クリスの物語Ⅳ #79 疑心暗鬼
ある日アルタシアが出勤すると、イビージャが地底世界を追放されたとソレーテから告げられた。理由は、中央部も気づかぬ間に闇に侵されていたためだという。
正直、かなりショックだった。
子供の頃からずっと一緒に過ごしてきたイビージャ。彼女が闇に侵されていたなんて。どうりで、最近の彼女の言動がおかしかったわけだ。
原因がわかって、アルタシアはほっとする面もあった。自分に対するイビージャの態度が、彼女自身によるものではないとわかったからだ。
どうにか彼女の波動をまた引き上げ、処分を軽減してもらうことはできないかと相談すると、それは不可能だとソレーテはきっぱりと答えた。
禁忌とされる闇の魔法も使ってしまったからだ。そしてそれにより、イビージャは見るも無残な姿に変わり果ててしまった、とソレーテは話した。
アルタシアは悲しみに暮れた。
イビージャは、いつから闇に侵されていたのだろう。きっと、自分では処理しきれない感情に襲われ、つらい日々を送っていたのだろう。
そうとも知らずに、わたしは自分のことしか考えていなかった。
イビージャの変化にも気づかずに、いつも自分がいかに充実しているかについて会うたびに話していた。
バラモスのことについてもそうだ。
彼との関係について報告したときのイビージャの態度に、わたしは憤りさえ感じてしまった。しかし、あのときの彼女の態度は本来の彼女自身ではなく、闇に蝕まれた感情によって引き起こされたものだったのだ。
なぜそれに気づいてあげられなかったのだろう。
子供の頃から、自分を犠牲にして世話を焼いてくれたイビージャのことを思い、救ってやれなかった自分をアルタシアは責めた。
闇の勢力を駆逐する必要性を、心から感じた。
イビージャは自分を犠牲にして、その必要性を教えてくれたのだ。わたしの使命は、やはり闇の勢力をこの地球から追放することだ。
愛する人の為にも、これから生まれてくる子供の為にも、これ以上闇の勢力に地球を好きにさせてはならない。いつかこの世から闇を追放し、イビージャの中に光と愛を取り戻してあげよう。アルタシアは、自らの心にそう誓った。
それにしても、とアルタシアは思った。
なぜ、禁忌とされる闇の術を使うまで、イビージャが闇に侵されていることをわたしたち情報統制局は見抜けなかったのだろう。
通常、闇特有のネガティブな感情はその情報がもたらされ次第、すぐに検出器により発見され、抹消されることになっている。
だから万一誰かが闇の感情に侵食されたとしても、侵された本人さえも気づかぬ間に、その感情が削除されるようになっているのだ。しかし、今回情報統制局でもそのような異常は発見されていなかったはずだ。
アルタシアは、すぐにイビージャのデータを洗ってみた。
ところが、闇の魔法を使用する直前までイビージャに闇に侵されていたような痕跡はなかった。
どう考えても、それはおかしい。情報に手が加えられているとしか考えられない。
でも、一体誰がどうやって?
闇の勢力がネットワークに侵入して、操作しているとでもいうのだろうか?
しかし、果たしてそんなことできるだろうか?
銀河連邦や宇宙連盟によっても、情報は厳重に管理されている。その目をかいくぐって、闇の勢力がネットワークに侵入できるとは思えない。となると、考えられることはひとつしかない。
スパイがいるかもしれない、ということだ。
しかし、情報統制局だけでも何百人とスタッフがいる。それに、情報統制局の人間ではなく、中央部の別の部署の人間という可能性だってある。そうなったら、すごい数だ。
そんな何千人といる中から、存在するかどうかもわからないスパイを探し出す術がアルタシアには思いつかなかった。
この件について、ソレーテに相談してみようかとアルタシアは思った。彼なら信頼できるし、それにいい知恵を貸してくれそうな気がする。
しかし、アルタシアはすぐに思いとどまった。
わたし以外のすべての人間が容疑者だ。ソレーテさえ、例外ではない。