クリスの物語Ⅳ #30 瞬間移動
ぼくと沙奈ちゃん、それに桜井さんの3人で、ホテルのすぐそばにある大きな公園へとやってきた。
もちろん、ベベもエンダも連れてきた。
木々に覆われた公園は、広さもかなりあって人も少ないので飛行練習するにはもってこいだ。
人目につかなそうな雑木林の中に入って、ぼくたちはレッスンを始めた。
「コツは力まないことだよ。リラックスして、飛べると信じるんだ」
そう説明するぼくの傍らで、ベベとエンダはふわふわと宙に浮かんでいる。
「目をつむって、風になったと思って・・・」とぼくがレクチャーしていると、「あ、浮いた」と桜井さんがいった。
見ると、桜井さんはどんどん上に上昇している。さすが風使いだけはあって、筋がいい。
そのまま、桜井さんは雑木林の中をエンダと一緒に飛び回った。
「すごい!最高!」と、桜井さんが声を上げた。
そんな桜井さんを羨むように見ていた沙奈ちゃんに、ぼくは声をかけた。
「沙奈ちゃんも、すぐにできるようになるよ」
沙奈ちゃんはぼくに向き直った。
「集中しよう」
うなずき返して、沙奈ちゃんはまた目をつむった。
「楽しい!」
宙を飛び回って、沙奈ちゃんが声を弾ませた。
ものの5分もしないで、沙奈ちゃんも空を飛べるようになっていた。
教会で魔法を使ったときにも思ったけど、地底都市の養生校で能力を開花させる訓練をしてきたおかげで、ぼくたちの魔法に対する能力は飛躍的に上がっているようだ。
沙奈ちゃんもある程度飛べるようになってから、ぼくたちは空中の鬼ごっこをしたり、決められたコースを誰が一番早く飛べるかのタイムを競い合ったりした。
スピード勝負は、やっぱりベベがダントツ一番だった。
その後は、各自飛行練習をしたり、カンターメルのおさらいをしたりした。
ぼくはスピードを出せるだけ出して、すんでのところで身をかわしながら木の枝を縫って飛行する練習をした。
そうしていると、手を前に突き出すより横にピタッとくっつけて、気をつけの姿勢で飛んだ方が早く飛べることに気づいた。おかげで、かなりのスピードが出せるようになった。
感覚的には、100キロ以上出ているような気がする。
そんな風に木々の間を抜けて飛行していると、突然目の前に沙奈ちゃんが現れた。
危ない―――
急ブレーキをかけて、よけようとしたけど間に合わない。
腕で頭を覆って肩からぶつかりそうになると、何にもぶつかることなくぼくは空中で停止した。
あれ?
ぼくは、あたりを見回した。
すると、沙奈ちゃんは50mほど離れた地面に立って、こっちを見上げていた。
ホロロムルスで拡大すると、顔にはいたずらっぽい笑みを浮かべている。
何が起きたのか理解できずに沙奈ちゃんのもとへ飛んでいくと、目の前で沙奈ちゃんがまた消えてしまった。
キョロキョロと見回すと、今度はぼくの真うしろに立っていた。
「びっくりした?」
今にも笑い出しそうな顔で、沙奈ちゃんが聞いた。
「え?うん。何したの?」
「えへへ。瞬間移動」
茶目っ気たっぷりに、沙奈ちゃんが笑った。
「プントービオ」
自分自身を指差して沙奈ちゃんがカンターメルを唱えた。
すると、遠く離れた桜井さんのそばに一瞬で沙奈ちゃんは移動していた。
そんなカンターメルがあったなんて、知らなかった。ぼくも早速試してみた。
こっちを見る二人のそばに移動していることをイメージして、カンターメルを唱える。
「プントービオ」
瞬時に、ぼくは二人の前に立っていた。
すごい!
これならもう車や飛行機に乗る必要もないじゃないか。
ぼくが興奮していると、沙奈ちゃんが首を振った。
「でもこの瞬間移動、目に見える範囲しか移動できないみたい」
「あ、そうなんだ」
「うん。家のことを思い浮かべて唱えてみたけどダメだったし、ホテルの部屋を思い浮かべてやってみてもダメだった」
「ふーん、そっか」
試しに、ぼくもホテルの部屋を思い浮かべて、カンターメルを唱えてみた。
「プントービオ」
すると、ぼくはイメージした通りホテルのリビングのソファに座っていた。
すごい!イメージしただけでもいけるじゃないか。
今度は、試しに自分の家にいることをイメージしてやってみた。
しかし、いくら試しても何も反応しなかった。もう一度、ぼくは公園へと戻った。
「クリス、すごい!ホテルに行けたのでしょう?どうやったの?」
ぼくが公園に戻ると、興奮気味に沙奈ちゃんがいった。
「うん。部屋にいることを思い浮かべながらやってみただけだよ。でも、自分の家に移動してみようとしたけどダメだった。距離が問題あるのかもしれないね」
「たぶん、生命力と距離が比例しているんだと思う」
桜井さんが、口を挟んだ。
「わたしもやってみたけど、ホテルまでは移動できなかった。クリス君は生命エネルギーが強いから、たぶんホテルまでも行けるんじゃないかな?」
そうか。それなら、ぼくの場合どれくらいの距離だったら瞬間移動できるんだろう?
試しに今度は、今日ショッピングした街の路地を思い浮かべてカンターメルを唱えてみた。
「プントービオ」
ダメだった。街まで何㎞くらいあるのかわからないけど、そこまでの距離はいけないようだ。
でも、少しの距離を移動できるだけでも十分だ。敵に襲われそうになったときとか、きっと役に立つ。
「これって、指を差した対象が移動できるのかな?」
「たぶんそうだと思う」と、沙奈ちゃんがうなずいた。
試しに、仲良くエンダと飛び回るベベをぼくのもとへ瞬間移動させてみたところ、見事に成功した。
移動させられたベベは『え?』といいながら、戸惑うようにぼくを見上げた。
『ごめん、ごめん。ちょっと瞬間移動をベベにも試してみたんだ』と、ぼくは謝った。
すると、ハーディから連絡が入った。そろそろ夕飯にしよう、ということだ。
昼間みたいに明るくて気づかなかったけど、もう夕方7時を回っていた。
すぐ戻るとハーディに伝えて、ぼくは一人ひとりホテルの部屋に瞬間移動させた。
最後にぼくが移動すると、さすがにエネルギーを消耗し過ぎたのか、少し頭がくらくらした。
ぼくはソファに腰かけて、少し体を休めた。