クリスの物語Ⅳ #73 独占欲
イビージャは、バラモスをひとまず監視局へ連れて行った。予期せぬ訪問客は、基本的に元の世界へ戻すことになっている。
しかし、地底世界にとって問題のない人間であれば本人が希望するなら滞在することもできるし、中央部の許可が下りれば永住することもできる。
滞在を希望する場合は、どこへ滞在するのかなど中央部へ報告する決まりがあった。
とはいえ局員の家へ滞在することを禁止するような規定は特にないので、イビージャの家に宿泊させても特に問題視されることはない。
監視局へバラモスを連れて戻ると、なぜかそこにアルタシアがいた。
イビージャの存在に気づくと、アルタシアは笑顔で近づいてきた。手には何かが握られている。
『アルタシア、どうしたの?』
『うん。ちょっと監視局に届け物があって。それで、ついでにこれをイビージャに渡しておこうと思って』
アルタシアは、手に持っていた物をイビージャに渡した。
『何、これ?』
それは、細い銀のステッキだった。先端には、ドラゴンの頭部の彫刻が施されている。
『いいから、腕に押し当ててみて』
いわれた通り、イビージャはその銀の棒を腕に当てがった。すると、それはヘビのように腕にするすると巻き付いた。
『ミラコルンっていうの。両手が使える状態で、幻獣封じのカンターメルを発動させられる道具がほしいと前にいっていたでしょう?父さんに開発してもらったの』
ドラゴンの石調達の仕事をしていた頃、たしかにそんなことをいったことがあったな、とイビージャは思い出した。
岩場の多いドラゴンの巣窟でアースドラゴンと戦ったときに、杖だと片手が塞がれてなかなか身動きが取りづらかった。
それでその帰り、杖じゃなくて両手が使えるものがあればいいのに、とつぶやいたのだ。
まさかそれをアルタシアが覚えていて、実際に依頼していてくれたとは驚きだった。
もうドラゴン封じをするような機会はほとんどないけど、でもイビージャはアルタシアのその気持ちが素直に嬉しかった。
『ありがとう。覚えていたのね』
イビージャはお礼をいって、アルタシアにハグをした。
そのとき、アルタシアはイビージャのうしろに立つ男性と目が合った。よく日に焼けた、茶色い瞳の青年だった。
ひと目見て、その若者が地表人だとわかった。
目が合うと、若者がじっと自分のことを見つめてきた。
無防備な青年の瞳に見つめられて、その思いがダイレクトに伝わってきて、アルタシアは思わず目を逸らした。
それからイビージャの体を引き離すと『それじゃあ、戻るね』といって、あいさつもそこそこにアルタシアはその場を後にした。
自分でも、顔が紅潮しているのがわかった。
アルタシアのその態度を見て、イビージャは驚いた。走るように去っていくアルタシアの後ろ姿を目で追いながら、何があったのかと不思議に思った。
しかし、その理由はすぐにわかった。イビージャのうしろに立つバラモスの視線が、アルタシアに釘づけになっていた。
そして、バラモスの感情は何の警戒もなくむき出しに放出されていた。
それが、イビージャの独占欲を刺激した。何とかして、この男を自分の物にしよう。そして、悔しがるアルタシアにいってやるのだ。
あなたは男に興味なんてないでしょう?
あなたには、高尚な思想を持って取り組む仕事があるのだから、男にうつつを抜かしている場合じゃないでしょう、と。