クリスの物語Ⅱ #71 人魚
水の滴る音がした。
目を開けると、天井から垂れ下がるクリスタルの結晶が視界を覆った。
体を起こした。
青く輝くクリスタルに囲まれた泉のほとりに、ぼくは横たわっていた。
人魚の姿をした女の人が、泉から身を乗り出してぼくを見つめている。
どこかで見たことがあるような気がした。
『気づいたわね』
人魚は、そばへ来て岸に腰かけた。
白く長い髪と、銀色の瞳を見て思い出した。ポセイドーンでガイオンに会ったときに、滝つぼからずっと様子をうかがっていた人魚だ。
『えーと、ここは・・・?』
ぼくは、死んだわけではないようだ。死後の世界をぼくは見たことがある。
でもここは、そことはまったく様子が違う。
『ここは、アトライオスの海底洞窟よ』
『ぼくは、どうして・・・』
首を回して背中を見た。
特に血が流れているような様子はなく、痛みもない。
『空から落ちてきたのをわたしが見つけて、ここまで運んだの』
『空から落ちてきたって、ぼくは海に落ちたんですか?』
人魚はうなずいた。
『でもぼくは海底人じゃないんです。それなのに、なんで海底に落ちても死ななかったんだろう?それに、銃で背中を撃たれたはずだ』
もう一度首を回して、自分の手で背中をまさぐった。
でも、やはり撃たれたような形跡はなかった。
『あなたはアクアドラゴンの加護を受けているわ。きっと、その身に着けている衣ね』
ぼくのピューラに視線を向けて、人魚がいった。
『だから海底でも死なずに生きていられるのよ。それに、鋼の肉体をまとうアースドラゴンの影も見えるわ。拳銃で撃たれても傷を受けなかったのは、そのためでしょう』
ぼくは自分のピューラを見た。
ぼくのピューラには、そんな特性が備わっていたのか。そのおかげでこうして助かったなんて、とてもついている。
『あ、助けてくれてどうもありがとうございました』
はっと気づいて、ぼくは礼をいった。
人魚は微笑み、首を振った。
『ぼくはクリスといいます。地底世界からやってきました』
ソレーテからいわれていたように、ここでも念のため地上から来たことは伏せておいた。
『知ってるわ。あなたが‘選ばれし者’だということも』
ぼくの心の内を見透かしているような笑みを浮かべて、人魚はいった。
『わたしの名前はアルメイオン。ガイオンの娘よ』
『え?そうなんですか?』
この色白でほっそりした人が、あのガマガエルみたいにゴツゴツした人の子供だなんて信じられなかった。
驚くぼくを見て、アルメイオンは笑った。
『ところで、ここはアトライオスのどの辺りなんですか?』
周囲を見回して、ぼくは聞いた。
沙奈ちゃんとベベが海賊に捕まったままだ。早く助けに行かないと。
『ここはレグイアの真下よ』
『レグイア?』
レグイアといえば、アトライオスの南西の街だ。
そんなところまで来てしまっていたなんて。
どうやってあの船に戻ったらいいのだろうか。
『あなたには、アクアを探し出す使命があるわ』
ぼくが戻り方を聞く前に、アルメイオンがいった。
『はい。それはわかっています。でも、ぼくの友達とペットの犬が海賊に捕まってしまったんです。先に助けに行かないと』
アルメイオンは首を振った。
それから、手を伸ばしてぼくの額に手を触れた。
すると突然、船の上の光景が脳裏に浮かんできた。