低学年のお子さんおふたりがいらっしゃり、積極的な抗がん治療を継続されていましたが、とあるタイミングで多発していた脳転移病変が悪化し、意識障害を起こして緊急入院となりました。その時点でまだお子様方は、お父さんががんであることをしっかりと説明を受けておらず、お父さんがだんだんと人生の最終段階を迎えつつある状況であることもご存知ない状態でした。そのため急なご主人の状態悪化に奥様の戸惑いも非常に強く、何とかもう一度、夫の意識を戻して、子供たちとパパがしっかり会話して「さよなら」をできる家族時間を作ってほしい、と泣きながら懇願されました。非常に厳しい状態でしたが、頭のむくみを抑えるお薬を使いつつ、意識障害の要因となっている脳転移病変全体に2週間程度の放射線治療を行うことで、意識の改善が得られるチャンスはあるのではないかと考え、全脳照射といって、脳全体に放射線を当てる緩和照射の開始に踏み切りました。
結果、放射線治療を開始し始めた中盤頃より意識障害は改善し、医療スタッフやご家族とジョークを交えて会話できる程度まで意識は回復されました。この方は残念ながら、肺のご病気そのものの悪化により、その約1カ月後に亡くなられましたが、ギリギリまでご家族の皆さんと毎日穏やかな時間を過ごされた、と転院された緩和ケア病棟の先生からご報告をいただいたときには、本当にこの方に緩和照射を実施できて良かったと思いました。
シノハラ 本当に良かったですね、
イズミン 先生が医師になろうと決められたときに、患者さんが幸せだと思える場所に帰れることをお手伝いするお仕事をしたいと思われたとおっしゃっていましたが、まさに緩和ケアとは、たとえ病気が治ることができなくても、そうやって患者さんにとって大事な人たちと過ごす時間や場を取り戻すことに一役買えるっていうことなんですね。
タカマ そうですね。もちろんがん治療の専門医として仕事をしているので、がんを完全に治すことを目指した根治照射を患者さんにご提示できないかと考えることは当然のこととして日々取り組んでいます。ただ同時に、緩和照射を積極的に必要と思われるがん治療の場面で、患者さんにご提示できることもまた、非常に大切なことだと考えています。そのため、私自身、放射線治療専門医ではありますが、同時に緩和医療認定医としての活動も大切にしていて、この病院では緩和照射にも力を入れています。
具体的には、院内のがんサポートチームメンバーの一員として、定期的ながんサポートのカンファレンスに参加したり、サポートチームのラウンドでがんの苦痛症状のお困りごとを抱えていらっしゃる患者さんのところに直接出向き、がん治療中の患者さんが少しでも苦痛症状を和らげることに緩和照射が役立ちそうであれば、積極的に主治医の先生方とコンタクトを取って対応したりしています。
シノハラ 緩和照射は大事ですね。やっぱり症状があるとなかなか前向きな気持ちにもなれないし、治療に積極的にもなれないですけど、症状が和らぐと前向きな気持ちにもなれるし、やっぱりこういうことって非常に重要なことだと思いますね。
放射線科医は人間嫌い?
イズミン 放射線科の先生ってちょっと人間嫌いなんですという方がいらっしゃるのかなというイメージがあったんですけれども、髙間先生全然違う感じですよね。
シノハラ それ結構イズミンの個人的な偏見が入ってない?
イズミン 私は複数そういう方にお目にかかったことがあるので…(笑)
タカマ 私はむしろ人との対話は大切にしたいタイプですね。人間嫌いではないですよ。もしかしたら放射線科の医師、特に読影をメインにされている放射線診断の先生方は、必然的に一日中読影端末で画像とにらめっこしている状態になるので、周囲の方々から見ると、そういった印象を持たれることが多いのかもしれません。
放射線治療医は日々の診察において、むしろどっぷり患者さんのお話を伺って、どのような放射線治療をするのがベストなのか、患者さんを取り巻く社会的背景も組み入れ、話し合って決めていく場面も多いですし、そもそも私達の診療科は、私たちの診療科単独で成り立つものではなくて、各診療科の主治医先生方と密接に関わり合う必要がある特徴を持っています。なので、コミュニケーション能力は非常に大事な領域です。
イズミン 髙間先生に最初にお目にかかったとき、これまでの放射線科のイメージがガラッと変わって、ちょっと不思議に思っていたところがありましたので、今日お話を伺えて、非常に納得がいきました。
イズミン 大同病院は高度急性期医療を推進し、もちろん放射線で言えば、根治治療をしっかりやっているわけですけれども、在宅で過ごしていらっしゃる方や、がんの終末期の緩和ケアという意味でも、この放射線治療で患者さんのQOL(生活の質)の改善に繋がれば良いなということで、力を入れております。髙間先生、今日はどうもありがとうございました。
ゲスト紹介
髙間夏子(たかま・なつこ)
大同病院 放射線治療科 部長。
研修医時代、ほんの一日触れたがんの放射線治療の外来風景で、体の負担少なく通院治療でがん治療を受けられる患者さんの姿を見て、この道に進むことを決意。放射線治療医は治療計画をどう仕込むかを計画装置上でシミュレーションしていくため、緊急性よりじっくりプランニングすることが要求される領域の仕事で、子育てなどとの両立にも向いていると思った。趣味は、ハイキングやトレッキング。出かけた先でのB級グルメ食べ歩きも楽しみ。好物は五平餅で、長野のくるみ味噌を使ったものが特に気に言っている。