中目黒『なかめのてっぺん』感動の玉葱ホイル焼きと貯めたお金
「なかめの美味しいお店知ってます?」
そう聞かれたら、何処をおすすめするだろうか。チョイスがあり過ぎて、ひとつに絞れないが『なかめのてっぺん』という炉端焼き屋さんはベスト5に入る。ウマいのはもちろんなんだけど、この店にはちょっとしたエピソードがあるからだ。
「弟が東京に出て来たいみたいなんだけど、ここに住ませていい?」
当時、一緒に住んでいたルームメイトと部屋飲みしいる時に突然お願いされた。あまり広くなかったけど間取りは一応2LDKあり、リビングに手作りのバーカウンターやパチスロ機を設置していて、かなり居心地の良い部屋だった。
「別にいいけどさ、どこで寝かすの?」
「とりあえずソファーかおれの部屋に布団を敷いて寝かせればいいんじゃん?」
6歳下のルームメイトとはアメリカで出逢い、何か事あるごとに繋がってきた存在で、裸の付き合いができる数少ない仲間だ。その弟であれば、悪いやつじゃないと思っていたので、あまり細かい事は聞かずに受け入れることにした。
数週後、ルームメイトの弟くんはスーツケース1つで上京してきた。ハタチを過ぎたばかり。緊張した顔付きで挨拶する弟くんは背が高く、かなりハンサムな顔付きだった。とりあえず何か食べに行こうとなり、ルームメイトと弟くんとの3人で向かったのが『なかめのてっぺん』だった。
中目黒の駅を降りて100メートルほどのところに、このお店はある。入口はしっかり屈まないと入れないほど小さいが、中は意外と広い。弟くんが店をキョロキョロ見回す。
「炉端焼き食べたことある?」
弟くんに聞くと、首を振った。
「魚とか、肉とか、野菜とかをさ、炭火で焼いてくれるんだよ」
とりあえずビールとつまみを頼んで、弟くんと話しをはじめた。聞くとこれまで少年院に入っていたこと。背中や腕にタトゥーがあること。俳優になりたい夢があること。少しとんがった感じはあったものの、真面目な青年だと感じた。
この店で弟くんが感動していたのが、玉葱ホイル焼きだった。
「玉葱ってこんなに美味しかったんですね」
皮ごと焼いた玉葱に塩を付けて食べると、たまらなくウマかった。これだけで十二分に酒のアテになる一品だ。ブリカマの塩焼きも、鬼おろし大根で出てくるところがにくい。まさに炉端焼きの醍醐味である。
それから何件か飲み歩いて部屋に戻った。リビングのバーで飲みながら話の流れで弟くんには光熱費込みで月4万円の家賃を貰うかわりにリビングの半分(約6畳)を使ってもらう事になった。
その後、弟くんは芸能事務所に登録したものの、アルバイトが忙しくて中々夢を叶えられないでいた。お互い仕事の時間帯が違ったので、一緒に住んでいてもあまり顔を合わすことはなかったが、休みが重なると必ず飲みに出掛けた。少年院でクリーニング師の資格を取ったらしく、ワイシャツのアイロン掛けを頼むともの凄く上手で助かった。
1年ぐらい経ってから、兄ちゃんの方が海外へ移り住むことになった。そのまま弟くんと住み続けても良かったのだが、これを機に引っ越しをしようと決めた。もちろん弟くんも引っ越しをせざる得ない状況になるので、本人はお金の心配をしていたと思う。私は50万円ほど入っている茶封筒を机から取り出し弟くんに手渡した。
「なんですか、このお金」
「いつか引っ越しする時が来るだろうと思ってさ、貰っていた家賃を全部貯めておいたんだよ。つまり今までここの家賃は兄ちゃんとオレとで払っていたってこと」
戸惑う弟くんは深々と頭を下げた。
数日後、リビングにある弟くんのスペースにはアパレルブランドの紙袋が大量に置いてあった…。『引っ越しの費用に使えって!』心の中で思わずツッコミを入れたのがついこの間の様だ。
そんな弟くんは現在、アメリカのテキサス州で炉端焼き屋さんをやっているというから、人生って何があるか本当に分からない。たぶん玉葱ホイル焼きはメニューにあるんだろうなぁ。